第12話 夕暮れの音楽室と、初めてのキス

世界から、音が消えた。

ううん、光も、だ。

玲くんの、温かい腕の中に抱きしめられて、私は、彼の心臓の音だけを、聴いていた。


ドクン、ドクン、ドクン。


速くて、力強くて、優しい音。

「大丈夫だ」って、そう言ってくれているみたいだった。


やがて、ぼんやりとした非常用の明かりが灯り、会場のざわめきが、現実の音として耳に届き始める。

月読先生がステージに上がり、冷静な声で、評価会の中断と、結果は後日発表になることを告げた。

その瞳が、何かを確信したように、私たちを見つめていた気がした。


翌日、学園の掲示板に貼り出された一枚の紙に、私たちは、息をのんだ。


【デュエット評価会 結果】

1位:神代 玲 & 小鳥遊 紬 ペア

(※参考記録:測定不能・システム上限超過)

2位:来栖 隼人 & 一条院 楓 ペア


勝ったんだ……!

私たちが、ハヤトくんたちに、勝ったんだ!


だけど、その下には、小さな文字で、こう付け加えられていた。

『なお、力の暴走による施設への多大な損害を鑑み、神代・小鳥遊ペアのSIFへの出場権は、現時点では保留とする』


「……保留、だって」

「でも、勝ちは勝ちだよ、紬っち! 歴史的瞬間じゃん!」


きらりさんたちが、手を取り合って喜んでくれる。

そうだよね。嬉しいはずなのに、私の心には、小さな棘が刺さったままだった。

私の力が、暴走したから……。


その日の放課後、私たちは、来栖ハヤトくんに、屋上へ呼び出された。

夕日が差し込む屋上で、彼は、一人で待っていた。


「……完敗だよ」


初めて見る、彼の、素の表情。

それは、いつもの王子様スマイルじゃない、少しだけ悔しそうな、でも、すごく潔い顔だった。


「君たちの光は、僕と楓のものとは、種類が違った。あれは、計算や技術じゃ、絶対に生み出せない……魂の光だ」


彼は、私たちを、ライバルとして、真っ直ぐに認めてくれた。


「だが、このままじゃ終わらない。SIFで、もう一度、今度こそ正々堂々と勝負だ。僕たちも、必ず、そこへ行くから」


その瞳には、王者としての新たな闘志が、燃え上がっていた。



ハヤトくんと別れた後、私たちの元に、月読先生が現れた。

「学園長からの、伝言です」

そう言って、一枚のカードを渡される。


そこには、美しい万年筆の文字で、こう書かれていた。


『星は、自らの光で、道を切り拓くものだ。SIFへの扉は、君たちの手で、こじ開けなさい』


「つまり、出場権は保留ですが、出場するな、とは言っていない。学園の代表としてではなく、個人として予選にエントリーし、実力で、本戦への切符を掴んでこい、ということです」


月読先生の解説に、私は、呆然とする。

それは、ペナルティでありながら、私たちへの、最大限の、期待と試練だった。


(道は、まだ、続いているんだ……!)



全てが、終わって。

私たちは、いつもの音楽室に、いた。

夕日が差し込む、二人だけの、特別な場所。


「私、頑張ります。SIF、絶対に、一緒に行きましょうね。……プロデューサーとして!」


私は、精一杯の笑顔で、そう言った。

私の力のせいで、彼を危険に晒してしまった。

その、無意識の罪悪感が、私に、ほんの少しだけ、線を引かせていた。


そんな私の言葉に、玲くんは、黙って、首を横に振った。


「……違う」

「え?」

「お前は、もう、ただの俺のプロデューサーじゃない」


彼は、私の両肩を、そっと掴んだ。

そして、逃げられないように、真っ直ぐに、私の瞳を見つめる。


「紬」


彼の、低くて、真剣な声が、私の名前を呼ぶ。


「俺は、お前が好きだ」


……すきだ。


「プロデューサーとしてだけじゃない。一人の女の子として、小鳥遊紬が、好きだ」


時が、止まった。

心臓の音が、うるさくて、何も聞こえない。


「俺の隣で、一緒に歌ってほしい。俺のパートナーは、世界中、どこを探しても、お前しかいないんだ」


それは、今まで聞いた、どんな言葉よりも、甘くて、切なくて、そして、力強い、愛の告白だった。


涙が、ぽろぽろと、溢れて止まらない。

でも、それは、悲しい涙じゃない。


「……私、も」


私は、しゃくりあげながら、一生懸命に、言葉を紡いだ。


「私も、玲くんのことが、好き、です……!」


やっと、言えた。

ずっと、胸の中に、しまい込んでいた、本当の気持ち。


次の瞬間、彼の顔が、ゆっくりと、近づいてきて。

夕日に照らされた、私たちの影が、一つに、重なった。

それは、初めての、甘くて、優しい、キスの味だった。



――数週間後。SIF地方予選へ、旅立つ日の朝。


私は、駅の改札前で、少しだけ、そわそわしながら、彼を待っていた。

いつも下ろしていた前髪は、少しだけ短く切って、ピンで留めている。メガネの代わりに、コンタクトレンズにしたら、世界が、なんだか、すごく明るく見えた。


「紬、待たせたな」

「玲くん!」


振り返ると、そこに、彼が立っていた。

でも、一人じゃない。

彼の周りには、きらりさんを先頭に、私たちのファンクラブのメンバーが、ずらりと並んで、横断幕を掲げていた。


『祝・SIF出場! 宇宙一の星になれ! 神代玲&小鳥遊紬!』


「頑張ってこいよー!」

「絶対、優勝してきてね!」


温かい声援に、玲くんは、昔みたいに、背を向けるんじゃない。

すごく、すごく、照れくさそうに、でも、はにかんだように、小さく手を振って、応えている。

その姿が、愛おしくて、たまらない。


「行くぞ、紬」

「はい、玲くん!」


私たちは、手を取り合って、未来へと続く、改札を抜けた。


私の「好き」は、彼を輝かせるための、特別な力だと思ってた。

でも、今は、分かる。

彼の輝きが、彼の優しさが、彼の不器用な愛が。

地味で、自信がなかった私を、こんなにも、強くしてくれたんだ。


私たちの物語は、まだ、始まったばかり。

これから、もっと、たくさんの困難が待っているかもしれない。

でも、二人なら、きっと大丈夫。


私の「好き」で、君を、ううん、二人で、宇宙で一番の星になる!


だって、私のファン力(ラブ)は、レベル999なんだから!

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