ゲームでは最強“師匠”、現実では空気女子!?学園王子の隣にログイン中!

旅する書斎(☆ほしい)

第1話 エンカウントは突然に

私、星野雫(ほしのしずく)、高校一年生。

自己紹介をしろと言われたら、たぶん「特技はありません」「趣味も特に」「友達は……いません」の三段活用で、先生を困らせてしまうタイプの、いわゆる『陰キャ』だ。


キラキラした陽の光が降り注ぐ教室の窓際、一番後ろの席。そこが私の定位置。分厚い眼鏡に、ひとつに結んだだけの黒髪。制服の着こなしも、可もなく不可もなく。クラスメイト達の楽しそうな会話の輪に加わることもなく、息を潜めるように毎日をやり過ごしている。


(……今日も平和だ)


そう、平和が一番。目立たず、騒がず、空気のように過ごすこと。それが私の信条。

だって、この「私立ネオフロンティア学園」は、ちょっと――ううん、かなり特殊な学校だから。


この学園では、国語や数学みたいな普通の教科と同じくらい、とあるものが重要視される。

それは、国民的大人気の超リアルVRMMORPG、『アーク・フロンティア・オンライン』――通称AFOのプレイ実績。


AFO内でレベルを上げたり、レアアイテムを手に入れたり、クエストをクリアしたり……そのすべてがポイント化されて、学園の成績に加算される。つまり、ゲームが上手ければ上手いほど、エリートってこと。


教室を見渡せば、休み時間にもかかわらずVRゴーグルを装着してAFOにダイブしている生徒もちらほら。彼らにとっては、休み時間も貴重な『勉強』時間なのだ。


「――でさ、昨日のレイドボス、マジやばくなかった!?」

「わかるー! 風間くんがいなかったら絶対全滅してたよね!」


きゃあ、と黄色い声が上がる。

その声の中心にいるのは、いつも太陽みたいな笑顔を振りまいている、この学園の王子様――風間颯斗(かざまはやと)くん。


さらさらの茶色い髪に、少し垂れた優しい目。笑うと覗く八重歯がチャームポイントで、モデルみたいな手足の長さ。成績はトップクラスで運動神経も抜群。おまけにAFOの学園ランキングも常に一位。まさに完璧超人。


(住む世界が、違いすぎる……)


颯斗くんは、私みたいな日陰の住人とは真逆の存在。空に輝く太陽で、私は地面に転がる石ころ。交わることなんて、絶対にない。


だから私は、今日も彼に視線を送ることさえできずに、そっと俯いた。


――キーンコーンカーンコーン。


放課後を告げるチャイムが鳴る。

「じゃ、俺AFOやってくわ」「おー、あとで合流する!」

クラスメイトたちが足早に教室を出ていく中、私もカバンを掴んで立ち上がった。


向かう先は、もちろん自宅。

私にとっての本当の放課後は、ここから始まるんだから。


◇◆◇


「――よしっ」


自室のベッドに寝転がり、愛用の最新式VRゴーグルを装着する。視界いっぱいに広がる『アーク・フロンティア・オンライン』のロゴ。そして、世界が光に包まれる。


『――Welcome to Arc Frontier Online――』


次に目を開けた時、私はもう『星野雫』じゃなかった。


銀色の長い髪が、風もないのにふわりと揺れる。体にぴったりとフィットした黒銀の軽装鎧に、腰には白銀に輝く二本の短剣。現実の私とは似ても似つかない、クールでミステリアスなアバター。


その名も、《銀色の流星》。


AFOの世界で、そこそこ――いや、かなり有名なソロプレイヤー。それが、私の本当の姿。

内気で友達のいない現実の私とは真逆。ここでは、誰にも縛られず、自分の力だけでどこへでも行ける。この自由が、私はたまらなく好きだった。


現実の学園じゃ、私のAFOでの活躍なんて誰も知らない。知られたくもない。だって、地味な星野雫と《銀色の流星》が結びつくなんて、誰も思わないだろうし、もしバレたら……想像しただけで胃が痛くなる。だから、これは私だけの秘密。


『さて、今日はどこを攻略しようかな』


メニュー画面を開き、マップを睨む。ソロプレイヤーの私にとって、パーティ推奨の高難易度ダンジョンは格好の遊び場だ。スリルと達成感がたまらない。

今日は最近実装されたばかりの最難関ダンジョン、《妖精王の忘れられた庭園》に再挑戦することに決めた。


転移魔法陣の光に包まれ、一瞬で目的地に到着する。

そこは、月明かりだけが頼りの薄暗い森。蔦の絡まった巨大な樹々が、まるで生き物のようにうごめいている。空気はひんやりと冷たく、遠くから不気味な獣の鳴き声が聞こえてくる。


『……相変わらず、趣味の悪い場所』


普通なら、屈強なプレイヤーたちがパーティを組んで、念入りに作戦を立ててから挑むような場所。でも、私は臆することなく森の奥へと足を踏み入れた。腰の短剣をすらりと抜き、神経を研ぎ澄ませる。


――ガサッ!


背後の茂みから、巨大な牙を持つ狼型のモンスター《シャドウ・ファング》が三体、同時に飛び出してきた。


『遅い』


私は身を翻し、一体目の喉笛を正確に斬り裂く。返す刃で二体目の攻撃を弾き、体勢を崩したところへ容赦なく追撃。最後の一体は、私が放ったスキル《流星閃》によって、銀色の光の粒となって消えていった。

ほんの数秒の出来事。まさに、流星の名にふさわしい早業。


ふぅ、と小さく息をつく。やっぱり、こうでなくっちゃ。

現実の鬱屈した気持ちが、モンスターを倒すごとに晴れていく気がする。


もっと強い敵を。もっとギリギリの戦いを――。

そう思いながら、さらに森の奥深くへと進んでいった、その時だった。


「うわぁっ!? ちょ、待って! 回復薬、回復薬……って、えぇい、使い方がわからん!」


間の抜けた声が聞こえて、私は思わず足を止めた。

声のした方へそっと近づいてみると、信じられない光景が目に飛び込んできた。


全身、店売りの初期装備。盾の構え方もめちゃくちゃで、剣の振り方もなってない。そんな、見るからに初心者です!と全身で主張しているプレイヤーが、このダンジョンの門番的な中ボス《フォレスト・ゴーレム》に追いかけ回されていたのだ。


(嘘でしょ……? なんで初心者がこんな場所にいるの!?)


ありえない。ここは、低レベルプレイヤーが迷い込んでくるような場所じゃない。それに、彼の動きはあまりにも……素人すぎる。


「うおおお! こっちくんなー!」


ドッゴォォン!

ゴーレムが振り下ろした巨大な腕が地面を叩き、初心者の彼は派手な音を立てて吹き飛ばされた。HPバーが、一気に危険な赤色に染まる。


(……自業自得だ)


そう、自分から無謀な挑戦をしたんだから、私が助ける義理なんてない。ソロプレイヤーの私は、他人と関わるのはごめんだ。さっさと見捨てて先へ進もう。


そう思った、はずなのに。


「くそっ……まだだ! まだ、やれる……!」


ボロボロになりながらも、彼は諦めずに立ち上がろうとしていた。その瞳には、悔しさと、それでも諦めないっていう強い意志が宿っているように見えた。


(……!)


その姿が、なぜか私の心をちくりと刺した。

ただの気まぐれ。本当に、ただの、ほんの少しの同情。


私は茂みから飛び出すと同時に、二本の短剣を投げつけた。短剣は綺麗な回転を描きながらゴーレムの両目に突き刺さり、甲高い悲鳴を上げさせる。


「――え?」


突然の乱入者に、初心者くんがぽかんと口を開けて私を見ている。構うものか。私はゴーレムとの距離を一気に詰めると、懐に潜り込み、スキルを連続で叩き込んだ。


銀色の軌跡が何度も走り、ゴーレムの巨大な体がガラガラと音を立てて崩れ落ちていく。そして最後は、光の粒子となって消滅した。


静寂が訪れる。

私は短剣についた土を軽く払うと、さっさとこの場を立ち去ろうとした。


「あ、あのっ!」


背後から、慌てたような声が飛んでくる。

振り返ると、初心者の彼――アバター名は《HAYATO》――が、目をキラキラさせながら駆け寄ってきた。


「す、すげぇ……! 今の、めちゃくちゃ格好良かったです! 助けてくれて、ありがとうございます!」


素直で、裏表のない感謝の言葉。その真っ直ぐな瞳に、なんだか調子が狂う。


『……別に。気まぐれだ』


私はぶっきらぼうに答えた。これ以上関わるつもりはない。さようなら、だ。


「待ってください! あなた、もしかして……あの有名な《銀色の流星》さんですか!?」


(うっ……バレてる)


まあ、このアバターと武器じゃ、知ってる人が見ればすぐにわかるか。


『だとしたら、何?』

「やっぱり! 俺、あなたの噂、聞いたことあります! 誰ともパーティを組まない、孤高の最強プレイヤーだって!」


孤高、か。聞こえはいいけど、要するに『ぼっち』ってことだよね……。現実でもゲームでも、なんで私はこうなんだろう。


「あの、俺、HAYATOって言います! このゲーム、始めたばっかりで、右も左もわからなくて……」

『だろうな。初心者が来る場所じゃない』


ぴしゃりと言い放つと、HAYATOくんは「うっ」と言葉に詰まる。でも、すぐにぶんぶんと頭を振った。


「どうしても、強くなりたくて! どうすれば、あなたみたいに戦えるようになりますか!?」


その必死な問いに、私は少しだけ、本当に少しだけ、心が動いた。誰だって、最初は初心者だ。私も、始めた頃はスライムにさえ苦戦していた。


『……基本がなってない。攻撃を欲張りすぎだ。敵の動きをよく見て、回避を優先しろ。隙ができた時だけ、一撃離脱を徹底するんだ』


つい、口からアドバイスが滑り落ちていた。

はっと我に返ったけど、もう遅い。


私の言葉を聞いたHAYATOくんは、ぱあっと顔を輝かせた。その表情が、なんだか大型犬みたいで、少しくすぐったい気持ちになる。


「回避が優先……一撃離脱……! なるほど!」


彼は素直に私の言葉をメモするような勢いで頷くと、次の瞬間、とんでもないことを言い出した。


「お願いします! 俺の師匠になってください!」

『――は?』


師匠? ししょう? 私が?

予想外すぎる言葉に、思わず間抜けな声が出た。


「あなたみたいに強くなりたいんです! お願いします、この通り!」


そう言って、HAYATOくんはゲームの中だっていうのに、綺麗な土下座をしてみせた。


(いやいやいやいや、無理無理無理!)


私が人にものを教えるなんて! しかも、このHAYATOくん、なんだかグイグイ来るタイプだ。現実の私なら、一秒で逃げ出してる。


『断る。私はソロだ。誰かとつるむ気はない』

「そこをなんとか! 授業料だって払います! 俺、リアルマネーなら結構あるんで!」

『金の問題じゃない』

「じゃあ、なんでも言うこと聞きます! 師匠の身の回りの世話でも、素材集めでも、なんでもやりますから!」


ぐいぐい来る子犬が、捨てられた子犬の瞳に進化した。キラキラした瞳で、じっと私を見つめてくる。うっ……その目、やめてほしい。


(……面倒なことになった)


でも、ここで突き放したら、彼はまた無謀なことをして、すぐにやられてしまうかもしれない。そう思うと、なんだか寝覚めが悪そうだ。


それに――。

『最強』なんて呼ばれていても、誰かに本気で「教えてほしい」なんて言われたのは、初めてだった。それが、ほんの少しだけ、嬉しかったのかもしれない。


『…………はぁ。今回だけだぞ』


気づけば、そんな言葉を口にしていた。

しまった、と思った時にはもう遅い。


「ほ、本当ですか!? やったぁー!」


HAYATOくんは、さっきまでのしゅんとした顔が嘘みたいに、満面の笑みを浮かべた。

「ありがとうございます、師匠!」

『師匠って呼ぶな』

「えー、じゃあなんて呼べば……」

『……好きにしろ』


もう、どうにでもなれ。

私は頭をがしがしと掻きながら、この甘くて面倒な『弟子』をどうしたものかと、深いため息をついた。


これが、私の退屈だった日常を、根底から揺るがす出会いになるなんて。

この時の私は、まだ知る由もなかった。


◇◆◇


翌日。

いつものように教室の隅で気配を消していた私の耳に、クラスの中心から聞こえてくる、あの明るい声が飛び込んできた。


「いやー、昨日のAFOはマジでやばかった! すっげー人に助けてもらってさ!」


心臓が、どくんっ!と大きく跳ねた。

声の主は、風間颯斗くん。

嘘でしょ……?


「へえ、風間でも助けてもらうこととかあんの?」

「初心者なんだから当たり前だろ! それがさ、もうめちゃくちゃ強くて、めちゃくちゃ格好いいんだよ! 《銀色の流星》って言って、知ってるか?」


(……やっぱり)


HAYATOくんの正体は、学園の王子様・風間颯斗くんだったんだ……!

信じられない。あのゲーム初心者と、この完璧王子が、同一人物? 嘘でしょ、嘘でしょ!?


頭の中が真っ白になる。

現実では天と地ほど離れている彼に、私、ゲームの中で偉そうに説教しちゃったってこと……!?


(ど、どうしよう……! 絶対にバレちゃダメだ!)


顔から火が出そうなくらい熱くなる。俯いて、ただ嵐が過ぎ去るのを待つしかない。お願いだから、これ以上、私のこと(銀色の流星のこと)を話さないで……!


心の中で必死に祈っていると、ふと、教室の喧騒が静かになった気がした。

そして、不意に視線を感じる。


おそるおそる顔を上げると、数メートル先の席にいる風間くんと、ばっちり目が合ってしまった。


にこっ。


彼は、私に向かって、優しく微笑んだ。

いつもの、クラスのみんなに向けるキラキラした王子様の笑顔。


――じゃない。

なんだろう、今の笑顔。昨日、AFOの中でHAYATOくんが見せた、あの人懐っこい笑顔に、少しだけ似ているような……。


(え? なんで? なんで私を見て笑ったの――っ!?)


まさか。

いや、そんなはずない。

だって、現実の私と、あのアバターは、似ても似つかないんだから。


ドクン、ドクン、と心臓が警鐘を鳴らす。

風間くんはもう友達の方に体を戻しているのに、彼の視線が、笑顔が、私の頭から離れない。

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