第29話 心を射貫く剣士

 私の対戦相手、夏目 棗なつめ なつめ選手が試合場に上がったその時、会場の空気が瞬時に固まった……気がした。


(な、なにこの娘……んですけど!?)

 女子の私が言うのもなんだけど、正直こんな美少女は見た事無い。いやそこそこ美人な女子なら知ってるし、第一私の周りにいるルルー、林杏、ステラだって十分に美人の類だといえるだろう。


 でもこの夏目さんは、正直レベルが違うんですけどぉ? 


 150cm無いであろう華奢な体は痩せ型ながらもしっかりと体幹が整っていて、男の子みたいに短く刈り込んだ髪の毛が逆に、整った小顔の輪郭や美肌をくっきりと際立たせている。

 ぱっちりとしたお目目に小さいながら筋の通ったお鼻、色白の肌に映えるように頬や唇はほんのり鮮やかな桜色をしてるし……いわゆるボーイッシュ系美少女の極致みたいな女の子が、私のスポチャンの対戦相手とは。


 そして着ている服がまたねぇ……赤の袴に白装束の、いわゆる巫女みたいな服装の袖を上げて、それ白い帯みたいなので肩口で縛って固定している。頭にはハチマキが巻かれ、後ろのくくり目から肩まで垂れ下がっている。

 これって時代劇とかで見る、「奥方様、敵が迫っております、避難を」「いいえ、私も武門の妻、殿と共に戦います、よいですね娘よ」「はい、お母様」とか言って薙刀や小刀を用意してるお姫様そのまんまじゃないの。


「うっわぁ、おいカメラカメラ!」

「ちょ、ヤバいたい紫炎! 肖像権が絡むとよ?」

「大丈夫。マネージャーとして部長の試合を撮るだけだから」

「ルルー、カメラガ相手ノホウヲ向イテマスケド」

「くっ! 同じタイプながらこれは惨敗アルよ……」

「このコスチュームな相手なら、ウチも間に合わせた方が良かったわぁ。環さんジャージだしぃ」


 ……おいこらウチの部、どっちに注目しとるんじゃい! っていうか彼女が試合のメットを被った瞬間に「あぁ~」なんて嘆きまで聞こえて来るし。


『両者中央へ、礼』

 おっといけない。これはあくまでスポチャンの試合なんだし、相手の可愛さに見とれている場合じゃ無かったわね。私も面をかぶりつつ一礼した後、もう一度相手をよく見てその強さを測る。


 ……無理。このと今からチャンバラする未来がどーしても想像できませーん。


『始め!』

「やぁっ!」

 彼女が構えと同時に発したソプラノの掛け声が、私の瀕死の闘争心にトドメを刺してくれる……なにこの可愛い生物はぁ!??

 なんか後ろでもウチの仲間達が萌えて悶えてるのが聞こえてくるんですけど。


「えいっ! やぁっ、とぉっ!」

 次々に剣を繰り出して来る夏目さんに私は防戦一方だった。そりゃそうでしょ? 姫だよ? 箱入り娘の色白お姫様が紅白の装束にハチマキをフリフリさせて、えいえいと珠の汗を浮かべて必死に剣を繰り出して来るんだよ……反撃なんてする気になるかーい!


 ――ぱちん――

『小手、一本っ!』

「し、しまったっ!」

 やられたー。つい相手に見とれてしまっている間に小手を打たれてしまった……決して手を抜いたわけじゃないんだけど、この娘スポチャンも結構上手かったりするじゃないの。


「よし、やったっ!」

 珠の汗を散らしながら小さくガッツポーズする彼女に、周囲の空気がさらにホンワカするのが伝わって来る……うーんもうスポチャンやめてアイドルにでもなったほうがいいと思うなぁ。

 実際なんか周囲の視線が軒並み彼女に集まっている気がする。無理ないわねぇ、頑張る華奢なお姫様と、ジャージ姿の私じゃそりゃ注目度も違うってもんでしょ……これで勝ったら私は完全な悪役ヒャッハーだわ。


「タマキ! マダ、ニホンメガアル。マケルナ」


 ムンダ君だけが激励の言葉をかけてくれる……我が国分寺スポチャン部の良心だなぁありがとね。ま、黒人の彼にはあんま夏目さんが魅力的には見えないからなんだろうけどね。事実、他のうちの部員たちは未だに彼女に釘付けだし……。


 と、武道場の向こうの方から数人の女生徒が、この試合場にどたどたと走って来る。

「あー、いたいた。おーい!」

「一本目とったみたい、さっすが」

 彼女たちの着ているのは石井学園の制服だ(可愛いので有名)。なるほど、夏目さんの応援に来たって感じなのか……。

 でも夏目さん、なんかちょっとイヤそうな顔をしてるんですけど?


 試合場の脇に陣取った彼女たちが、いちにのさん、と息を合わせて、に声援を送る――


「「夏目、頑張って~!」」


「……は? 夏目、『君』?」

 思わずこぼれた私の言葉を聞いた夏目さんが、ちょっとふくれっ面で(それも可愛い)、私に言葉を返す。


「……ボク、男子、ですけど……」


 ……嘘、でしょ?

 なんか背後でウチの部員なかまが石化したり、心の中で何かがバリッと破れたり、逆に萌え度を加速させたしてるのが聞こえるんですけど、まぁ無理もないかなぁ。


 って、つまり、私は今まで男子相手に可愛いとか悶え苦しんで戦いにならずに、あえなく一本を献上してしまったわけだ……に。


「……ふっきれたわ。二本目は絶対に取るわよ!!」

 あーもう馬鹿馬鹿しい、本番の審査の時に私ってば何やってんだか!


『二本目、始めいっ!』


 さぁ、ここからが修行の成果を見せる時。いざ勝負ッ!!

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