捕食者に狙われた学園

☆白兎☆

始まり

 それは突然の事だった。


 二千二十五年、五月十二日。月曜日の午前九時。

 この学園に通う、高校二年生の水月みなつきすみれは、恐ろしい光景を目にした。空間の裂け目から、突然現れた不気味な生命体。その姿は光沢のある鉛色で、まるで鎧を着ているかのようだった。しかし、その表面は濡れているように見え、地球上にある何物にも似ていない。身体の周りには、目に見えない何か透明な揺らぎが見える。背は高いが背中を丸め、手足が長く、匂いはない。その生命体が、クラスメイトの一人を掴み、大きな口で無残に食いちぎりながら食べたのだ。それを見た生徒達、女性教師も、皆、恐怖に慄き、喚き、逃げ惑った。しかし、その生命体が裂け目へと戻ると、飛び散った血飛沫で汚れた教室は綺麗に元通り。皆が倒した机や椅子。散乱した教科書も元に戻っていた。そして、先程の出来事が、まるで何もなかったかのように、生徒達も、女性教師も穏やかに静まった。すみれには何が起きたのか全く分からず、呆然と立ち尽くしていると、

「水月さん、どうしたの? もう、授業を始めますから着席しなさい」

 と落ち着いた声色で女性教師が言う。

 すみれは訳も分からず、ただ、それに従って着席したが、授業の内容も覚えていないほど、心のざわめきが収まらなかった。


 それから数日経ったが、あの時の事は誰も口にしない。すみれも、その事について、口にする事さえも憚れるのではないかと思い、誰にも話さなかった。あれ程恐ろしい状況を目にしていながら、そのすぐ後には、全く何もなかった様に授業を始めた女性教師も、クラスメイト達も、あの記憶が瞬時に消えてしまったかのようだった。何度考えてもおかしな事だと、すみれは思うのだが、もしかしたら、自分だけが幻覚を見たのではないかとさえ思う。

 あの時、食べられたクラスメイトの名前も顔も、その存在も、すみれは鮮明に覚えている。仲良しだった訳ではないが、一年生の時も同じクラスで、本が好きで、いつも窓際の席で小説を読んでいた。物静かで、誰ともつるむ事はないが、かといって、友達がいないわけでもない。真面目で、色が白くて、長い黒髪を下ろしていて、綺麗な顔をしていた。名前は、佐藤静香。彼女そのものを現したような綺麗な名前だった。

 クラスメイトが一人居なくなったのに、その事についても、誰も何も言わない。これは一体どうなっているのだろうかと、すみれは一人で悩んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る