第40話 神崎カンナという選手

 人生って、つまんない。

 私、神崎カンナはもうずっと、そんな思いを抱いて生きてきた。


 神崎財閥の二女として生まれた私は、兄弟たちと違って美人には程遠い容姿に成長してしまった。なんでも先祖に相撲取りがひとりいたらしく、その遺伝子を受け継いでしまったからこんな太ましい体になってしまったみたいだ。


 お家は世間の見栄えを気にしたのだろう、私は後継者候補から外されて帝王教育を施される事は無かった。

 しかし逆にそれが功を奏したのか、兄や妹たちがたしなみ程度に覚えた習い事に、私はどっぷりとハマる事が出来た。中でも柔剣道、そしてフェンシングの腕前はそれなりに上達し、小学5年生の時には「さすが名家の娘」と褒められるほどになっていた。


 でも、お家が没落したら、それは何の役にも立たなかった。ライバルである伊集院家に政治の世界で蹴散らされ、親兄弟たちはため込んだ美術品や宝石類を持って散り散りに夜逃げしてしまったのだ。


 残された私は責任を取らされる形で伊集院家の住み込み使用人として生きる羽目になったんだけど……そこのご子息ボンボンが仕掛けた挑発に乗って、なんかチャンバラみたいな勝負を挑んで来たので叩きのめしてやったら、逆に一目置かれるようになって、私立校である神戸サンライズ学園のスポチャン部に特待生として入学する事になった。


 でも私自身、それほどスポチャンにのめり込んでいる訳ではない。ただそれなりに勝てるし、それで伊集院家を喜ばせる事が出来るからやってるだけだ。どうせ高校を卒業したら奨学金ほかもろもろの返済の為に働きに出なくちゃならないんだし、スポーツが出来た所で人生を変えられるわけでもない。


 そう、お金や権力のあるなしで人生は簡単に決まっちゃうんだ。現にこのスポチャン部には伊集院家が後援会になっていて、ご子息ボンボン伊集院洸次郎いじゅういんこうじろうがちゃっかりレギュラーとして登録されている……実力はからっきしなのに。


 私はその名前や立場から「カンカン」と呼ばれ、文字通り洸次郎の客寄せパンダ、引き立て役として扱われてきた。時に洸次郎を目立たせるためにわざと負けさせられ、逆に彼の相手を買収して勝たせるなんてケースもあった。まぁこの青龍旗大会じゃそんな真似ができるはずもなく、1回戦もボンボンは瞬殺されたんだけど。


 そんなわけだからこの2回戦も、それほど気合の入る試合にはならないと思ってた……でも、でもっ!


――――――――――――――――――――――――――――――


「ふっ! ちぇいやぁっ!!」

「ホウ、ホウッ! ホイイィィヤアァッ!!」


 なにこれ燃えるっ! まるでアフリカの狩人のような風貌の対戦相手。その見た目に偽りなしの躍動感のある戦いに引き込まれる。私はとうに全力を、いやそれ以上に燃えて戦いに没頭しているのに、この相手を仕留める事が出来ないでいた。

 うん分かる。彼が狩人なら私はパンダでいい、これまでイロモノでしか無かった私が、まるで野生の獣のように相対するのがどこか心地よかった。


 身分も見栄も全てかなぐり捨てて、ただただ本能のままに闘いに没頭させてくれる!

 そんな原始の戦いに引き込んでくれた、この対戦相手のムンダ選手に、心から感謝して――


  ◇        ◇        ◇


「すっ、スゲェ戦い……なんだこれ」

「重厚、俊敏、殺気、冷静、静と動……全てが凝縮されている!」

「スポチャンっていうより、もはや生存の戦いにすら見えるぜ」


 ギャラリーが大いに沸くのも無理もない。ムンダ君と神崎選手の戦いはギリギリの緊張感と力強い踏み込みや斬撃で、幾度となく空気をビンビンに張り詰めさせていた。薄氷を踏むが如くの攻防と、それを生み出す二人のハイレベルな攻防に誰もが引き寄せられていた。


 とはいえ身内チームメイトとしては神経が磨り減る思いだ。1勝2敗と負け越している上に、私達のエースであるムンダ君が私と同じ高校生女子に、しかも同じ武器である二刀流に徹底的に追い込まれているんだから。

 チームの勝利と、相手の神崎さんの強さに対するちょっとした嫉妬ジェラシーも相まって、私、玉木環は祈るように声援を送る。


 頑張れ、ムンダ・ムングルス!


―――――――――――――――――――――――――――――――――


(ネライハ……カラダノ、マンナカ!)

 場外際を横っ飛びで躱しながらムンダは狙いを絞る。このキボコカバのように重厚に迫りくる相手を仕留めるには、大きく開いた口の中、つまり構えた時の両刀の間に槍を撃ち込むしかない。

 そう決めてからは、あえて打ち下ろしや横薙ぎの攻撃を多用して来た。相手の意識をそっちに振って、ここぞという時の突きを決められるように。


 そして、その最大のチャンスが来た!

 ひとしきりの攻防が終わったその時、相手のカンザキ選手が大きく左右に手を広げ、ずいっ! と間合いに入って来たのだ。

(イマ、ダッ!)

 槍の一番後ろを右手で包むように握り、左手は槍を乗せたまま相手に向けて添え狙いを付ける。ほぼ投げ出すように突きを繰り出す、最大射程の刺突――


「ホホーウッ!!」

 ――ダァンッ!――


 その突きは、カンザキ選手の右足で、


 ぞくっ、という悪寒がムンダの全身を駆け巡る。決めに行った槍をカバに踏み潰され、そこから自分に突進してくる……はっきりとした「死」への絶望感を感じ取っていた。

(……イメカ・ミリカおわった

 

 が、次の瞬間に光明が見えた。槍を踏んだままこっちに向かって来た相手が、その姿勢を崩したのだ。ムンダが踏まれた槍を引っ張ったのもあり、それがになって突進中にバランスを崩す対戦相手。


「ちいぃっ!」

「マダ、マダ、ヤレル!!」


 前に倒れ込むように片膝をつきつつも、その刀をムンダに振り下ろす神崎。

 引っこ抜いた槍の穂先を、そのまま切り返すように神崎に突き出すムンダ。


 ボンボンッ!


 両者の刃が、お互いの体を、急所を捕らえる……同時に!



『同時一本、引き分け!』

 主審の裁定に、一瞬の溜め息の合唱の後、周囲から拍手と歓声が沸き起こった。


「すげえぇぇぇぇ、カッコ良かったぜぇ、二人ともーっ!」

「なんちゅう戦いだ、いいもん見れたなぁ」

「ナイッスファイトォーッ」


 お互いに礼をした後、神崎選手がムンダに握手を求める。応じたムンダ君が左手を自分の胸に当て、彼女に言葉を送る。

「ウナ・ヌグブ・クリコ・キボコ(貴方はカバより強い)」

「なんて言ってるのか分からないけど、ま、ありがとね」


 この後彼女がスマホでその言葉を翻訳して、カバ扱いされている事に呆然としたのはまた別のお話。


――――――――――――――――――――――――――


『大将戦。東、伊集院洸次郎! 西、黒田雪之丞!』


 なんか少女漫画のような名前の二人が試合場に上がる。相手の伊集院選手はその名の通りのキザったらしい男で、九州男児の黒田君とは正反対のイメージだなぁ。

 おまけにHAHAHA笑いを繰り返したり、先の神崎選手をカンカンとか引き立て役とか称して卑下した挙句、真の主役の登場だなんて言って自己アピールまでする始末だ……何この人。


『試合、始めっ!』

――すっぱあぁぁーん――

『一本! 黒田選手の勝ち』


 で、試合は瞬殺だったんだよねぇ、なんだかなー。

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