第50話 好きこそものの上手なれ
大将戦、
「……すごい絵面だな」
「まさにスポチャン独特よね」
と、審判の礼の合図の前に、ムンダ君が一歩踏み込んで話しかける。
「ナルセ。イツカハ、ハンソクシテ、ゴメンナサイ」
そう、ムンダ君は春にこの成瀬選手と相対して、それが反則とは知らずに槍を投げつけて医務室送りにしてしまった経歴があり、そのお詫びをするのと改めて彼と戦いたいという思いからスポチャンをする事になったんだ。
早くもその願いを叶えた、って訳か。
「謝る必要はない。真剣勝負に反則など無いからな。それよりありがとう、スポチャンを始めてくれて」
笑顔でそう返す成瀬選手。あの時も勝負を続けたがっていたし、ムンダ君との再戦は彼にとっても願ったり叶ったりだったのかもしれない。
『互いに礼! 試合、始めっ!!』
審判の合図と共に会場がざわめく。優勝候補筆頭の国名館の
「……え」
「なんだ、あの成瀬の構え?」
そこかしこから疑問が上がるのも無理はない、私たちも成瀬選手の異様な構え方に思わず見入ってしまう。
彼は刀の峰を右肩に乗せ、手は腰の前で柄を軽く握って自然体で立っている。ぶっちゃけると、これから戦う構えにはとても見えない。むしろリラックスして一息ついているようにすら見えるじゃん、あれ。
対するムンダ君はいつも通り少し間合いを開け、トーントーンとジャンプを繰り返している。彼独特のバネを生かして、どんどんその高度を上げていく……これは、アレを狙っている!
「「行けッ!」」
私たち国分寺勢全員がそう吐いた瞬間、ムンダ君はジャンプの頂点で槍を大上段に掲げ、落下の勢いを上乗せして強烈に相手に叩きつける!
「
ぶおぉぉぉん!
アフリカ象の、ライオンをも蹴散らす鼻の一撃を模した打ち下ろしが、うなりを上げて敵の頭上に降り注ぐ!
ビッ、どばあぁぁーん!
だがそれは命中寸前に、成瀬選手が払いのけるようにして振った太刀に軌道を反らされ、床を強烈に叩き付けるにとどまった。
でも、この技の真骨頂はここからだ。あれだけの勢いで槍を大振りすれば普通はスキが出来る。でも地面に叩き付けて止めるおかげで、そこからすかさず返しの一撃を放つことが出来るんだ!
「フッ!」
槍を跳ね上げようとしたムンダ君の動きが……止まった。
みしぃっ、ときしみ音を立てて弓なりに曲がる槍。なんと成瀬選手は弾いた槍の刃先を自分の長刀で地面に押し付けて、切り返しを押し止めていた!
「うそ、でしょ? あの柔らかいエアーソフト剣で、どうやって?」
ぐぐぐっ、と力を込めて相手の槍を押さえつけて止めている相手……マジもんの剣ならともかく、力をかければぐにゃりと曲がる風船の剣で?
「上手く斜めに力を入れて押さえつけているわね……なんて技術」
岡吉先生の解説に一応は納得する。真横からなら折れ曲がり安いけど、鋭角にあてがえばそれなりの強度も持ちえるだろうけど……。
(それを、ムンダ君の
あの犬伏師範すら本気にさせた、強烈な威嚇の一撃を叩きつけられた直後に、そんな高度な技術で冷静に対処するなんて!
「ホッ!」
ムンダ君がハエタタキのように押さえつけられた槍を抜き、再度間合いを取ると今度は両手で槍を吊るように構え、そこから前後のリズミカルな動きで下段の突きを狙う、これもムンダ君の得意技だ。
「ホウッ、ホイ・ホウ・ホワァッ」
腰の高さの連撃が成瀬選手に襲い掛かる。ウチじゃ黒田君でさえ防ぎきれない得意の連続突き!
バン! バン! バァン!
でもそれは相手の、相変わらずの肩に乗せた剣からの払いや打ち落としに、ことごとく不発に終わる。
「うそ、だろ」
「アレをことごとく払いのけるって、どんなセンスアルか」
上半身と下半身のつなぎ目である腰部分は基本正中線がブレる事は無い、上半身みたいに前後左右に反らせることが出来ず、足さばきの上に乗って移動するのみだから
。
だからムンダ君の槍の刺突では一番命中率が高い。にもかかわらずその突きをことごとく撃ち落とすその技に、全員が驚かずにはいられない。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
攻防が続くうち、周囲のギャラリーからも徐々に驚きの喚声が大きくなっていく。
「すげぇ……さすが成瀬」
「あの槍の連打を全部捌いてる? どういう集中力してんのよ」
「まるでバリア張ってるみたいじゃねぇか」
言い得て妙だ、成瀬はここまで防御一辺倒で、相手の攻撃を本命もフェイントも全部叩き落している。
反面、基本の構えで刃を肩に乗せ、短く構えているせいでリーチは極端に抑えられていて、射程距離は小太刀にすら及ばないだろう。相手が槍ならなおさらで、自ら反撃に打って出ることも敵わず、する気配も無い。
「どう、見る?」
「あの戦法、去年までの成瀬さんには見られませんでした」
ギャラリーしている緑山師範の問いに三木美樹が応える。今までの成瀬とは違うその姿に、隣にいた赤星アスナが驚いて返す。
「じゃ、じゃあ……アレはあの黒人に勝つための?」
「ありえるねぇ、彼のキャラクターを考えたら、な」
「ホント、スポチャンおたくよねぇ、全く」
――――――――――――――――――――――――――――――――
東京、国名館高校3年、成瀬 鳴動。
彼のスポチャン歴は決して長くは無い。中二で始めるまではスポーツや格闘技に全くと言っていいほど縁がなく、あまり運動神経がいい方でも無かったので「ニブいデカブツ」という印象しか持たれていなかった。
だが、彼はスポチャンを始めてから豹変した。よほど水があったのかメキメキと腕を上げ続け、中学卒業の頃には全国でも名の知れた強豪選手として知れ渡っていた。
そんな彼をの強さを支える根幹、それはひとえにスポチャンに対する自由度と愛好心にこそあった。一見奇抜な戦法でも彼は積極的に試し、取り入れられるものは何でも取り入れてきた。
何より「好きこそものの上手なれ」を実践し続けてきた彼の成長スピードは、義務や惰性でスポチャンを続けて来ていたライバル達をあっという間に抜き去り、そして大きく引き離し続けていたのだ。
彼はこの春に遠征先でムンダに苦汁を飲んだ後、その対策と彼の長所をよく研究し、自分に積極的に取り入れてきた。今回の戦法もそこから生まれており、今や対ムンダのみならず、チームメイトや師範、監督などを相手にしても負けないほどの、彼のメインスタイルの一つにまで叩き上げられていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――
「あの……野郎っ! あえて相手の危険地帯にッ」
黒田君のそのつぶやきに横目で彼を見る。なんと青い顔をして冷や汗をかいている……彼ほどの実力者が?
「どういう、こと?」
「あの構えじゃ否応なしに相手の間合いに入らなきゃならない……つまり相手だけに有利な空間に、自分から踏み込んでいるんだよ!」
言われてあらためてぞっとする。スポチャンは基本、間合いの測り合いだ。自分の剣の射程内に素早く踏み込んで攻撃し、相手の射程から素早く逃れる。そんなヒットアンドアウェイがメインの戦法だって言うのに……その逆を?
「明らかに『危険を楽しんでいる』わね。ヤバい状況に身を置くことで、自分を研ぎ澄まさせているのよ!」
「OH! イッツ、クレイジー……」
「『死中に活在り』をマジでやってる、ってのか!」
仲間たちの言葉を聞きながら、私は寒気がする思いがした。
名門、国名館の敗北の危機を背負っていながら、そこまで自分を追い込めるものなのか。
そこまで、自分の強さに、自信が持てるのか、と――
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