水火妖狐綺譚

青居月祈

Day.1『まっさら』

 今年の梅雨明けは例年よりも遅く、七月に入って七夕を過ぎた頃だった。

 その梅雨を抜けた途端、気温は一気に三十五度を超える日が多くなった。日本特有の高い湿度と、愛知県を取り巻く地形の関係で、名古屋に住むあおいもすっかり夏バテの症状が出ていた。


 そんな葵の元に、一宮いちのみやの実家から小豆洗いのあーちゃんが遊びに来たのは、七月も後半に入った終業式の前日だった。

 なんでもSNSで見たかき氷を求めて出てきたらしく、メゾンワンダーに来るなり「かき氷の店をハシゴするぞ!」と連れ出されたのだった。

 さすがにかき氷の店をハシゴしてしまったらお腹を壊すことは目に見えている。なので一つに厳選してもらって、あーちゃんと名古屋の街に繰り出していたのだった。


 

「ん〜! 美味い!」

「よかったね、あーちゃん」


 冷たい氷を一口運んだあーちゃんが、嬉しそうに頬を染めて声を上げた。あーちゃんが頼んだのは、スペシャルティーを使ったかき氷。氷の上には紅茶のエスプーマと紅茶のクラッシュゼリーが乗っている。


「まさか紅茶のかき氷が食べれるとはな〜長生きはするものじゃのぅ」


 あーちゃんは小豆洗いの妖怪だから、てっきり宇治抹茶とか小豆をトッピングしたものを注文するのかと思っていたから、ちょっと驚きだった。最近は自分でも紅茶を淹れるくらいにハマっているのだとか。


「葵のそれは何じゃ? 変わった色をしとるのぅ」

「バタフライピーのかき氷だよ」


 バタフライピーシロップとレモンシロップを使っていて、穏やかな夜明けのような、ブルーから淡いピンク色のグラデーションが綺麗なかき氷だ。ライム炭酸のエスプーマにレモンピールが乗っていて、爽やかでさっぱりとしていて食べやすい。

 自分のかき氷をひとさじすくって、あーちゃんに差し出す。


「ん〜! これもまた、エスプーマがぱちぱちして美味しいな!」

「でしょ」


 あーちゃんが行きたいと言ったのは、名駅から少し離れた紅茶専門店が手がけたかき氷店。まっさらな氷ではなくお茶を使った氷を削り、自分で好みのトッピングができると、SNSで紹介されていたらしい。

 メニューも豊富で、濃厚なロイヤルミルクティーの氷や、シーズンごとに登場する限定氷も人気で、氷は口に入れただけで溶けてしまうほどにふわふわしている。

 量もけっこう大きかったが、あっという間に間食してしまった。


 食後にあたたかいほうじ茶をもらい、ほっと一息つく。


「誘ってくれてありがとね、あーちゃん」

「なんのなんの、そっちこそ、我に付き合ってもらってすまぬのぅ。ところで、葵」

「ん?」

蒼寿郎そうじゅろうとはどこまでいったのだ?」


 急に話を変えるものだから、思わずせてしまった。

 大丈夫か? とあーちゃんは心配してくれるが、その声は楽しそうに笑っている。


 ――蒼寿郎……そーちゃんか。


 蒼寿郎とはいろいろあって、今は『つがい』になる前提でお付き合いさせてもらっている。けれど、狸に育てられて人間社会を知らない蒼寿郎はどこか野性的で、葵が親しくするなら男女問わず威嚇いかくしてしまったり、人前で見せつけるようにくっついてきたり、なにかと問題行動が多い。その度にたしなめてはいるけれど、理解しているのかいないのか、実は葵もよくわかっていない。


「ほぉん、ま、あの狸爺たぬきじじいの弟子だけあるな」


 あーちゃんが狸爺というのは、蒼寿郎に剣術を教えたという化け狸の師匠のことだ。あーちゃんとは飲み仲間で、よくどっちが強いか飲み比べをした仲だとか。


「狸って、独占欲強かったんだね」

「独占欲というか、そうじゃのぅ……狸は家族を大事にするというからのぅ」

「にしたって、ちょっと度が過ぎるというか……」


 家族を大事にするにしたって、蒼寿郎は過保護なくらいに危険から葵を守ろうとしてくれる。人間からすると、ちょっと異常なくらいに。


「そんな顔して、葵だって惚れとるんじゃろ」


 あーちゃんが言うと同時に、かぁぁっと頬が熱くなる。

 蒼寿郎も言わないから、どっちが先に好きになったかなんてわからない。でも、葵だって好きだと自覚した瞬間はいくつもあるし、好きじゃなければ番になることを受け入れていない。

 なんとも言い返せないでいると、にんまりとからかうようにあーちゃんは笑う。


「ふっふ〜、可愛いのぅ、顔が真っ赤じゃ。もう一つかき氷食うか? 今なら我も付き合うぞ」

「食べる」

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