第45話 ダイナミックと深謀遠慮

 次鋒戦。林杏の相手は『鉄壁の源』と呼ばれる大男、源 玄二郎みなもと げんじろう選手だ。その異名が示す通り、彼の武器である両刃の『棒』を駆使した防御はまさに鉄壁で、団体戦では例え三本勝負でも一本すら取られた事がないんだとか。

 攻撃型の先鋒の磯波選手とは対照的な『守りの選手』。さすが王者チーム、いろいろな強みを持つ選手がそろってるなぁ。


 先方の黒田君が引き分けた事で、こちらの描いた勝利の青写真は大きく狂ってしまっていた。でも岡吉先生は修正をせず、あくまで予定通りに行くと私達に指示を出している。

 そうなると勝利のカギとなるのが私達女子3人、林杏、ルルー、そして私、玉木環たまきたまきの活躍だ。

 もちろん勝てれば申し分ないけど、そんな甘い相手ではないだろう。なので引き分け狙いや相手のウィークポイントの発見まで視野に入れて、なんとかポイントゲッターのムンダ君に期待を残したい。


 実力的に上の紫炎と意外性のステラを引っ込めてまで、ここまでデータのない林杏とルルーを試合に出した岡吉先生の策、果たして当たるのか……?


『互いに、礼。試合、始めっ!』


 審判の合図と共にばばっ、と距離を空ける林杏。対する源選手は悠々と構えたまま、手持ちの両刃の棒をゆらゆらさせて迎撃態勢を取っている。

 はたから見てもスキが全くないのが分かるなぁ、自然体の立ち方も完璧だし。


「ハイ~~ッ、ハッ・ハッ・ハイヤァ!」

 ポーズを決めた林杏が、そこから雑技団仕込みの剣舞を始める。時に低く時に飛び上がって、その手持ちの剣で空中に軌跡のアートを描いていく……最初は呆然としていたギャラリー達も、その見事な動きに徐々に魅入られて行った。


「うわぁ、すげぇなこれ」

「鮮やかねぇー、バランス全然崩さないし」

 誰かがひとことふたこと呟いたのに呼応して、周囲から拍手が巻き起こった。観客たちもまさかスポチャンの試合中に雑技団の演舞が見られるとは思ってなかっただろうなぁ。


 でも、相手の源選手は全く動じない様子で、動き続ける林杏をずっと目で追っている。近づけば静かに構えを低くし、彼女の移動に合わせて向きを変えて正対し、警戒態勢を決して崩さない、やはりというか油断は全くしてくれなさそうだ。


「1分経過っ!」

 ルルーの指示を聞いて林杏が舞いながら相手に近づいていく。そしてその剣舞の流れから、鋭い横薙ぎの一撃を相手にお見舞いする――


 ビンッ! と音を立ててその一撃をはじいた源選手が、逆側の刃で返しの一撃を放つ。だが林杏はすでにバク転でその射程の外に避難していた。

 そう、林杏の剣舞はどこからでも攻撃や防御にスイッチできるんだ。決定力にこそ欠けるけど、予想もつかないタイミングで自在に飛んでくるその攻撃は、初見で見切って返し技を入れるのはそれなりに難儀だろう。


 とはいえ国名館の選手レギュラーほどの強者にじっくり構えられると、さすがに一本を取れるわけはない。しかも相手は鉄壁の異名を取る防御型の選手ディフェンダー、彼にしてみればこんな大道芸的な攻め方なんか恐れるに足らないだろう。


 でも実は、こそが、林杏を出した本当の目的なんだ。


―――――――――――――――――――――――――――――――――


「相変わらずの身体能力だな」

 国名館側で大将の成瀬が腕組みしたままそうこぼす。彼はかつてのスポチャン布教遠征で林杏の動きを見ており、当然マネージャーやチームメイトにも教えている。


「所詮大道芸でしょ、玄二郎ゲンゲンに通じるわけ無いわ」

 フン、と鼻息を鳴らしてマネージャーの雪村ゆきゆきが返す。どれほど気配を消そうと、逆に激しい動きの中に必勝の一発を混ぜようと、鉄壁の源の防御壁をすり抜けるのは不可能だとよく知っているから。


「確かにな。そのうち動きを読み切ってカウンターで決めるか……」

「しまいに体力切れで動きが止まってオシマイだろうねぇ」

 国名館の他の二名、中堅の樫葉と副将の福田もそれに続く。既に相手の女子は汗だくなのに対し、こっちの源は泰然自若たいぜんじじゃくとした余裕の佇まいを崩さない。彼らの言う通り、このままなら国名館側の勝利は揺るがないだろう。


 だが、大将の成瀬はその意見を聞きつつ、なにか釈然としない違和感を感じていた。

(何だ? なにか……見落としてる気がする。何を?)


―――――――――――――――――――――――――――――


 2分、3分、そして4分が経過する。だが林杏は未だにずっと剣の舞を踊り続け、ときたま相手に攻撃を繰り出しつつ反撃を回避してダンスに戻る。珠の汗を試合場全体にまき散らしながら、それでもその美しくダイナミックな動きを止めようとしない。


「林杏、あと1分ーッ!」

 制限時間はあとわずか。残りの1分間を耐えきれば、あの最強チームの国名館の選手を一人、事が出来るんだ!


 そう、源選手に林杏を当てたのは、ハナっから引き分けを狙っていた、というのが目的のだ。元々相手の源選手は負けないけど引き分けも極端に多い選手、そのスタイルを逆手にとって、こっちも相手の一人を引き分けで潰す算段なんだ。



玄二郎ゲンゲン-っ! どうやら相手は引き分け狙いよ」

 相手側からマネージャーらしき女子の声が響く、さすがに気付かれたみたい。

 だけどそれなら、こっちにもわずかな勝ちの目が見えて来るんだから!


 そして、それに応えてか、ついに『鉄壁』が動いた!

 ドン! と大きく足踏みして一気に間合いを詰めた源選手の強烈な突きが、アクロバットをしている林杏の胸元に迫る。


「ハイヤァッ!」

 待ってましたとばかりに、その刃先を躱しつつ自分の剣を上からあてがう林杏。そのまま剣の上に乗っかって相手の武器ごと地面に押さえつけると、そこから彼女は低い姿勢で地面をすべるように、相手との間合いを一気に詰める!


「なっ、下から、だと!?」


 作戦的中だ! 林杏は高いアクロバットだけじゃなく、椅子の下をくぐるような低い姿勢での斬り込みも持っている。それをここまで見せずに、相手の武器を地面に押し付けた状態で、をすり抜けていく!

 スポチャンの『一本』は、あくまである程度の勢いで武器を叩きつけた場合にのみ有効となる。今相手が林杏に棒をぶつけても、それは「当てがう」程度の威力しかないのだ。


 部内でステラやムンダ君相手に練習していた、反則スレスレの敵の武器封じが見事に決まった! あとは彼女の一刀で相手を仕留めるだけ――


 ブンッ!


 林杏の渾身の一撃は、虚空を薙ぐに留まって、しまった。

 相手の源選手、なんと自らの武器を離してバックステップし、林杏の一撃を躱していたのだ。そしてそこからまるで柔道の前回り受け身のように前転して林杏の横を抜けていく。


「クッ、ヘイヤァッ」

 林杏の返しの一刀も届かなかった。ここまで全力で動き続け、やっと訪れた決定的チャンスに繰り出した渾身の一撃は、それを避けられた事で彼女の反応と体力を根こそぎ奪ってしまっていたので、どうしても返しの剣が遅れてしまったのだ。


 一方、ごろんと巨体を一回転させて片膝立ちした源選手の手には、さっき捨てたはずの棒がしっかりと握られていた。

 その動きはどう見ても訓練された動作だ……落とした武器を拾う訓練までやっている、っていうの? しかもなんか無駄にカッコイイし。


「ゼェッ、ゼェッ、ゼェッ……」

 大息をつきながらも剣を相手に向けて構える林杏。なんとか虚勢は張っているけど、正直もう体力の限界だろう。今、相手に一気呵成に襲い掛かられたら、もうどうしようもない。


 が、源選手は姿勢を正すと、そこからすり足でじりじりと迫って来ていた。ここまで有利になっても詰めをあせらないのは流石だ……でも、それなら!


「林杏! あと半分30秒!」

 私が残りの時間を叫んで伝える。あとたった30秒、逃げ延びてしまえば、あの固い防御の相手を落とせる!


「何やってる源! さっさと仕留めろっ!」

 敵陣から怒声が飛んでくる。女子マネでも成瀬さんでもない、残りの選手のどちらかの声だろう。


 が、その声に逆らうかのように動きを止め、自陣をちら、と一瞥する源選手。そしてそこから防御の姿勢に戻り、バテバテの林杏に油断なく対峙する――


 ビィーッ


『時間切れ、引き分け!』


 審判の宣言に会場が「ああー」というため息に包まれる。二人が礼をして別れた後、戻ってくる林杏を私たちは、あえてで迎え入れる。


 それが限界まで動き続けて貼った林杏の、勝利への伏線なんだから。


――――――――――――――――――――――――――――――――


「なっさけねーなぁ源、それでも名門国名館のレギュラーかっての」

 そう非難したのは副将の福田選手だ。一人だけ茶髪に染めたチャラ男の風貌を持つ彼の呆れ顔を、源はきっ! と睨み返す。


「オーケー、あれでいいのよ玄二郎ゲンゲン。あちらさんを見ても、まだ何か隠し持ってて不思議じゃ無かったみたいだし」

「だな……最後に『何か』をやって来る気配があった。それを察したからこそ詰めなかったんだろ?」

 マネージャーのフォローに続く中堅の樫葉の言葉に、こくと頷く源。時間一杯美しい演舞を見せ続けた相手女子への敬意も手伝って、最後は無理をせずに引き分けで収める判断をしたのだ。もちろん残りの3人への信頼あってこそだが。


「樫葉、次の相手も女子よ。前の試合まで出てた背の高い二人を引っ込めている以上、何かはあると思ってなさい」

「あいよー。慎重に、丁寧に戦って来るさ」

「よろしい」


 雪村マネージャーとそう言葉を交わした樫葉が、獲物の長剣(片手)を持って、源と入れ替わりに立ち上がる。その視線の先には対戦相手である外国人女子、ルルー・D・アンネの姿があった。


 『中堅戦。東、ルルー。西、樫葉』


 審判の呼び出しに応えて舞台に上がる樫葉。その背中を見て大将の成瀬は、いまだ心の中にある違和感を消せないでいた――

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