第3話-ちょっとコーヒーブレイク-

 不安もなくなり、日頃のうっぷんも解消し、上機嫌のままイアンは街に戻る。

 ギルドで新しい仕事を探しても良かったのだが、どうせなら35匹の的中が広まった後の方が良い。


 イアンが向かうのはコーヒー豆の専門店。ゆっくりとコーヒーを淹れ、茶菓子を食べながら嗜むのが休みの日の楽しみだ。


「ソニア。良い豆ない?」

「いらっしゃい、イアンくん。聞いたよ。ずいぶん評判良さそうじゃん」

「そうなの?」


 話しかけたのは、片目を隠すようにピンク色の前髪を伸ばしている店員。

 通いなれた店で働くソニアとは気軽に話せる間柄だ。そしてイアンの調査隊員としての仕事ぶりは、ちょっとした話題になっているようだった。


「知らないのぉ?しっかりと数を数えてくる熱意と、詳細な巣穴の見取り図。恩着せがましいことも言わず、むしろ当たり前の仕事だと言わんばかりの誠実さ」

「ちょ、ちょいちょい。声が、」

「まさに、調査隊員に対する偏見を無に帰してしまうほどの活躍っぷりだよぉ。イアンくん」

「だ~~、声が大きい」


 劇場の演者のような大げさな手振りとともに、店の外にまで聞こえる大声で店員はイアンの仕事ぶりを賞賛する。

 褒めてくれること自体は嬉しいことであるが、とにかく目立つ。店にいる全ての客から注目を浴びてしまった。


「なんで?」

「目立ってるから。な?」

「ははは。良いことじゃん」


 ソニアは基本的に良い人なのだが、無駄にオーバーな話し方をして目立つのがたまに傷だ。そして注目されることを喜ぶという絶妙にヘンタイな一面も持っている。


「俺は目立ちたいわけじゃないんだよ」

「そうなの?まぁ調査隊員なんて地味な仕事を選ぶくらいだからね」

「地味で悪かったな」


 討伐隊員の方が目立つし華があることは否定しようもない。そして残念なことではあるが、現状では悪目立ちしているだけと言える。


「本当に目立ちたくないのか?地味で良いというのか。それで良いのか?調査隊員という仕事の素晴らしさを世に伝えたいのではないのか?」

「ち、違うっての。それと声がデカい」

「な、なんだと」


 店内からクスクスとこらえるような笑い声が聞こえ始める。コーヒー豆を買いに来ただけのはずが、すっかり注目の的だ。


「いい加減にしないと帰るぞ」

「ほう。これは失礼。では奥で話そうか。2人きりで」

「紛らわしい言い方するな」


 わざとなのか一言余計であった。もう手遅れなほど目立ってしまっており、少し居心地が悪い。本当に帰ろうかと思ったところで、腕を引っ張られて奥にある事務室に案内される。


「それで、何の話だっけ?」

「聞いてなかったのか。良い豆がないかなって」

「なるほど。初仕事が好評だったから、気分が良くなって、自分へのご褒美に高級なコーヒー豆を買って贅沢しようと思ったということだね」

「いや、まぁ、そうなんだけどさ。ハッキリ言うことじゃねぇだろ」


 店員の言っていることは、その通りではあるのだが面と向かって言われたい内容ではない。


「ははは。わかってるって」

「じゃぁ言うな」

「はいはい」


 ソニアは不敵な笑みを浮かべるとコーヒー豆を入れるにしては豪華すぎる箱を取り出した。


「どうかな?」

「いや、どうって言われても。何が入ってるんだ?」

「エルフ領産の最高級品」


 イアンは目を見開く。それは希少すぎて入手することも難しく、一生に一度見ることができるだけでもラッキーと言われるほどの逸品だ。


「手に入ったのか」

「すごいでしょ。しかも2杯分入ってるよ」

「2杯分!?」


 1杯分でもスゴすぎるというのに、2杯分も入手できたというのはラッキーどころではない。


「それで、いくらになる?」

「金貨500枚」

「おい」


 金貨1枚あれば、おおよそ1か月は生活できる。金貨12枚でおおよそ1年間。金貨500枚もあれば40年近く生活には困らない。


「俺はまだ新人なんだぞ?無理に決まってるだろ。というかギルド長クラスでもホイホイ出せる金額じゃねぇ」

「あら?調査隊員として、これからガッポリなんでしょ?」

「これから、ってだけで、まだガッポリじゃねぇ」


 調査隊員として初仕事を終えたばかりであり、まだ給金すらもらっていない。仮にもらっていたとしても、金貨1枚に届くことすらない。


「3年で金貨1000枚稼ぐぞ〜。って言ってたから、てっきり」

「何がてっきりなんだ?あと、俺は金貨1000枚稼いで田舎でスローライフするんだ。コーヒー豆を買うためじゃない」

「欲しくないの?」

「欲しい」


 この機会を逃せば、もう2度と手に入らないかもしれない。喉から手が出るほど欲しい。だが金がなく、あったとしてもスローライフの資金にしたい。


「でしょ?」

「だけどスローライフの方が良い」

「え~?」

「え~じゃない」


 イアンは最高級コーヒー豆の入った箱を返そうとするが、ソニアはそうはさせまいとしていた。


「ねぇ、ずっと聞きたかったんだけどさ。なんでそんなにスローライフしたいの?」

「別に、何でもいいだろ」

「ふ~ん。でもさでもさ、イアンくんなら、これからたくさん稼げると思うんだよねぇ。そしたらさ、ほらほら」


 ソニアはグイグイと箱を押し、イアンは負けじと押し返す。


「ほぅれほぅれ。くるしゅうない。くるしゅうないぞ~」

「意味わかんねぇよ」


 押し合いはしばらく続くが、決着がつく気配はない。最後にはソニアが諦める形になった。


「う~ん。これでもダメかぁ」

「何がしたいんだ?」

「イアンくんの内なる欲望を目覚めさせたいなぁ。なんて」

「あのなぁ」


 たかが高級コーヒー豆のためにイアンの決意が揺らぐことはない。そうでなくても金貨500枚を気軽に払える人はなかなかいないだろう。


「しょうがないなぁ。じゃぁ今日のところは手頃な価格の豆を売ってあげよう」

「なんで上から目線なんだよ」


 ソニアは別の豆を用意する。少し高めではあるが、手が届かないわけでもないほどの金額。香りを確認すると、イアンの好みのものだった。


「流石、よくわかってるじゃん」

「ふふ~ん。お褒めの言葉ありがと。それにしても不思議だよねぇ。イアンくんって」

「不思議って?」


 支払いの準備をしながら、イアンはなんとなく聞き返していた。お金を数えながらソニアは答えている。


「だってぇ。調査隊員っていっても、討伐隊員よりは安全ってだけで危険がないわけじゃないんでしょ?平穏に暮らしたいだけなら、例えば喫茶店を開けばいいじゃない。イアンくんの店なら繁盛すると思うなぁ」

「ほっとけ。俺は仕事をしたくないんだよ」

「ふ~ん。まぁそういうことにしといてあげましょ」


 コーヒー豆とともに茶菓子も買い、色々言われたがイアンは満足していた。事務所を出て、早く自分の部屋でゆっくりしたい気持ちでいっぱいになっていた。


「じゃぁね。ごひいきに~」

「おう」


 店から出て、部屋に戻ったイアンは、豆を挽きコーヒーを淹れる。苦みの効いたコクのある味に満足しながら、充実した休みを過ごした。

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