第2章 選択しない選択、或いは選択肢のない選択(8)
駅前の広場に、何やら人集りができている。何事かと目を向けたナギだが、すぐによく見る光景だと察する。
それは、『健上法反対』の横断幕を掲げる集団だった。通行人達に必死にビラを配り、反対の署名記入を求めている。このような反対運動は日本のどこかで毎日のように行われている。
以前ナギも彼らの配るビラを受け取ったことがあり、彼らの訴えが如何なるものなのか、内容に目を通したことがある。純粋に、健上法の根幹であるMenDACoシステムの開発運営側の人間として、どんな理由で反対しているのか興味があった。
MenDACoシステムは危険である。
洗脳電波によって思考統制しようとしている。
ざっくりまとめると、そのようなことがつらつらと書き並べられていた。
表立ってそのような活動をしている人達の言葉はまだ大人しい方で、ネットで調べればより荒唐無稽な主張を垣間見ることができる。
例えばMenDACoは思考を読み取ることが出来るので、あらゆる思考は政府に筒抜けだとか。政府にとって都合の悪い記憶を消すことが出来るだとか。言語野を破壊し、まともな思考が出来ないようにしているだとか。
少しでも論理ノイズ理論に関する研究論文を読んだことがあればそのような突飛な発想には至らないであろう陰謀論じみた言説の数々を見て、一瞬でも興味を持ったことすらナギは後悔しそうになった。
MenDACoがそのようなことをしていないことは、ナギはそこらの人よりも理解している。故に、取るに足らない妄言でしかない。
──とは思いつつ、ある人の言葉が脳裏を過ぎる。
『アンロックされてないだけで、MenDACoにはもっとすげえ機能がたんまり載ってるんだけどな』
そう笑いながら話していたのは、かつてMenDACoシステム開発の初期メンバーであり、システムの大部分を作り上げたと言っても過言ではない人物。その人はシステムエンジニアとしてシステムに携わっており、設計やプログラム構築を担当していたため、システムについてはもちろん、MenDACoデバイスの内容も熟知している。
今はもう退職してしまったが、ナギの尊敬する人物の一人である。仕事ぶりを近くで見られたことを誇りに感じている。
その人は、続けてこう言っていた。
『とは言っても、人に害を及ぼすような変な機能はねえけどな。あくまでこのシステムは、人と世の中を良くするためのもんだ。今はいろんな制約で解放されてねえけど、いつか誰しもその恩恵を享受できる日が来るだろうよ』
その言葉を今でも覚えている。きっと今は批判している人らも、知る日が来るのだろう。このシステムがどれほど自分達にとって有益であるかを。今はまだ、気付けていないだけなのだ。そうナギは思う。
ビラを必死に配る彼らの傍にも、等しくMenDACoは寄り添っているのだから、その日は遅かれ早かれ来ることだろう。
何気なく、視線を移しハヤテの方へ向ける。ハヤテも彼らの方を見ているようだったが、その細めた目が何を思っているのか、ナギには分からなかった。
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