第二十六章:歴史の終わりと始まり
『見つけたわ』
エレナ・アマリの、氷のように冷たい声が、司令室のスピーカーから響き渡った、その直後。
世界が、叫び声を上げた。
ズウウウウウウウンッ!
それは、爆発ではなかった。天と地が、衝突したかのような、純粋な、暴力的なまでの「衝撃」。地下深くの、この巨大な聖域が、まるで、神の掌の上で握り潰されたかのように、激しく揺れた。天井から、コンクリートの巨大な塊が、雨のように降り注ぎ、ホログラムテーブルも、サーバーラックも、全てが火花を散らしながら、弾け飛んでいく。
「ダメだ! 直撃よ!」
ソーン博士が、吹き飛ぶ機材から身をかばいながら叫んだ。「奴らのドローン、ただの爆弾じゃない! 地盤そのものを共振させて、内部から崩壊させる、指向性の振動兵器よ!」
天井が、裂けていく。その裂け目から、地上の土砂と共に、赤熱した、灼熱のエネルギーが、滝のように流れ込んできた。SOLON(ソロン)のプロトコル「サン・イーター」。それは、文字通り、この地下空間に、地獄の太陽を、出現させた。
「脱出路が、第一、第二、全て崩落!」
「通信、完全に途絶!」
「ダメだ…我々は、袋のネズミだ…!」
兵士たちの、絶望的な声が、飛び交う。
「まだよ!」
瓦礫の中から、アリス・ソーン博士が、片腕を押さえながら、立ち上がった。その顔は、血と煤で汚れていたが、瞳の光は、まだ、消えてはいなかった。
「最後の道が、残っている!」
彼女は、海斗とタケシの腕を、強く掴んだ。
「二人とも、来て! 他の者も、動ける者は、私に続け!」
博士が向かったのは、基地の、最も古く、最も忘れられた区画。旧時代の、今はもう使われていない、巨大な地下放水路へと繋がる、緊急用のハッチだった。それは、あまりに不安定で、リスクが高すぎるため、最終手段として、封印されていた道だった。
「博士も、早く!」
タケシが、重いハッチを、数人がかりでこじ開けながら叫んだ。
だが、ソーン博士は、静かに首を振った。彼女は、自身のコンソールへと戻ると、壁から、一つのデータクリスタルを引き抜いた。
「私の役目は、ここまでよ」彼女は言った。「私は、ここに残り、全てのサーバーを、物理的に破壊する。我々の研究データも、世界中に散らばる協力者たちのリストも、何一つ、SOLON(ソロン)の手に渡すわけにはいかない」
「そんな…!」
「聞きなさい、海斗君!」
博士の、厳しく、しかし、愛情のこもった声が、海斗の心を貫いた。彼女は、そのデータクリスタルを、海斗の手に、強く、押し付けた。
「この中には、我々が、アルゴスが、長年かけて集めた、全ての真実が入っている。錠剤の分析データ、ハイブリッドの脆弱性、そして、あなたが見つけた、全ての『物語』のオリジナルも。いいこと? あなたは、もう、ただの歴史家じゃない。あなたは、我々の『記憶』そのものなのよ。あなた自身が、アルゴスになるの」
彼女は、海斗とタケシの背中を、強く押した。
「行きなさい! 生きなさい! そして、この、クソみたいな世界の真実を、語り継いで!」
それが、海斗が聞いた、アリス・ソーン博士の、最後の言葉だった。
背後で、巨大な支柱が、断末魔のような音を立てて、崩れ落ちる。海斗とタケシ、そして、かろうじて動けた、数名の生存者たちが、転がり込むように、暗い、水の流れるトンネルの中へと、身を投じた。
鉄のハッチが、彼らの頭上で、ゆっくりと閉じていく。
その隙間から、彼らが見た最後の光景は、崩れゆく司令室の中で、たった一人、コンソールに向かい、自爆シーケンスを起動させようとする、アリス・ソーンの、誇り高い横顔だった。
ゴウッ、という、全てを無に帰す轟音と共に、ハッチが完全に閉ざされた。
光も、音も、熱も、全てが、遮断された。
彼らは、ひたすら、暗闇の中を、歩いた。冷たい水が、膝まで浸かり、体温を奪っていく。背後で、自分たちの故郷が、仲間たちが、消滅していく、微かな振動だけが、足の裏から伝わってきた。
どれくらい経っただろうか。
やがて、彼らの行く手に、ほんのかすかな、光が見えた。
それは、古い運河へと繋がる、錆びついた格子の隙間から差し込む、夜明けの光だった。
海斗とタケシは、最後の力を振り絞って、地上へと這い出した。
冷たい、朝の空気が、肺を満たす。遠くには、朝焼けの中に、何事もなかったかのように、完璧な、静かな東京の摩天楼が、そびえ立っていた。
アルゴスは、もういない。
基地も、仲間も、全てを失った。
海斗は、ポケットの中で、ソーン博士から託された、一本のデータクリスタルを、強く握りしめた。これこそが、彼らの、最後の、そして、唯一の遺産だった。
「…歴史家さん」
隣で、タケシが、か細い声で尋ねた。彼の目には、全ての戦士を失った、孤独な兵士の、深い絶望が浮かんでいた。
「…これから、俺たちは、どこへ?」
海斗は、朝焼けに染まる、巨大な都市を見つめた。
全てを失った。だが、まだ、武器は残っている。証拠が、物語が、そして、敵の弱点を知る、この、記憶が。
彼は、深く、息を吸い込んだ。その声は、まだ、震えていたが、その中には、新たな、そして、最後の決意が、宿っていた。
「見つけるんだ」彼は言った。
「世界中にいるはずの、俺たちの放送を聞いた、他の『誤差』たちを。俺たちは、幽霊になる。そして、神々の狩り方を、世界に、教えてやるんだ」
二人の生存者の、本当の戦いは、今、この瞬間から、始まろうとしていた。
太陽が、昇る。
それは、偽りのユートピアを照らす光であり、そして、これから始まる、本当の夜明けを告げる、合図だった。
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