第37話 強豪の実力

「え……あ、あの、大丈夫?」

 私、玉木環たまきたまきは試合開始早々、その場に崩れ落ちるように倒れ込んだ対戦相手、金磯要カナカナ選手に一歩踏み出して、その顔色を伺おうとした……その時!


「タマキ! だめアル、それ擬態アルヨッ!」

 背中から飛んできたチームメイト、王林杏ワンリンシンの絶叫にビクッ、と反応したと同時、倒れたはずの金磯選手が四つん這いの体勢で手に持った小太刀をびゅん! と振って来た。


「うわっ、とっ!」

 すんでの所で足を引き、なんとか打ち込まれずに距離を取る事が出来た。もし林杏の叫びが無かったら、完全に一本取られていただろう。にしても……。


「ちょっと、いくらなんでもセコすぎいないですか!?」

 抗議の一つも言ってやる。いくら何でもありのスポチャンだからって、体調不良を装ってこっちの心配を誘ってだまし討ちしようだなんて!


「うふふふふ……甘いわねぇ。真剣勝負で足狙いは当たり前の戦術、そして、これが……」

 四つん這いになったまま、そのバイザーの奥の顔をにやりと歪ませて笑うと――


 でげでげでげでげ……


 なんとそのままワニかトカゲみたいに、四つん這いのまま迫って来た、ひぃっ!?

「私の戦いなのよおぉぉぉぉ~」

 うつ伏せになったままで不気味に迫り来て、そこからひたすら私の足を狙って小太刀を振るって来る。


「うわっ、とっ、ひゃっ!?」

 私はタップダンスを踏むように彼女の剣をかわし続け、なんとか距離を取ろうと場外線のフチをたどって回り込もうとする。なにしろ相手が低い姿勢なんで、私の剣の打ち下ろしはナナメになるために距離がある。対して相手は真正面に私の足があるのだから彼女の足薙ぎの方が早く当たっちゃうんだ。なら、回り込んで相手の後ろを取れれば……。


 ごろごろごろごろ

「うっそおぉぉぉっ!?」

 なんと金磯選手、私が横に回り込んだと同時に地面に寝転び、そのままごろごろと横に転がって迫って来てる。んでその勢いでびゅん! と剣を振って、地面をぱぁん、と叩く……何コレ、私は今何と戦ってるの?


  ◇         ◇        ◇


「Hey、タマキ! 相手ガ寝テルンダカラ、ゴキブリコックローチミタイニ叩キ潰シチャイナサイ!」

「それがそーもいかねぇんだ、アレ」

 ステラの叫びにアゴに手を当てて反論する紫炎。

「目一杯低い姿勢になると、リーチは明らかに有利になるんだ。ほら、ベースボールのヘッドスライディングとタッチする野手じゃ、ベースにより近く早いのはランナーの方だろ?」

「……ナルホド」


「凄いのはあの低い姿勢であれだけ動けて、しかも相手を見失わない事だ」

「まるで酔拳の使い手みたいアルよ」

 黒田に続いて林杏も相手の技量に声を漏らす。そもそも寝そべっていると十全には動けないのが人体の構造のはずだ。しかしあの金磯選手は時に四つん這い、時に縦に横にごろごろ転がり、そしてたまにカエルのようにジャンプしてひたすら環を追いかけていく。

「柔道の寝技ともレスリングの動きとも違う……あの動きのベースは一体?」

「サバンナノ、ダイジャノタタカウスガタニ、ニテル」

 岡吉先生にも理解し得ないその戦いぶり。それを見て漏らしたムンダの一言は、実のところ的を得ていた。


  ◇        ◇        ◇


 一方、神戸サンライズ学園の選手の面々は、頼もしいポイントゲッターの相変わらずの奇抜な戦いに、思わず笑顔を見せている。

「あはは、さすがに相手の二刀ちゃんもビビってるなぁ」

「なにしろカナカナはヨガのスクールの娘だからな、体の柔らかさと上下左右天地の方向を掴むのはお手の物さ」


 金磯要かないそかなめ。彼女はインド人を祖父に持つ、神戸のヨガ教室の家の娘だ。幼い頃からヨガを習い、床に転がりながら体を柔軟に曲げ伸ばし、その姿勢で重力を的確にとらえて姿勢保持をする事に長けていた。

 小6の時スポチャンに出会った彼女が、何となく得意のヨガを生かした戦い方を披露して周囲を驚かせた。とはいえそれはむしろ不気味さと邪道的な評価をはらんではいたのだが……


「すっげー! 強ぇ、かっこいいじゃん!」

 その彼女の戦いを絶賛したひとりの少年の存在が、彼女を本格的なスポチャンの世界へと誘い、異質の戦士へと成り上げるに至ったのだ。

 そう、誰あろうその少年こそ今のチームの主将にして彼女の恋人、占部郁郎うらべいくろうその人なのである。

(油断するなよカナカナ……ここでお前が勝てば流れは絶対にこっちに来る!)


  ◇        ◇        ◇


「ゼッ、ゼェッ、ゼェッ……」

 私、玉木環は試合場の縁を逃げ回るのに精一杯だった。戦いのされての彼女の戦いに、対応する術が見いだせないでいた。なので相手が疲れて止まるのを待つつもりで逃げ回っていたけど、一向に動きを止めないどころかますます柔軟に地面を動き回って追いかけて来る。

 その動きには洗練された見事さすら感じられる……ヘンな人だと思ってたけど、なんて完成度の高い戦い方をするの、この人は!


「んふふふふふ、なかなか粘りますねぇ。でも、そろそろ手詰まりではなくて?」

 仰向けに寝たまま、小太刀を私に突きつけて余裕を見せるカナカナさん。確かにこのままじゃ打つ手がないけど、なんか悔しいなぁ、このままじゃ。


「じゃ、後が控えてますので、そろそろ終わらせましょうか。このナタルコンのサビにしてあげましょう」

 そう言ってうつ伏せになり、四つん這いになってじりっ、と間合いを詰める……このままじゃジリ貧だし、かといって彼女と同じように地面に転がっても勝ち目は無いだろう。

 それなら、イチかバチか!


「ふわあぁぁぁぁぁぁっ!」

 相手が一気に間合いを詰める、ここが勝負所っ!


「えーいっ!」

 思い切ってナナメ上に飛ぶ。今相手はうつ伏せの状態、なら真上からの攻撃には無防備なハズ……今までコレを狙う隙を伺っていたけど、ひと呼吸置いたお陰で決断が出来た、これなら!


「いけないアル! それは悪手アルよーっ!!」

 林杏が絶叫した時、相手のカナカナさんはうつ伏せから前転し、そこから体をくねらせつつ見事に立ち上がると、私の打ち下ろしの一撃を上半身を反らせてスカらせ、そして……


 すっぱあぁぁぁん!


『胴一本! 東、金磯選手の勝ち』


―――――――――――――――――――――――――――


 礼を終えて試合場を降りる。負けた……悔しいっ!


 でも、しょげてばかりもいられない、これは団体戦、後に続く頼もしい仲間に、しっかりとエールを送らないと。


「みんな、ごめん。紫炎、カタキは頼むわよ」

「ああ、任せとけ……って、言いたいんだけどなぁ」

 入れ替わりに試合場へ向かう紫炎が頼りない事を言う。うんまぁ無理もないけど、ちょっとは頑張ってよね、本当に。


『次鋒戦! 東、選手。西、村崎紫炎選手!』


 そう、紫炎の相手は神戸サンライズ学園のキャプテン、あの占部君だ。紫炎と同じ武器である剣+盾を使う、この武器のまさにエキスパート。

 まだまだ初心者の域を出ない紫炎の、いわば上位互換の強者だ。段位も紫炎が一級なのに対し彼はすでに二段の腕前、まして個人戦で同じ武器同士の戦いのキャリアをもう何年も積んでいるであろう彼を相手にするのは、さすがにしんどいだろうなぁ。


『一本! 東、占部選手の勝ち!』


 予想道りというか、残念ながら全く歯が立たなかった。紫炎も持ち前の勘の良さで1分近く粘ったんだけど、やっぱ間合いの取り方やプレッシャーのかけ方一つとっても明らかに格上、文字通りの完敗だった。


 これでこちらは残り3人、向こうは5人全員が生き残っている。ここから逆転の目はあるのだろうか……。


『中堅戦! 東、前田。西、ステラ、試合場へ!』

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