第6話 最強の味方と仲直り! 忍び寄る黒い影の正体は?
夕焼けに染まる渡り廊下。
私の精一杯の声に、葵は驚いて振り返った。その大きな猫みたいな瞳が、少しだけ潤んでいるように見える。
「話があるの! 私の話を、聞いてほしい!」
息を切らしながら、私はもう一度繰り返した。
葵は、しばらく黙って私を見つめていたけど、やがてこくん、と小さく頷いてくれた。
私たちは、誰にも聞かれないように、放課後の静かな空き教室へと向かった。
机を挟んで向かい合うと、なんだかすごく緊張して、心臓がバクバク鳴っている。でも、もう逃げないと決めたんだ。
「あのね、葵。今まで、ずっと黙っててごめん」
勇気を振り絞って、私はぽつりぽつりと話し始めた。
白月様に、突然「偽りの花嫁」になってほしいと頼まれたこと。
断ったら、この学園を追放されると脅されて、逆らえなかったこと。
本当は、すごく怖くて、不安で、どうしていいか分からなかったこと。
話しているうちに、視界がどんどん滲んでいく。堪えていた涙が、ぽろぽろと頬を伝って落ちた。
「葵にまで、変な噂が広まって迷惑かけちゃうって思ったら、何も言えなくて……。でも、葵が私を避けるようになって、すごく、すごく、寂しかった……っ。ごめんなさい……!」
しゃくり上げながら、私は頭を下げる。
もう、葵に嫌われても仕方ない。親友なのに、こんな大事なことをずっと隠していたんだから。
シーン、と静まり返った教室。
おそるおそる顔を上げると、葵は目を真っ赤にして、わなわなと肩を震わせていた。
「……ばか」
ぽつり、と彼女が呟く。
「美桜の、ばか……っ!」
そう叫ぶと、葵は椅子から立ち上がって、私を力いっぱい抱きしめた。
「――ッ!?」
「なんだ、そんなことだったの……! 言ってくれればよかったのに! 私がどれだけ心配したと思ってんのよ!」
葵の腕の中で、私はただただ驚いて瞬きを繰り返す。
彼女は、涙声で続けた。
「美桜が、白月様と付き合い始めたのかと思って……。なんだか、どんどん私とは違う、遠い世界に行っちゃうみたいで……寂しかったんだから……! 何も話してくれないのが、水臭いって、思った……!」
(そっか……葵も、同じだったんだ)
寂しかったのは、私だけじゃなかった。
葵も、私のことを想って、悩んでくれていたんだ。
そのことが分かった瞬間、安堵と嬉しさで、また涙が溢れてきた。
「ごめんね、葵……!」
「ううん、私こそ、ごめん……!」
私たちは、夕日に照らされた教室の真ん中で、子供みたいにわんわん泣きながら、ぎゅっと抱きしめ合った。
これで、やっと元通りだ。ううん、前よりももっと、強い絆で結ばれた気がする。
一頻り泣いた後、葵はぷいっと涙を拭うと、ニカッといつもの太陽みたいな笑顔を見せた。
「よし! これからは、この私が美桜の最強の味方だからね! 偽りの花嫁、上等じゃない! なんだか、面白くなってきたー!」
「葵……!」
彼女の力強い言葉に、私の心もぱあっと明るくなる。
一人じゃない。それだけで、こんなにも世界が輝いて見えるなんて。
*
葵という最強の味方を得て、私の心は少しだけ軽くなった。
でも、学園の中では、じわじわと不気味な変化が起こり始めていた。
「ねえ、聞いた? 最近、なんだか体の力が抜けるって言う子、多くない?」
「分かる! 私も、朝起きるのが妙にだるいんだよねー」
「あと、中庭のあたりで変な影を見たって噂も……」
休み時間、教室のあちこちでそんな囁き声が聞こえる。
最初は、ただの噂話だと思っていた。
でも、その異変は、確実に白月様にも忍び寄っていた。
「……っ」
放課後の、いつもの神社での特訓中。
手本を見せてくれていた白月様が、一瞬、苦しそうに胸を押さえたのだ。
「白月様!? 大丈夫ですか?」
慌てて駆け寄ると、彼はすぐに何でもないという顔で私を制した。
「……何でもない。少し、妖力を使いすぎただけだ」
そう言って、彼はすぐに背中を向けてしまう。
でも、私は見てしまった。彼の額に、一瞬だけ滲んだ、脂汗を。
そして何より――私の額の「花嫁の印」が、ズキン、と鋭く痛んだのだ。
(白月様の力が、乱れてる……?)
印を通して、彼の妖力が不安定に揺らいでいるのが、嵐の前の海みたいに、微かに伝わってくる。
この印は、ただ力を受け取るだけじゃないんだ。彼の痛みも、私に伝えてくるんだ。
(学園で流行っている、謎の体調不良。そして、白月様の不調……)
まさか、何か関係があるの……?
ズキッ、と胸騒ぎがする。
でも、私が何を尋ねても、彼は「お前が気にする必要はない」の一点張りで、何も教えてはくれなかった。
*
その夜、私は寮の自室で、特訓で咲かせられるようになった紫色の光の花を、ぼんやりと眺めていた。
(私が、もっと強かったら……)
もっと霊力があれば、白月様の不調の原因を突き止められるかもしれないのに。彼が隠している、その苦しみの理由が分かるかもしれないのに。
守られてばかりの自分が、もどかしい。
(今度は、私が彼の力になりたい)
偽りの花嫁なんかじゃなくて。ただの落ちこぼれなんかじゃなくて。
彼の隣に立つ、たった一人のパートナーとして。
そう、強く決意した、その時だった。
窓の外を、すぅっ……と黒い何かが通り過ぎた。
「――え?」
慌てて窓に駆け寄る。
外はもう真っ暗で、何も見えない。
気のせい? 見間違い……?
でも、私の脳裏には、あの影の気配が焼き付いて離れなかった。
それは、ひどく冷たくて、不吉な妖気。
そして、どこか……あの一族の会合で感じた、長老・玄宗様の妖気に、似ている気がした。
ぞくっ、と背筋が凍る。
今の、なに……?
あの影が、学園で起きている事件の犯人……?
そして、白月様を苦しめている原因……?
たくさんの疑問と、得体の知れない恐怖が、私の心を支配する。
学園に、そして白月様に、静かに、でも確実に迫っている危機。
もう、見て見ぬふりなんて、できない。
私が、突き止めなきゃ。
私が、白月様を――。
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