第52話 初日の終わり

 医務室にて。


「がるるるるるる……」

「シャーッ!!」

 私、玉木 環たまき たまきはベッドに足を投げ出した状態で、隣のベッドにいる国名館の福田 零ふくた ぜろと威嚇を飛ばし合っていた。


 ……っていうかなんでコイツと隣なのよ全く!


 試合後、私は仲間のみんなに医務室に強制連行された。岡吉先生に「脳震盪を起こしたんだから、今日は無理せずにここで頭を休めるように」って言われたんだけど、ほぼ同時に福田のヤローも仲間達にここに担ぎ込まれて来やがりました。

 コイツはコイツで、明日の個人戦男子二刀流の部の優勝候補なんで、今日は検査を受けた後もずっとここで安静にしてるように言われたみたい……半日コイツと一緒にいるのかよ全くもう。

 医務室には脳波を測る機械やレントゲンなんかも常備してるのにはさすがに驚いたわ。検査の結果、私も福田も明日の個人戦出場は問題ないそうだ。


「おーす、たまたま具合はどうだ?」

 検査が終わってしばらくした後、紫炎たちチームメイトが医務室にやって来た。そろそろの結果が出た頃よね。


「どうだった?」

「残念ながら、私もルルーも3次審査で落ちたアルよ」

 私の問いに林杏が返す。演舞の部に出ていた林杏とルルーは最終審査のひとつ前で不合格となったみたい、うーん残念。


 と、みんなの後ろから、これまた大勢の面々が姿を現した。先頭に立っているのはいかつい中年男性で、後ろに従えているのはあの国名館のユニフォームを着ている面々だ、団体戦のメンバーとは違う人達だけど。


「げっ、か、監督っ!?」

「福田、ケガしたそうだな、自己管理がなっとらんぞ!」

 野太い声で福田を叱るおじさん。あーこの人が国名館の監督さんですか、確か阿噸あとん大昌だいしょうさんっていう鬼監督だとパンフレットに書いてあったな。


「で、そちらのお嬢さんが対戦相手かね。録画を見たよ、頑張ってくれたな」

「あ、いえ、すみません。彼にケガさせちゃって」

 さすがにあの小太刀の罠は気まずかったので頭を下げるが、阿頓監督はガハハと笑って福田の頭を叩きながら返してきた。

「かまわんかまわん、このバカにはいい薬じゃ。スポチャンは合戦なのでな、遠慮は無用!」


 それからしばらくの間、岡吉先生は阿頓監督といろいろ話し込んでいた。紫炎達も国名館の選手たちと色々雑談したり、動画を見せ合ったりしている。

 ちなみにここに来てる国名館の面々は皆、演舞の方の出場者だそうだ。さすがというか午後の最終審査に3人も残しているのはすごい、しかも2人は女子だし。

 また阿頓監督はスポチャン協会の役員で、演舞の審査員もやってるみたい。どうりで午前の団体戦に姿が見えなかったわけだ……マネージャーさんがいたとはいえ、選手たち信頼されてるなぁ。



 ほどなく午後の部開始のアナウンスが流れ、みんなは見学や応援に出向いて行った。あー、また福田コイツと二人きりか。


 ちなみに国名館はDブロック決勝も勝ち、順調にベスト8に名乗りを上げていた。福田の代わりに出た補欠選手もここぞとばかりに実力を発揮し、豪快な一本勝ちでチームに貢献して見せたらしい。


 他にAブロックでは大阪の聖龍館せいりゅうかん、あの緑山師範の率いるチームも勝ち上がったみたい。小中学生のみで構成されたチームなのに凄いなぁ。

 Fブロックでは愛知の慈恩じおん高校、あのロボットコスの赤星さんのチームが、Hブロックからは三木美樹さんの土岐第三ときだいさん高校もしっかり勝ち上がってきている。

 どっちもさすがだなぁ、是非私も彼女らと対戦してみたかった。


「ま、国名館ウチの優勝は固いけどな。敗退した高校はお気の毒様だがな」


 ……ええい、こっちをチラ見して言うなっての!

「じゃかあしぃ! さっき監督にどつかれて泣きっ面になってたの誰よ!!」

「るせぇっ、俺に叩っ切られて負けた奴が言うな!」

「その私の落とし物を踏んづけてここにいるのは誰でしたかねぇ」

「んがるるるるるる」

「ふしゃあぁぁぁぁ」


 しばし威嚇し合った後、私と福田は同時にハァと息を吐き出す。なんかアホらしくなってきたんで……多分コイツも同じなんだろうな。


「お前、明日の女子二刀流の部、出るのか?」

「もちろん出るわよ。せっかく岐阜まで来たんだし」

 福田がトーンを落とした状態で聞いて来たので素直に返す。今日は残念な結果だったけど、明日の個人戦はなんとしてももっと勝ち進みたい。


「じゃ、要注意の選手が何人かいるから教えてやるよ。俺は優勝確定だから相手なんざ気にせんけど、弱っちいお前には必要なデータだろ」

「……またえらい親切じゃない。言っとくけど、あんたは好みのタイプじゃないから」

「なっ!? オ、オレもお前みたいな男女に興味ないわ!」

「誰が男女じゃああああっ!」

「やかまし! 『たまたま』なんて呼ばれてる奴には相応だろが」

「フカーッ!」


 ぜーはーぜーはー……コイツは何かイヤミを挟まないと会話できんのか。まぁいちいち反応する私も私なんだろうけど。


 まぁ何のかんの言って結局その後、福田の持ってるタブレットで二刀流の女子強豪選手を録画した動画を見せて貰ったんだけどね。


国名館ウチの女子選手の夏柳、あんたらも対戦したサンライズの神崎、東北の青葉学園の三宮みつみや、島根オードリー・スポチャンチームの三段持ちのおばさん岩崎、他にも何人かいるけど、このへんが優勝候補かな」


「……あの神崎選手が、その他大勢扱い?」

 うーんさすが全国大会、各地に強豪がこうもぽこぽこいるとは。ちょっと明日が不安になって来たなぁ。


「ま、お前の動きじゃ歯が立たないわな、無駄が多すぎだし」

「余計なお世話! って言いたいけど、確かにあんたの足さばきは大したもんね」

「つか普通だろ。お前は終始すり足の癖がついてっから剣の振りと足さばきがバラバラなんだよ、柔道じゃねぇんだから」


 む、痛い所をついてくれるわね。でも確かにコイツの動きは剣の振りと連動していて、時に斬撃が体を引っ張り、時に大きなステップが次の一撃の土台になっていた。

 形は違えど、ある意味では林杏の剣舞と共通するものがあるなぁ。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 俺、村崎 紫炎むらさきしえんはチームメイト達と一緒に、団体戦の決勝トーナメントを観戦して過ごしていた。

 流石と言うか、ここまで勝ち上がったチームはどこも恐ろしく強くて、まだまだ自分の甘さを痛感することになってしまった。


 でも黒田の奴くらいのレベルになると、全然臆することなく傾向と対策を練ってるみたいだ。なんせ黒田は国名館の成瀬と同じ長剣両手の選手、当然団体戦の雪辱まで視野に入れてるみたいで、明日の個人戦に向けて気合十分といった感じだ。


 結局優勝したのは国名館だった。主力の一人である福田が抜けても、その強さは揺るがなかった……名門だけに補欠も層が厚い事厚い事。

 たまたまがライバル視してた三木美樹選手がいる土岐第三高校は、準決勝で愛知の慈恩高校に惜しくも競り負けた。彼女は勝ち残り戦にまで生き残ったが、さすがに男子4人相手にしては勝てなかった……3人までは抜いたんだけどな。


「さって、じゃあ玉木さんを迎えに行ってバスに戻るわよ」

 表彰式も終わり、岡吉先生がそう指令を出す。ウチらは今日から2泊3日でバス泊の予定だ。新設部のウチには部費が出て無いのもあってホテル代なんて出せないので、駐車場で夕食にしてそのまま学園のオンボロバス内で就寝する事になっている。


 まぁ施設内にはトイレやシャワー室もあるし、ウチと同じように学校の持ちバス内で泊まる高校もあれば、特別に解放されている運動公園でキャンプするスポチャン道場チームなんかもあるとかなんとか。

 単に試合だけじゃない、ちょっとした旅行イベントとしても楽しめるのがこの大会の特徴みたいだ。春にウチに遠征に来た事といい、いろいろ考えてるなぁスポチャン協会は。


 と、俺達の横に一人の女子がとことこ駆け寄って来た。確か国名館の女子マネージャーだっけか?


「あ、すみません国分寺国際のみなさん。私も福田を迎えに行きますんでご一緒しませんか?」

 あーそういやたまたまと福田は同室で、しかも隣のベッドだったなぁ。俺もみんなも「もちろんオッケー」という顔で同伴して医務室に向かう。


「サテ、アノ二人ドウシテマスカネェ」

「あー、試合でバチバチだったけんね」

「暴れて無きゃいいけどねぇ、あはは」


 ……

 最後のルルーのセリフに、全員が一瞬、固まった。


「や、やば……ありえるかも」

「あの二人って相性最悪だった気が」

「同じ二刀流でも水と油だったから……やり合って無きゃいいけど」

「タマキ、アンセイ、ヒツヨウ」

「福田のバカも明日の個人戦があるのよ……ヤバい、急がないと!」


 全員が猛ダッシュで医務室に向かう。もし二人が喧嘩でもしてた日にゅあ、最悪問題になって出場停止まであるかもしれない! そうでなくても安静が必要な二人なのに!


  ◇        ◇        ◇


 果たして、医務室では――


「えっと、こう動いて、それから、こう?」

「あーもう、そしたら切り返しが出来んじゃねぇか! 右重心だよ右!」

「ほっほっほ、呼吸が丸見えじゃぞい」


 なんかたまたまが福田の指導を受けてるし、それにあのギックリ腰の陽川のじーさんが笑いながらツッコミを入れているし……他にもケガで担ぎ込まれたはずの選手たちが、その光景を見ながらシャドースイングしてたりするし。

 おーいみなさん、ここ医務室ですよー。


「たーまーきーさーんー、安静はどうしたのか・し・ら?」

「おーい福田のお馬鹿、敵に塩を送るのにも限度ってもんがねぇ」


 岡吉先生と向こうのマネージャーの雪村さんが、笑顔だけど目が笑ってない感じで炎のオーラをまき散らしながら、二人にずいっ、と詰め寄る。まぁそりゃそうだよなぁ。


 結局、岡吉先生と後から来た阿頓監督は、ココの主治医の白雲しらくも先生に平身低頭で謝る羽目になりました……もちろんその後、たまたまと福田の奴が両指導者に平身低頭で以下略。


 ま、たまたまって昔っからこうだったしな。なんつーか、周囲の空気を引き付けるっつーか。

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