二
回復した佐久間龍臣総理大臣と御門丈五が対面したのは、水曜日の午後十一時、『苦渋の棘』を解呪して四十七時間後のことだった。
意識は戻っていたのに病室を出ることを許されない佐久間は、滞った政務への焦りを抱えていた。そのため解呪した魔術士の再訪を心待ちにしていた訳だが、御門が南妙生総合病院に到着したと榊原から報告された後も、なかなか病室まではやってこなかった。病院の周辺を調べているということだ。
で、二十分後、救急外来にやってきた御門とかぶり笠のダーズを榊原が迎えに行き、漸く病室で対面することが出来たのだった。
……が、濃い灰色のローブを着た御門は立って挨拶しようとする佐久間を手を上げて制し、十秒ほど黙って佐久間を観察、続いて病室の四隅に近づいて何かを確認する様子を見せ、それから佐久間の前に戻り、改めてカイストとしての名乗りを上げた。
「ジオ・カーディスだ」
「佐久間龍臣です。このたびは助けて頂いて……」
すぐにまた手で制し、御門は告げた。
「感謝は不要だ。こちらの都合だからな。ただ、今後も命を狙われる筈だから必要に応じて指示を出す。その時は従ってもらいたい」
「ええ、榊原からも状況は聞いています。必要な指示には出来る限り従いましょう。ただ、不要と言われても私が感謝しているのは事実ですし、私の勝手ですよね」
図太い笑顔を見せる佐久間総理に、御門は表情を変えず「確かに人の勝手だな」と言った。やはり素顔を覚えさせぬよう、顔立ちを変えるマスクを着けている。
「周辺を確認したが敵側の監視はないようだ。この部屋の結界にも乱れはない。ただし、繋がりは残っている」
「繋がり、ですか」
総理が首をかしげる。
「お前に呪殺を仕掛けてきた呪術士との繋がりは、完全に断ち切れた訳ではないということだ。因縁のようなものだな。その因縁を伝って、お前が何処に逃げても敵は追ってくるだろう。これは呪術士を殺しても、仲間の呪術士が繋がりを引き継ぐから断ち切るのは難しい」
「そうですか。まあ、命を狙われるのは初めてではありませんし、敵を作るような生き方をしている自覚もありますから、いつも覚悟はしていますよ」
佐久間総理は泰然としていた。
それから預けていた身代わり人形が無傷であることを確認し、周辺警戒のため小動物と虫の使い魔をつけることを説明し、更に幾つかの注意事項を伝えてから御門は立ち去ろうとした。その背に佐久間総理が質問を投げた。
「私の呪いを解いて下さったのは、榊原ではなく別口の依頼があってのことだそうですね。その依頼人の方は、私に何かを期待しておられたのでしょうか。よろしければ、教えてもらえませんか」
榊原は微妙に渋い顔をしていた。カイストが自分から依頼人のことを話さなかったのなら、余計なことを詮索するべきではないし、教えてもくれないだろう、という見解だった。
だが、御門は振り向いて、一言だけ告げた。
「長生きして欲しいそうだ」
そして御門はさっさと病室を出ていった。「カッカッ」と奇妙な笑い声を洩らしながらダーズもついていく。
榊原と二人だけになってから、佐久間総理が言った。
「カイストという人種をこれまで何人か見てきたが、不思議な人物だったな」
「そうですね」
榊原は無難な相槌を打つ。
「態度は素っ気ないのに、アフターサービスが妙に手厚いというか、誠実な印象だった。依頼人がどんな人物だったのか、一度会ってみたかったな」
「いやそれは、あまり詮索なさらない方が。その……使い魔も見ていますし」
榊原が困った様子で天井の隅を指す。やや大きめのハエトリグモがじっとこちらに目を向けていた。
「そうだな。精々長生きするために頑張るとしよう。明日の朝に退院して政務に復帰だ」
佐久間龍臣は長い息を吐いてベッドに戻る。榊原が微笑しながら布団をかけてやった。
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