第27話 引き合う魔力

 日は落ち雨が降り始める。真っ暗闇の向こうは光を照らすと薄く白い。霧は相変わらず掛かったままのようだ。


 そんな視界が悪く、雨が降る外で彼らは祈りを捧げていた。


 アケルナー村の住民だ。


 雨で何度も消え掛かる焚き火を守り、目の前にいる黒い影に祈る。


「今夜……今夜に備えろとはこういう事だったのですね」


「ふふ、それはどうでしょう」


「やはりフルリエル様は祈るほど強くなられる。霧も、雷雨も、そしてご自身の力さえ!」


 黒い影は完全な人の形を成している。髪を一本一本まで認識できるまで具現化し、さらには顔の形も見え始める。


 ニヤリと歪む口の上には真っ赤な隻眼が覗く。


「なにか羽織るものはありませんか?」


 アクベンスは直ぐに自身の衣服を切り裂き布切れを渡した。


「どうぞお使いなさってください」


「ふふ……」


 彼女はアクベンスから差し出された布を見つめるだけでそれを受け取ろうとはしなかった。


「やはり結構です。神というものは素肌を晒すことにありますから。とは言え……アクベンスさんの興奮が収まらないのは少々問題ですね……」


 姿は完璧でないがシルエットは浮かんでいる。華奢な体つきで少し幼いようにも見える。


「す、すみません。本能でして……」


「それでは巻き布を使わせていただくとします」


 どこからか取り出した長い布の束。彼女はそれを自身へ巻き始める。首元から腹部、股の下からくるぶし辺りまで。


「手伝わせてい──」


「結構です」


 フルリエルの発言後、時が止まったかのように辺りは凍りついた。


「……あら? どうかしましたか?」


「い、いえ……」


 彼女は首を傾げる。


「ああ……少し言葉足らずのようでしたね。あなた方を拒絶したのではないのですよ。わたくしも信者にあれこれさせたいのですが確約がありまして」


「そう、なんですね」


 手先まで全身に巻き布を纏うと彼女は口角を上げて微笑んだ。


「冗談です」


「は、はい……?」


 そして興奮気味のアクベンスの手を握り……。


「な、なにを……!?」


 フルリエルのからかいはまだまだ続くようだった。獣人は単細胞だということに内心子供心をくすぐられているようだった。


「大きな手……長い指……今あなたが握り返せばわたくしの手は簡単に……」


 ふうっと彼の耳へ息を吹きかける。


「はぁ……はぁ……!」


 アクベンスの本能がいとも簡単に刺激される。目の前の存在を襲いたいと、そんな風に奮う。


「どうかしましたか?」


「フルリエル様。それは……お誘いを……?」


「何のことでしょう」


 ふふっと妖しく嗤う彼女は彼の下半身に視線を向ける。


「あらあら……大事な戦いの前に少し興奮してしまっているようですね。少し落ち着かせましょうか」


 フルリエルはきめ細かい指先を彼に向けてニヤリと笑った。


「それは……そういうことなのですねっ!?」


「ふふっ、ですが残念なことに、あなたのモノがわたくしの体を貪るには少々大きすぎますね」


「それが良いのです! フルリエル様!」


 半狂乱状態のアクベンスが目を見開いてフルリエルに飛び掛かる。


「──大海の嵐メルレイ


 彼女が唱えるそれは古代魔法。アクベンスも聞いたことがない魔法に一瞬だけ意識が覚めるが時すでに遅し。


 フルリエルの指先から前方に空気の塊が弾けアクベンスは遠くに吹き飛ばされる。地面を軽く抉り、唯一の明かりである焚き火を吹き飛ばした。


「雨の日に出すと殺傷能力はなくなりますが丁度良かったみたいですね」


 丁度よかったと言えるほど無事じゃない惨状に信者たちは目を輝かせる。これが女神の力なのか、と。


「わたくしはやることがありますので席を外します。明け方には戻ってきますのでどうかそれまでは耐えてください」


「た、耐え……?」


 信者の誰かがそう言った。


「んふふ……それではこれで」


 意味深な笑顔を残し彼女は姿を消した。




 ◇◇◇◇




「へぇっくしょん! うぃ〜!」


 寒そうに体を震わせるレイン。とある洞窟に着いた村人たちは今夜はここで夜を明かすそうだ。


「大丈夫?」


「ヘーキヘーキ。だから離れて」


 心配するマリアを押し出して距離をとる。彼女は拗ねた顔を見せるが直ぐに笑顔になった。


「え、キモ……」


「な、なんで! 女の子の笑顔が一番可愛いってレインが言ってたじゃんか」


「そんな事言ってないって。女の子は笑顔が一番って言ったんだ。それにいつの話? お腹が減って思い出せな〜い」


「それは大変だね。マリアは別にかな?」


 優しく笑うマリアの顔をレインはじっと見つめる。


「な、ななな、なに? 顔になにか付いてる?」


「いや、そうじゃないんだ。去年の君たちの母親を思い出してね。よく似てるなーって」


「私よりお姉ちゃんの方が似てるけどね」


 二人の容姿にそこまでの違いはない。強いて言えば髪型やクセ、体型だろうか。シュッとしているのがマリアで、スタイルがいいのがセリア。同じようで少し違う、そんな感じだろう。


「まあ総合的に見れば、だけどね。……双子でも成長するスピードは全く違うのか……」


 寝ているセリアとマリアの体型を見比べて失礼なことを考えるレイン。


「──えっち……」


「う〜ん。頭の発達が早いのはマリアか。セリアだったらそんな事絶対に言わないのに」


「危機感がないだけだよ。お姉ちゃん知らない男の人に直ぐ話しかけちゃうぐらいアホだから」


「可愛いじゃん。無邪気でさ」


「むむっ!」


 上目遣いで睨むというプラスとマイナス合わせるとゼロになることを感覚で証明した。


「女の子って意外と嫉妬するんだね」


「嫉妬じゃないもん、羨ましいだけだもん」


「マリアだってよく可愛いって言われるじゃん。どっこいどっこいだよ」


「んむぅ……なんか違うんだよっ」


「はいはい。僕ちょっとお腹すいたからハゲになんかもらってくるよ。なんかいる?」


「ううん。私はいい」


 レインはわかったと一言付けて洞窟の外へ向かった。


 洞窟の外入り口には男の大人が何人も見張りをしていた。


「……頼もしい! でもそれだけじゃ多分駄目だから僕が原因をぶっ飛ばさないとね」


 彼は大人たちの目を掻い潜って外へ飛び出した。


 霧の気配からビンビンに伝わってくる奴の気配。


「去年とはまた一味違う感じなのかな」


 雷鳴が轟く。風も強くなってきた。


 それでもレインは嗤っていた。

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