20話 何百、何千の色が躍る

 ちょっと待ったと、すず子が手を突き出し割って入る。


「山田さんの言っている魔術っていつも尋問と洗脳に使っている代物でしょ? 極光国の化学派を無理やり何人も魔術派に引き込んだ悪魔の技よ。そんなの竜崎さんに使わせるわけにいかないわよ!」


「そりゃそういうこともあったけど、白化の炙りは、元々は人の抱える見えにくい問題を紐解くために出来た術だし、洗脳とかはその応用だし、てか今の状況で悪用するわけなくない?」


「どうだか、とてもじゃないけど信じられないわ」


「別にアンタが信じようが信じまいが関係ないし、決めるのは竜崎陽馬でしょ?」


 白化の炙り、とやらの使用について急に裁可を求められる。数舜だけ迷ったが、陽馬はやま子を信じて任せる旨を伝え、それから付け加える。


「その術、俺にも使えたりするか?」


「あー……未来のハル様なら余裕でっていうか、これ教えてくれたのそもそもハル様なんだけど、今のアンタじゃ絶対無理、数か月はかかるよ」


 やま子から、未来では「ハル様」呼びされているのか、とか。意外と数か月程度で使えるようになるのか、など関係のないところが気になった。


「でも、一緒に入ることは出来る。一人で夢に入るより不安定になるから深い眠りが必要だけどね」


「なるほど。複数人ってのもいけるわけね。巳月が夜になって寝るまで待ってからか」


「いや、それが白化の炙りってけっこうシビアでさ、一人ならうたた寝レベルでも問題ないんだけど、自分以外の人の意識を一緒に連れて行こうとするとコントロールがだいぶ乱れるようになるんだよね。だから、複数でやるなら絶対に起きないように眠り薬を作る必要がある。材料集めとかで時間かかるから今日中はちょっとキツイかも……。そうだ、薬師も探さないとダメなわけか、素材は知っててもアタシじゃ質の低い薬しか作れないし」


「どれくらいかかる?」


「……一週間、いやでも薬師を見つけられるかどうかだから、もっとかかるかも。体に入れるものだから半端なモノだと後が怖い。薬師は大抵、緑の多い田舎に引っ込んでるせいで何かツテでもないと探すのけっこうしんどいんだよね」


場合によっては月単位で時間が必要なわけか。その間ずっと巳月が幼児退行したままなのかは分からないが、ひとまず今の、陽馬と離れられない状態では授業を受けるのもままならない。しばらく休むしかないか、と考えていたがすず子が手を上げて提案をした。


「眠り薬というのは、医療用の麻酔薬でも問題ないの?」


「……深く眠れるなら何でもいい。てかいいの? 白化の炙りの手伝いしちゃってさぁ」


「決めるのは竜崎くんだと言ったのは山田さんよね、問題解決に非協力的なわけじゃないわ」


 放っておくとそのまま口喧嘩をし始めそうなので陽馬が仲裁する。


「わかった。だったらいけそうだな。その麻酔薬と夢に入る術はすぐ始められるのか?」


「白化の炙りは五分くらいで始められるよ」


「麻酔薬もそのくらいあれば完成します」


「早いな……。分かった、じゃあさっそく準備してくれ」


やま子の方は通学カバンの中から紋様の書かれた小さな木箱を取り出しリビングのテーブルの上に中身を並べていく。


 加工がされる前の水晶の原石、蝋燭、小瓶に入った透明な液体、ひとつひとつに何かしらの意味があるのだろう。テーブルの上に元々あった物は全て下に置かれ、原石、蝋燭、小瓶の位置を、自身が天井に向けて立てた人差し指と中指を見ながら微調整している。まるで指が設計図かのような様子だ。


 すず子はいつの間にか宙に無数のアルファベットと数字を浮かべさせていた。航空機や車に使われるグラスコックピットに似ている。


 なにもない空中をモニターとして使い、画面の中身だけ投影しているのだ。宙に映された文字たちはプログラミング言語のように見える。


 透明なキーボードが手元にあるように指を動かし、時に画面をフリック操作のようにして作業している。未来ではこの風景が当たり前なのか、先進技術と未来について質問したくなる陽馬だったが今はさすがに憚られた。


 宙に浮かぶソースコードらしきものが完成したのか、すず子が頭からセンテンスを読み返し何度か頷く。最後に文字の端を指でつまみ糸を引き抜くような動きをすると、手の動きに合わせ画面内の全て集約し手の中で形を成した。


「出来ました」


 そう言われて手渡された物は白いカプセル錠剤だった。風邪薬そっくりである。


「あの、疑うわけじゃないけど、何か大丈夫なのかなこれって気がしてくる」


「ミッシングファンダメンタルの亜空定義エグゼは未来の竜崎くんが考案したんですよ?」


「あーごめん、何も分からんから黙って信じます」


「基本周波数は分かりますよね? ファンダメンタルのことは」


「いやぁ、俺あんまり熱狂的に好きなアイドルとか居ないし、やっぱ分かんないな」


「誰もファンのメンタルの話なんてしてませんよ」


 これを知らずしてどうやってああなったのか、等と首を傾げるすず子を見ると、陽馬は自分がどこで何を学ぶのか行く末に疑問を感じてくる。


 とかくさておき、カプセル錠剤を巳月に飲ませれば、一分もしないままに麻酔にかかったように深い眠りに落ちるのだそうだ。


「やま子も、もういけるか?」


「ちょうど終わった。いつでも飲ませていいよ」


「おっけ。じゃあ巳月に飲ませるか……。なあ、やま子。ちなみにその白化の炙りってやつは、四人全員で入れたりする?」


「あーいけるよ。麻酔で寝るレベルの深さなら何人でも深層心理に潜れるけど、いいの?」


「いいってのは、俺以外のやつが巳月の中を覗いてもいいのか、って意味か?」


「そういうこと。プライバシーの塊だよ? 白化の炙りは、その人が抱えているものを包み隠さず見ることが出来る。本人の許可なしに、あとちなみに、白化の炙りで見られた側は、他人に自分の中を見られた、っていう感覚が強く残るよ?」


「え、それってけっこう……いや、かなり後が怖いな。絶対メチャクチャにキレられるわ」


「でしょ? アタシとアンタの最低限ならまぁ、治療のためって言い訳も立つけど――」


「でもいいや、四人全員でやろう」


「はぁ?」とやま子が声を出すが、他の三人にしたって似たような反応をしている。


「巳月って友達少なくってさ、仲いい女友達なんて吹雪くらいかな。あとはギリで太平くらいか……コイツってけっこう世界が完結してるっていうか、あんまり外に何も求めてないんだよね。悪く言えば閉じてる。だから広げてやって欲しい、無理やりでもいいから。……皆とは、この先の付き合いも長くなるだろうし、俺と一緒に長く居てくれるんなら、たぶん巳月とも何だかんだで関わりがあると思う。俺が誰かと一緒に居る程度で揺らがないようになって欲しいんだよ、コイツにはさ」


 屈折したようでまっすぐした陽馬の考え。巳月の私事を無視する乱暴な自分本位さを、自立を促す愛が大きく包みこんでいる複雑な代物だ。


「ま、アンタがいいならいんだけど、終わった時に怒られるのは覚悟しといてよね?」


 陽馬にだけでなく、その言葉は他の面子にも投げかけられている。彼のただの興味本位なら、出歯亀の気分で首を突っ込むだけなら辞退する者もいたかも知れないが、理由が理由なので全会一致した。


 じゃあ、と軽く手を振るだけで蝋燭に火をつけ、今にも始まりそうな矢先に桃花が喋り出す。


「あの、やま子ちゃん。もし良かったら、後でハルくんの中にも入っていい?」


「いいよ。妹の方が終わってからね」


「良くねーよ。何で俺の方に許可を取らないわけ?」


「だってハルくん、許可してくれなさそうなんだもん……」


「当たり前だろ、許すわけないだろ……」


「仕方ない、か。それでは代わりにワタシが竜崎クンの夢に入るしかないね」


「しかないわけなくね? なんで新名先輩はちょっと嫌々のスタンスで来てんの?」


「ちょっと竜崎くん! 私の中を覗き見することだけしないで欲しいわ!」


「俺が覗き魔みたいになってんじゃねーか! そんなこと誰も言ってねーよ!」


 陽馬が手をパタパタ振ってやま子に合図する。


「やま子、もういいから始めてくれ。何でお前ら急に大喜利合戦スタートしてんだ」


 おふざけはそこそこに、やま子の指示に従う。


 部屋の電気を消し、カーテンを引いて薄暗くなったリビングの中、蠟燭の日がぼうっと浮かぶ。薄目で十数秒をかけ、その火を見つめ目に焼き付けた後、やま子が指を鳴らして火を消せば、次は水晶の原石を見る。それで巳月の深層心理、夢の世界に入り込めるのだそうだ。


 そんな方法で魔術とやらが行使できるとは、陽馬はもっと黒々した儀式めいたものを想像していたので拍子抜けだった。カラスの血を鍋に溜めて煮詰めたりするのかと勝手な想像をしていた程だ。


 パチン、と乾いた音がして蝋燭の火が消える。目に焼き付いた残像が消える前に原石を見る。言われていた通りにした。蝋燭の火が消えて原石を見た時、驚いても決して目を閉じてはいけないと教えられた意味を知る。


 石が変形している。し続けている。それも物凄い速度だ。透明感のあった水晶の原石は河原に転がる何の変哲もない石のようになり、かと思えばまた刻一刻とせわしなくとめどなく姿を変えていく。


 石に限らず、木のような材質になり、ふとすれば磨かれた鉄のようになり、ついには極彩色に光り出す。まるで部屋の中に無数のミラーボールが出現したように多色な光が躍っている。石は膨張し、収縮し、だが時間が経つごとに確実に大きさを増し、乗っていたテーブルを伝って部屋一体を侵食していく。


 パンに生えたカビが早回しで全体に行き渡る様を連想させられた。それを何百、いや何千色の石が部屋全体を飲み込んでいくのだ。


 色彩の暴力だ。これを見続けていて本当にいいのだろうか。脳が処理できる情報量を超えてしまうのではないか、陽馬が恐怖を覚え始めた頃、ふと、なんの前触れもなくいつの間にか白い霧の中に包まれていた。

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