第22話 「恐怖」を乗り越えろ!

 体育館の舞台上。岡吉先生の指示により下のコートに通じるカーテンが閉じられ、それを確認した先生が日本刀の入った木箱を開け、その中にあったヒモで自分の長髪を後ろでくくり、鞘に入った刀を取り出してベルトに差す。


 うひゃぁ、やっぱ真剣使うんだ! 怖っわ。


「大丈夫、剣は構えたまま動かさないわ。さ、玉木さんも準備して」

「あ、はいっ!」

 私はダンボール製の二刀を持ってトントンと跳ねてウォームアップする。相手の岡吉先生、なんか得体のしれない怖さはあるけど、見た感じはそれほど強さを感じるタイプじゃない。おっとりした態度や眼鏡の奥の優しげなタレ目もそうだけど、何より体幹や筋肉の付き方が、あまりスポーツをやってそうに感じなかったから。


 先生が腰の刀をゆっくりと抜く。同時に重みを失った鞘がベルトから抜け落ちて、カランという音を立てて地面に落ちた。

 そして……その剣を私に向けて中段に構えた時、周囲の空気が凍り付いた、気がした。


 ――ピリッ――


「うわ、すっげぇサマになってら」

「ング……キンチョーシマス」

 紫炎やステラの言う通りだ。今までのホンワカ雰囲気は何処へやら、剣を構えたその姿はまさに堂に入っている、剣士の姿だ。


 と、黒田君が一歩踏み出して、驚きの表情で言葉を発する。

「その構え、その握り方……岡吉流正眼おかよしりゅうせいがんの太刀! 先生……まさか、あのの?」

「あら、さすが黒田君。詳しいわねぇ」


「え、うっそ! マ、マジ……かよ」

 紫炎が続く。が、私も含めて他のみんなは頭にハテナマークを浮かべるだけだった。その補足をするように黒田君が解説を入れる。

「岡吉一門。かつて剣術指南役として幕府に仕えていた名門たい。やっけど剣豪、本宮 武蔵もとみや むさしとの決闘に敗れて、歴史から消えた流派や」


「「本宮武蔵ッ!?」」

 さすがにそれは私でも知ってる、日本史上最強と言われた剣豪の中の剣豪だ。天才剣士、笹雲 小次郎ささくも こじろうとの岩流島の決闘はあまりにも有名で、後に有名な剣術書『輪五りんごの書』を残した最強剣士。


「あの二刀流の日本の英雄アルね」

「そんな人とやり合った流派の末裔……」

 林杏やルルーさんもさすがに知ってるみたい。まぁムンダ君だけは未だに頭にハテナマーク浮かんでるみたいだけど。


「当主の岡吉青八郎、そして次男の岡吉を一騎打ちで下し、汚点を残さまいとした門下生総がかりを生き延びた。武蔵の伝説じゃ岩流島に次ぐ有名なエピソードだよ」

「先生の持ってる太刀、『無名:』って言っとったげな、まさかとは思ッとったけんど……」


「そ、うふふふふ。まさか今になってその末裔の私が、二刀流の剣士と相まみえるなんてねぇ……なんて不思議な『縁』なのかしら~」

 えええええー! ちょっとちょっと待って先生!!

「なーるほど。それで二刀流のたまたまを相手に選んだ、ってことか」

「長き時を経て再び相まみえる両流派!」

「コレハベリー、エキサイティングデスネェ」


「わ、私は本宮武蔵とは縁もゆかりも無いんですけどぉ~」

 何か怖い笑いをして物騒な言葉を吐く先生に思わず抗議する。いや私二刀流を選んだのは単なる気まぐれなんですが……。


「大丈夫よ。さっきも言ったけど、私はこの構えから剣は絶対に動かさないわ。貴方から剣に突っ込んでこない限り、ケガする心配はないから」

 表情を変えないまま、それでも少し安心する事を言ってくれた。なるほど、ああやって刃を私に向けてプレッシャーをかけるだけか。それなら……


 ――ギラッ!――


 ひいぃぃぃ、やっぱ怖いいぃぃぃ!

 なんていうか、あの三木美樹みきみきさんやサバゲーの東剛君なんかとは別種の、強さや怖さじゃなくて……そう、が、どうしても私を委縮させてしまう。


 周囲のみんながゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた。でも私の視界は先生の持つ太刀のやいばに固定されていて、全く動き出す事が出来ない。熱いのか冷たいのか分からない汗が全身から吹き出し、「前に出なきゃ」という意志と「下がりたい」という本能が胸の中でせめぎ合っている……。


「おいもアレをやらされたことがあるたい、日本刀を前にすると、本当に踏み込めんとよ」

「横で見てても威圧感あるわねー」

 みんなの声も耳に入って来る。でもそれだけで、今の私には何の解決にもなってない……どうする、どうしよう。



「ダイジョウブ」

 ぽん、と私の後ろから肩に手を置いたのは、ムンダ君だった。

「え?」

 彼は私の横を通り過ぎると、そのまま先生の方に向かって平然と歩きだした。全く臆せず、平然と先生の刀に向かって歩を進め……。


 そのまま、日本刀の刃の先に自分の額をコン! と当てて、そこで止まった。


「斬れるわよ、動かないでね」

「シンバ(ライオン)ノ、ツメ、キバヨリ、コワクハナイ」

 先生が緊張の面持ちで、構えをそのままに一歩ゆっくりと後退し、刃先を彼の額から離した。


 その場の全員から「「どはーっ!」」というため息が漏れる。


「イマノガ、ミホン。コワガッテハ、イケナイ」

 ムンダ君が薄く笑って、私に向かってそう言う、彼の笑顔は初めて見たなぁ。

「正確には『怖さを飲み込む』ったい。怖いもの知らずじゃ逆に無謀なだけやっけんね」

 黒田君の声もようやく頭に入るようになった。そっか、この勝負は先生の動かない刃に、まず怖さに負けないように向かっていくための特訓なんだ。


「うん、ありがとう。やってみる!」

「ハイ、その意気その意気」

 改めて対峙する私と先生。でもさっきの中断をこちらに有利になると見たのか、先生は左右にすり足でじりじりと動き始め、こっちの意思をくじこうとしてるみたい。確かに剣は動かさないと言ってたけど、足を動かさないとは言ってなかったか。


 あとは……何か、キッカケが欲しい。私が動き出す為のが!


 そんな風に思っていると、見据えていた刃がフッ、と大きくなった!

「ここっ!」

 意を決して、というよりなかば反射的に前に突っ込む! 今のは先生が前に歩いて来たんだ、だったらもう接近はんだ、坂を駆け下り始めたジェットコースターのように、その流れの中で間合いを一気に詰め、そして――


「えい! 面一本っ!」

 パチン!と私のダンボール剣が先生の頭を叩く。


「お見事、ナイスよ玉木さん」

 先生からお褒めの言葉を頂く。ちなみに先生の構えた太刀は私の肩口に添えられていて、あと少し間合いが近かったら服が切れていただろう。もし先生が剣を振り下ろしていたら、私の腕は肩からザックリと切り落とされていたかもしれない。


「真剣勝負っていうのは、踏み込むリスクを恐れない事、切られる覚悟を常に意識する事よ。自分だけに有利な戦いなんて無いんだからね」

「は、はいっ!」

 刀を逆に向け、元のおっとりした雰囲気の先生に戻る。私も刃を向けられなくなって、ようやく緊張に張り詰めた空気から解放されて、思わずぺたんと座り込む。

「あー、しんどかったー」


 そんな私の右肩に、ポン! と何かがあてがわれる。これって、ダンボールの剣?

「玉木さん、『残心ざんしん』を忘れちゃだめばい! 戦いが終わっても気を抜くといかんっちゃよ」

 黒田君が後ろから私の首筋に剣を当てていた。あー、確かに柔道をやってた時も聞いたことがある言葉だ。

 残心。確か勝負の後にも戦いの心を残すってアレだっけ。相手が試合終了の合図ブザーを聞き逃して技をかけて来る事もあるから、それでケガをしないようにと教えられていたけど、すっかり忘れてた。


「ん、ありがと」

「よか意思ばい。さて先生、次はおいが挑ませてもらうたい!」

 私と入れ替わりで黒田君が先生と対峙する。


 スパンパァーン!


 さすがに黒田君が相手ともあって、大きめのステップで動き続けた岡吉先生だったけど、剣道中学日本一な上に刀との稽古経験のあった彼には通用しなかった。

 このへんは流石だなぁ……彼がスポチャン部での主力になるのは間違いないだろう。


 続いて林杏、ステラ、紫炎、ルルーさんもチャレンジしてみた。さすがに全員が恐々挑んだけど、やがて意を決したみんなの一撃で無事に一本を取る事が出来た。


 うん、岡吉先生を顧問にしたのは大正解だったなぁ。


「うふふふふ……これで全員の戦い方は理解したわぁ。その戦術に応じたコスチュ、もといユニフォームを仕立てるの、今から楽しみねぇ~♪」


 ……うーん、大正解とは言い難かったかもしれない。


 何にせよこれで私達、国分寺国際ハイスクール、スポーツチャンバラ部。いよいよスタートだっ!

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