第16話 月下の衝動

 夜が更け、村の家々からも灯りが消え始める頃。

 ロイの家では、ひとしきりの歓迎と祝杯の後、穏やかな静けさが戻っていた。


「ふぅ……お母さん、もう寝ちゃったみたいだな」


 一階の居間に顔を出したロイがそう呟き、二階の自室へと戻っていく。

 セシリアは別の部屋をあてがわれていた。

 布団に横になり、月明かりの差す窓を見つめながら、彼女は呼吸を整えようとしていた。


(……駄目、落ち着かない)


 身体が火照っている。心臓がいつもの倍速で脈打ち、喉が乾く。

 胸の奥に巣食った熱が、皮膚の内側を這うように疼いて止まらない。


(おかしい……いつもより、ずっと、強い……)


 原因はわかっていた。

 あの魔獣との戦い――命を削るような全開の全力。その反動として、いつもの討伐後の発情以上の衝動。

 それが今夜、理性を食らう勢いで彼女を蝕んでいた。


(このままじゃ……)


 セシリアはがばりと布団を跳ねのけ、そっと玄関の戸を開ける。

 夜風にあたって冷ませば、少しは落ち着くかもしれない。


 しかし、それは甘い期待だった。


 夜の林の奥――静寂の中、セシリアは太腿を擦り合わせ、木にもたれかかって喘ぐように息を吐いた。


「……はぁっ……こんなの、おかしい……」


 体の奥が熱を持って疼き、冷たい風すら焼けるように感じる。

 彼女は唇を噛み締め、魔力を抑え込もうと必死だった。

 だが、それでも――


「……誰かに……触れてほしい……」


 その瞬間、草を踏む音がして――。


「団長?」


 ロイの声が林に響いた。

 セシリアは咄嗟に振り向き、目を見開く。


「来ないでっ!……見ないで……今の私は……危ないの……っ! んんっ!」


 彼女は腕で自分の身体を抱きしめ、後ずさった。

 しかしその動きですら彼女の体には甘美な刺激となる。

 だが、ロイはその場に立ち止まることも、引き返すこともせず、ゆっくりと近づいてくる。


「どうして……どうして来たの……!?」


「……団長が一人で出て行ったのを見て、多分、が来たんだと思ったんです。今日は魔獣を討伐した夜ですから」


 その声は優しくて、あたたかくて――だけどセシリアは必死で首を振った。


「だめ、お願い……ロイ、お願い……っ!今、あなたがそばに来たら……わたし、壊れる……!」


 だがその言葉を遮るように、ロイがそっと背後から彼女を抱きしめた。


「あっ……んん〜〜っ!!」


 セシリアの全身に感じたことの無い衝動が駆け巡る。足からは力が抜け、今にも崩れ落ちてしまいそうなほどに。


「……団長は俺の村を命をかけて守ってくれた。俺の家族を、幼なじみを、村のみんなの未来を救ってくれた」


 その声に、セシリアの体が小さく震える。


「だから、俺は……貴女のためにできることは、なんでもします」


 その言葉を聞いた瞬間――

 彼女の中で、何かが音を立てて崩れた。


「……ロイ……っ、ああ……」


 ぐしゃ、とロイの服を掴んだ指先が震える。

 堪えていた感情が一気に溢れ出し、目尻から涙が一筋、月明かりに濡れる。


「おかしいよね……こんなの、私じゃないみたい……っ。でも……どうしようもないの……!」


 その声は切羽詰まっていて、恥じらいと甘さが混ざっていた。

 セシリアはぎゅっとロイにしがみつき、耳元で囁く。


「外なのに……こんなとこで……恥ずかしいのに……でも、止められないの……止めたく、ないの……!」


「……なら、止めません。俺が貴女を……いいですか?」


 その言葉に、セシリアは目を閉じて、うなずいた。


「……うん……」


 夜の林に、二人だけの吐息が重なった。

 火照った体温と体温が、ゆっくりと絡み合っていく。

 静かに、激しく――けれど、決して一線は越えないまま。セシリアの嬌声は月夜の中に消えていく。


 しかし、それ以上は理性の端で必死に踏みとどまりながら、心だけは確かに、深く結ばれた夜だった。



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