回収された個人用タブレットからのデータ抜粋
デバイスID: [編集済]
所有者: [編集済](42歳、主婦と推定)
記録期間: 大沈黙の3年1ヶ月前
6月12日(月) 曇り
息子の期末試験が近いので、今夜は好物のカツカレーにしようとスーパーへ。
牛乳と、お醤油と、あと何だったっけ。肝心なことを忘れている気がする。
結局、家に帰ってきてからカレールーを買い忘れたことに気づいた。最近、本当に物忘れがひどい。疲れているのかな。
6月15日(木) 晴れ
今日はひどい言い間違いをしてしまった。
マンションの隣の奥さんと立ち話をしていて、「良いお天気ですね」と言おうとしたのに、口から出てきたのは「良い…お椅子ですね」という、全く意味のわからない言葉だった。
相手はきょとんとしていたし、私は顔から火が出そうだった。慌てて「ごめんなさい、疲れてるみたい」と笑ってごまかしたけれど、本当に、どうしてしまったんだろう。一度、脳の検査でも受けた方がいいのかもしれない。
6月19日(月) 雨
怖いことがあった。
夕食の後、夫に明日のゴミ出しのことについて話そうとして、彼の名前を呼ぼうとした。
何度も、頭の中で彼の名前をはっきりと繰り返したのに、口から出てきたのは、意味のない息の音だけだった。「ひゅ、」みたいな、間の抜けた音。
一瞬、声の出し方を忘れてしまったようだった。
夫は「どうした?」と心配そうに私の顔を見ていた。私は、笑ってごまかすことしかできなかった。
自分の身体なのに、自分のものじゃないみたいで、心臓が冷たくなった。
これは、もう、ただの「物忘れ」じゃない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます