暗い、暗い、ドロリとした闇の中に、二人はいる。

「七十グラム」

 なめらかな声が告げる。モゾリ、と闇の一部が小さく動き、ジョリ、ゴリ、と何かを抉り、削るような音がした。

「今になって思うことがありましてね。あなたを捕獲してすぐに、繋がりを辿って委員会の部隊長……ラッゴール・ウォルシェを支配出来た訳なんですが、どうも簡単過ぎた気がするのですよ。相手との距離が近かったのもあるのでしょうがね。どうも……誘導されたような……囮の餌に食いつかされてしまったような、嫌な感じがするのです。本命を隠すための時間稼ぎとしてね。あなたは既にこんな状態ですが、術士には内界がありますからね。何も出来ない訳ではない」

 ヴァイレックは抑揚の少ない声音で語りかけていく。

 闇の中。返事はない。

「百八十グラム」

 またヴァイレックは告げる。ゾリ、ゾリ、と柔らかいものを削ぐ音がした。

「カイストは肉体の損傷にも苦痛にも慣れています。しかし魂そのものの苦痛は別物です。このナイフは『魂食たまぐいの舌』と呼ばれるもので、肉を削ると同時に魂も削る機能があります。まあ、魂が削れて小さくなる訳ではありませんがね。壊れることはありますが。……ああ、ご存知でしたか。あなたは他の魔術士よりもサネロサ系呪術をよく勉強しているようだ」

 返事はないが、ヴァイレックは一人で喋り続ける。

「呪術界と魔術界の両巨頭の直弟子同士として、あなたには興味があるのです。ザム・ザドルの直弟子にはこれまで何人か会ったことがありますが……そうですね、感情を失った機械みたいな人物か、ただただ邪悪なだけの殺戮者でした。あなたのようにまともな会話が出来そうな直弟子は初めてです。……聞いてみたいことがあったのですよ。ザム・ザドルは目的のない行動は一切しない人物だそうですね。弟子にするからには、何かしらの意味がある筈です。あなたは師匠に、どんな課題を与えられたのですか」

 闇の中で、小さな音がした。

 息を吐くように微かで、痰か血が絡んだように湿った音。

 それは、弱々しいが、笑い声だった。

「ということは、お前もサネロサに、課題を貰った訳だ」

 小さく弱く、滑舌の悪い声だったが、ジオ・カーディスの声だった。直接話をするために、最低限の発声器官の再生が許されていた。ただし、声に魔力を乗せることは出来ない。

 ヴァイレックは静かに次の言葉を待っている。だが魔術士の言葉は呪術士の期待したものではなかった。

「お前としては、重過ぎる課題だったのか。いや、重いのではなく、受け入れがたい課題だったのではないか。だからお前は……」

「黙れ」

 丁寧語を捨てた、呪力の乗った簡潔な言葉にジオ・カーディスの声は消えた。

「……三百グラム」

 またゾリ、ゾリ、ビヂ、と嫌な音が闇に響いた。ジオ・カーディスが苦鳴を洩らすことはない。

「……ところで、先程の話ですが。囮によって隠された、本命の話ですよ。あなたの情報をデータベースから引き出してみたのですがね。あなたは一人の女性を連れていることが多いそうですね。一般人ですが、小間使いにしている訳でもなく、魔術の依り代にしている訳でもないようだ、と。さて、この一般人。もしかすると、同一人物では……」

「俺のことを探ったところで、お前自身の宿痾が解決する訳ではない」

 復活したジオ・カーディスの声が冷酷に断じた。

 だが続くヴァイレックの声は笑みを含んでいた。

「おや、おや。慌てましたか。本当に弱点を突いてしまったのかな。その女性、大切にしているのですね」

「お前には大切なものはないのか」

 切り返された言葉に、ヴァイレックが一瞬詰まる気配があった。

「やはりお前は死人だな。……四回目が通ったぞ」

「……術を封じているつもりでしたが、どうやら、あなたに喋らせるのは良くないらしい。百二十グラム」

 ジョリ、ビヂ、ブヂッ、と嫌な音がして、その後に咳き込むような湿った音が続いた。

 実際のところ、情報を吸い取るのに相手の舌は必要ない。質問という刺激に対して表層意識に上がってきた思念を読み取ればいいのだ。そして、相手が屈服するか充分な心の隙を見せれば、魂に触手を食い込ませ何でも取り放題となる。

 今のところ、ジオ・カーディスは隙を見せてはいない。

「少し、休憩しましょうか。この国の首相を呪殺する仕事を先にこなしておこうと思います。そのために派遣されたのですからね」

 ジオ・カーディスの返事はない。

 闇の中で、モソリ、モソリ、と気配が動き、遠ざかっていった。

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