三
絡み合っていた二つの内界が解け、勝者であるジオ・カーディスのイメージ通りに仮想世界が再構築される。
黒いローブ姿のヴァイレックは棺桶に横たわっている。血色は悪く、腐りかけてはいるが、まだ原型は保たれている。濁った瞳が動き、棺桶のそばに立って見下ろすジオ・カーディスを睨む。瞳の金色の縁取りもくすんでいた。
「こんな、理不尽な戦いがありますか。こんなインチキが、内界戦で成り立つとは……」
弱々しい非難の声に、ジオ・カーディスは平然と返す。
「成り立つさ。お前の心がそれを認めたからこの結果がある。まあ、認めやすいように少しずつ伏線を張っていった訳だが」
一度『隻眼影』ルーンを使ってみせたのもそうだ。警戒させると同時に、強いカイストを駒として登場させることがあり得ると認めさせたのだ。
仮想世界のジオ・カーディスはダークグレイのフードつきローブの上に、暗赤色のマントを羽織っていた。戦闘時に常用する服装。
「勝つための伏線として、自分の原点まで曝け出した訳ですか」
「そうせずに勝てれば良かったが、厳しそうだったからな。自分の痛みより、目的の方を優先した」
フフ……と、ヴァイレックは淡く苦笑した。
「この棺桶ですが、序盤から見せていましたね。永遠に死んでいろという墜滅の暗示ですか。そもそもあの巨大な鉄柱で私は粉々でしたが」
「ちゃんとエンバーミングしたろ。それに、万能鍵が完全に入ったんだ。生かすも殺すも自由自在だ。……取り敢えず、十万年後でいいか。その頃には委員会と四神会の無限戦争も終わってるかも知れん」
ジオ・カーディスは掌の上に目覚まし時計を出現させた。アラームをセットして、棺桶の中、ヴァイレックの顔の横に置く。概念的なアラームだが、万能鍵によって内界で取りつけられたものだ。ちゃんと機能するだろう。
「このまま自然に墜滅もあり得るダメージだと思いましたが。わざわざ復活までフォローしてくれるとは。私を助けて何かメリットがあるのですか」
「そうだな。二つほどある。一つ、俺は忙しい。お前と再戦の予約を取っていれば、サネロサの直弟子であるお前を差し置いてサネロサ門徒が襲ってくる可能性が下がるだろう。戦争の作戦なら仕方ないがな」
「なるほど。サネロサ門徒との泥沼を避ける、一つの手ではありますね」
「二つ、俺はヒントを探している。『完璧な呪い』を解く方法の欠片でも与えてくれる可能性があるなら、術者を墜滅させるのは勿体ない。特に、呪術の専門家は大事にしたいのさ。お前がもし何か思いついて俺の役に立つことがあれば、その時は胸を張って『借りは返した』と宣言していいぞ」
フ。フフ。ヴァイレックはまた力なく苦笑した。
「私は……あなたが羨ましい。あなたの課題には、まだ救いがあるのだから。私はもう、取り返しがつかない」
「そうかな。取り返しがつかないとは思わない」
ジオ・カーディスの答えに、ヴァイレックは濁った目を見開いた。
「しかし、彼らの、一般人の魂は……」
「魂が、本当の意味で失われることはない、という説は昔から根強くある。参考になる最も有名な例が『真っ二つの男』イスカ・グルナだ。魂が二つに割れても彼は彼のままだった」
「『繋がっているようで、繋がっていないようで、繋がっている』ですね。『裏の目』ガリデュエによる調査結果。しかし、イスカ・グルナはAクラスのカイストです。一般人の魂とは強度が比べ物になりません。粉々に砕け、世界に溶けてしまった彼らの魂は……」
「『捜し屋』リドックが百億年の間誰を捜しているか、噂くらいは聞いたことがあるんじゃないか。粉々に磨り潰された魂もいつかは回復すると、依頼者の『泣き男』レンもリドックも信じている。いずれそれが証明されるんじゃないかと俺は思う」
「……証明されれば、いいのですがね……」
「別のこういう考え方もある。もし砕けた魂が世界に溶けて、見えなくなっていたとしても、彼らは存在している。彼らは欠片になって飛び散っているだけで、失われた訳ではない、と。まあ俺はいずれ回復すると思っている訳だが、そうでなくても、彼らは世界の一部として存在していると考えるのはどうだ」
「……もしそうだったとして、私にどうしろというのですか」
「さあな。それはお前が決めることだ」
ジオ・カーディスは無表情に突き放し、ヴァイレックはまた苦笑した。
「そうですね。自分で決めることです」
「じゃあな。十万年後にまた会おう」
その言葉を最後に、黒衣黒頭巾の男達によって棺桶の蓋が閉じられた。
ゴン、ゴン、と、蓋に釘が打たれる重い音を聞きながら、ヴァイレックは目を閉じた。
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