第5話 新たな仲間

 秋の夕暮れが立花神社の境内を黄金色に染めている。木々の葉が赤や黄色に色づき始め、風に舞い散る様子が物悲しくも美しい。けんゆうは星見の台座に腰を下ろし、手の中の守護のカードを見つめていた。

カード継承から十日が経過した今、彼の日常は表面上は元の平穏さを取り戻していた。高校での授業、剣道部での稽古、父との夕食。しかし、胸の奥で絶えず脈動するカードの存在が、もう後戻りできない道を歩んでいることを静かに告げている。

そして今日、新たな恐怖が彼を襲った。

 「街中に、偽の自分が歩いている」

けんゆうは震え声で呟く。今朝、コンビニで見かけた自分と全く同じ顔をした「何か」の記憶が蘇る。同じ制服、同じ髪型、同じ表情。しかし、その「自分」は明らかに別の人生を歩んでいた。

電車で向かいの席に座っていた「自分」は、けんゆうが読んだことのない本を読んでいた。学校の廊下ですれ違った「自分」は、けんゆうが話したことのない同級生と親しげに会話していた。放課後の書店で本を選んでいた「自分」は、けんゆうが興味を持たないジャンルの専門書を手に取っていた。

 「俺の人格が、もう俺だけのものじゃない」

恐怖と混乱が彼の心を支配する。自分のアイデンティティとは何なのか。記憶や性格が複製され、知らない誰かが自分として生活しているとしたら、本物の自分はどこにいるのか。

守護のカードが微かに温かくなる。カードの奥深くから、何かが語りかけてくるような感覚があった。

 「知恵とは、真実を見抜く力」

それは、けんゆうの声でありながら、明らかに別の人格からの言葉だった。カード内に蓄積された過去の継承者たちの記憶が、時折表面に浮かび上がってくるのだ。

境内の木々の間から足音が聞こえてきた。けんゆうは反射的に身構える。前回の黒塚隼人との戦いで学んだことがある。油断は命取りになる。

現れたのは一人の少女だった。黒いロングコートを纏い、肩まで伸びた髪が夕風に揺れている。年齢はけんゆうと同じくらいだろうか。整った顔立ちだが、その瞳には年齢に似合わない深い悲しみと怒りが宿っている。

 「また一人でいるのね」

少女が口を開く。その声には優しさと同時に、どこか緊迫感が漂っている。

 「誰だ?」

けんゆうは警戒しながらカードを握りしめる。

 「月城かれん」

少女が名乗りながら近づいてくる。その動きは優雅だが、どこか危険な気配を纏っている。

 「あなたが立花けんゆうね。守護のカードの継承者」

 「なぜそれを?」

 「私も同じ境遇だから」

かれんが手を差し出すと、その手の中に細い短剣のようなものが現れた。しかし、それは単なる武器ではない。青白い光を纏い、風を操るような力を感じさせる神秘的な存在だった。

 「魔装の槍」

けんゆうは息を呑む。三つの神器の一つ。それを持つということは、この少女もまた継承者ということになる。

しかし、同じ継承者だからといって味方とは限らない。結社の一員かもしれないし、別の思惑を持っているかもしれない。

 「何の用だ?」

 「私と同じ苦しみを味わってるから、助けに来たの」

かれんの表情に深い悲しみが浮かぶ。

 「あなた、今日街で『偽の自分』を見たでしょう?」

けんゆうは驚いた。なぜ彼女がそれを知っているのか。

 「どうして」

 「私も同じ体験をしたから」

かれんが苦い笑いを浮かべる。

 「三ヶ月前、私の母の人格が複製され、『理想的な母親役のAI』として市場で販売された。今では世界中のカウンセラーや看護師が、私の母の『コピー』を使っている」

 「それは」

 「目の前で微笑む『完璧な母親』に、本物の温かさと、魂を蝕むような空虚さを同時に感じるの」

かれんの目に涙が浮かぶ。

 「本物と偽物を見分けることができない地獄。あなたも今、同じ気持ちでしょう?」

けんゆうは胸を突かれたような感覚を覚えた。確かに、今日の体験は地獄そのものだった。自分が自分でなくなるような恐怖。

 「だから私は戦ってる」

かれんの声に強い意志が込められる。

 「母を、そして自分自身を取り戻すために」

 「俺も」

けんゆうが呟く。

 「母を救いたい。そして、自分のアイデンティティを守りたい」

二人の間に、共通の痛みと目標があることが確認された。魔装の槍と守護のカードが微かに共鳴を始める。

 「でも、緊急事態があるの」

かれんの表情が深刻になる。

 「結社が新たな狂気を始めてる。『人格オークション実験』って聞いたことある?」

 「人格オークション?」

 「廃工場で、百人の市民の魂がライブ入札にかけられてる。最高額で落札した企業や個人が、彼らの人格を購入・改造・再販する権利を得るシステム」

けんゆうの顔が青ざめる。現代版の奴隷オークション。しかし、取引されるのは肉体ではなく魂そのものだった。

 「それって、まさに俺が今日体験したことと」

 「そう、あなたが街で見かけた『偽の自分』も、そのシステムで作られた可能性が高い」

かれんが確認する。

 「あなたの人格のコピーは既に数百体が市場に流通してる。中には悪意を持って改造された『邪悪な自分』も存在するかもしれない」

けんゆうは恐怖で身震いする。街の向こうで、自分の顔をした何かが、自分の評判を故意に傷つけているかもしれない。

 「どうすればいいんだ?」

 「まずは今夜の実験を阻止すること」

かれんが時計を確認する。

 「でも、一人では無理。相手は結社の中級幹部が複数、それに改造された戦闘員が三十人以上」

 「俺たち二人でも厳しいんじゃないか」

 「そうね」

かれんが同意する。

 「だから、もう一人の継承者を探してるの」

 「もう一人?」

 「魔装の鎧の継承者。でも、彼には複雑な事情があるの」

そんな彼らの会話を遮るように、境内の木々の間から新たな気配が立ち上がった。二人は反射的に身構える。現れたのは黒いスーツに身を包んだ長身の男だった。年齢は二十代後半から三十代前半。整った顔立ちだが、その目には深い疲労と何かから逃れようとする意志が宿っている。

 「そろったな」

男が静かに言う。

 「三つ目の継承者が」

 「あなたは?」

かれんが警戒の色を強める。

 「風間竜也」

男が名乗る。

 「魔装の鎧の継承者だ」

彼は一瞬だけ力を解放し、漆黒の装甲を上半身に展開させた。表面には星々の軌跡のような紋様が浮かび上がり、重厚な威圧感を放っている。その装甲から、『忍耐』の概念が力として具現化されていることが感じ取れる。

けんゆうとかれんは、三つの神器が初めて一箇所に集ったことを感じ取った。それぞれが微かに共鳴し、互いの存在を認識している。

守護のカードからは『知恵』の輝き、魔装の槍からは『勇気』の炎、魔装の鎧からは『忍耐』の重厚さ。三つの力が調和を保ちながら共鳴していく。

 「人格オークションのことは知ってる」

竜也が続ける。

 「俺も阻止するつもりだ」

 「信用できるの?」

かれんが疑念を露わにする。

 「あなた、つい最近まで結社にいたんでしょう?」

 「確かにそうだ」

竜也は否定しない。

 「でも、俺にも君たちと同じ『喪失』がある。それを取り戻すために戦ってる」

夕陽が山の向こうに沈みかけ、境内に長い影が伸びている。三人の間に緊張が漂い始めた。

 「どうして俺たちを信じろと言うんだ?」

けんゆうが率直に問う。

 「言葉だけでは信用できない」

 「それも当然だ」

竜也が苦笑いを浮かべる。

 「なら、俺の『トークン喪失エピソード』から話そう」

三人は境内の石段に腰を下ろした。周囲には夕暮れの静寂が漂い、時折風が木々を揺らす音だけが聞こえる。星空が顔を覗かせ始めた空の下で、竜也は重い口を開いた。

 「俺が結社に入ったのは十年前、『人格品質保証部門』の責任者としてだった」

竜也の声には過去を振り返る痛みが込められている。

 「当時、俺には恋人がいた。美咲という名前の、心優しい女性だった」

 「恋人?」

かれんが身を乗り出す。

 「美咲は小学校の教師をしていて、子どもたちから慕われていた。俺は彼女の純粋さと献身性に惹かれていた」

竜也の表情に懐かしさと痛みが混じる。

 「でも、結社の上層部が美咲に注目した。『理想的な教育者人格』として価値があると判断されたんだ」

 「まさか」

けんゆうが息を呑む。

 「俺は反対した。だが、上層部は『研究のため』という名目で、美咲を実験台にすることを決定した」

竜也の拳が震える。

 「『人格療法』という名目で、美咲の人格を『改良』したんだ。うつ病、PTSD、発達障害を治療する革新的手法だと言われた」

 「それで?」

 「表面上は成功した」

竜也の声が沈む。

 「美咲は以前より愛情深く従順になり、子どもたちに対してもより効率的に接するようになった」

 「でも、それは偽物だった」

かれんが理解する。

 「そうだ。オリジナルの美咲の個性と魅力は完全に失われていた」

竜也は顔を覆う。

 「『完璧だが魂のない恋人』との生活に耐えられなくなった。その時、魔装の鎧が俺の前に現れたんだ」

 「鎧が?」

 「『本当の忍耐とは何か』を問いかけながら」

竜也が魔装の鎧を見つめる。

 「逃げることも、忘れることもできたが、俺は美咲のオリジナル人格を取り戻すことを選んだ」

 「それで結社を裏切ったの?」

 「二年前のことだった」

竜也が頷く。

 「重要な研究データを削除し、美咲の人格を元に戻そうとした。でも」

 「でも?」

 「間に合わなかった」

竜也の声が震える。

 「美咲のオリジナル人格は既に市場で『教育用AIの素材』として販売されていた。彼女の魂は文字通りバラバラにされていたんだ」

三人の間に重い沈黙が流れる。虫の音が夜の静寂を彩っている。

 「だから俺は戦ってる」

竜也が決意を込めて言う。

 「美咲の人格を再統合し、本来の彼女を取り戻すために。そして、同じ苦しみを味わう人々を救うために」

けんゆうは竜也の告白を聞いて、彼への信頼を感じ始めていた。三人とも、大切な人を結社に奪われた共通の痛みを持っている。

 「俺たち、みんな同じなんだな」

けんゆうが呟く。

 「大切な人を奪われて、それを取り戻そうとしてる」

 「そうね」

かれんが頷く。

 「私たちの絆は、共通の痛みから生まれてる」

 「だからこそ信頼できる」

竜也が微笑む。

 「利害関係じゃなく、真の理解に基づいた仲間だ」

三人の神器が再び共鳴を始める。今度はより深く、より強く。

その時、境内の隅で物陰に隠れていた人影が動いた。黒いパーカーを深く被った少年が、三人の共鳴を見つめている。

「兄貴を倒した奴らか」少年が呟く。

「今度は俺が」

しかし、その憎悪に満ちた心に、かすかな迷いが生まれていた。三人の絆の光を見て、何かが揺らいでいる。そして、そのまま彼は継承たちの観察を続けた。

『知恵』『勇気』『忍耐』が一つの意志として融合していく。

 「これが『オーセンティック・ハーモニー』か」

かれんが感嘆する。

 「純粋な魂の響き合い」

 「でも、まずは今夜の作戦に集中しよう」

竜也が時計を確認する。

 「もう七時。実験開始まで五時間しかない」

 「作戦を立てよう」

けんゆうが提案する。

 「三人の力を合わせれば、何とかなるかもしれない」

しかし、三人が協力体制を築くのは簡単ではなかった。境内の片隅で実際に連携を試してみると、すぐに問題が浮上した。

 「まず、それぞれの神器の特性を確認しよう」

竜也が実務的に提案する。

 「俺の魔装の鎧は『忍耐』の象徴だ。主に防御と安定化に特化してる」

彼が鎧を展開すると、重厚な装甲が現れる。

 「重力操作、電磁制御、物理攻撃の無効化が可能だ。そして何より、状況を安定させる力がある」

 「状況を安定させる?」

けんゆうが首をかしげる。

 「混乱した状況を落ち着かせ、暴走した魔力を鎮める力だ」

竜也が説明する。

 「『忍耐』とは、単に耐えることじゃない。困難な状況を整理し、最適解を見つけ出す知恵でもある」

かれんが続ける。

 「私の魔装の槍は『勇気』の象徴。攻撃と浄化が中心よ」

彼女が槍を構えると、青白い光が槍先から立ち上る。

 「風の操作、空間切断、そして『星の理』の影響を除去する浄化の力がある」

 「浄化の力?」

 「既存の価値観や構造をより良い形に進化させる力」

かれんが説明する。

 「『勇気』とは、単に突っ込むことじゃない。古いものを清め、新しい可能性を切り開く変革の力よ」

けんゆうが最後に説明する。

 「俺の守護のカードは『知恵』の象徴。情報収集と分析が得意」

彼がカードを掲げると、温かい光が放たれる。

 「相手の弱点を見抜き、未来の可能性を予測できる。そして何より、真実を見抜く力がある」

 「真実を見抜く?」

 「本物と偽物を区別し、人格の真正性を判定する力だ」

けんゆうが確認する。

 「『知恵』とは、単に頭が良いことじゃない。混沌とした情報の中から、本質を見抜く洞察力だ」

三人の神器の特性が明確になったが、実際の連携では問題が生じた。

 「君の風の刃は威力があるが、エネルギーの無駄が多い」

竜也がかれんの攻撃パターンに注文をつける。

 「もっと効率的に」

 「あなたに指図される筋合いはないわ」

かれんが反発する。

 「私は自分のやり方で戦ってきた」

 「でも、チーム戦では個人の技量だけでは限界がある」

 「二人とも、ちょっと待って」

けんゆうが仲裁に入る。

 「問題の根本を考えてみよう」

彼はカードの力で状況を分析する。

 「俺たちはそれぞれ異なる戦闘スタイルを持ってる。でも、それは悪いことじゃない」

 「どういうこと?」

かれんが尋ねる。

 「竜也は結社での経験から、効率性と合理性を重視する戦闘スタイルを身につけてる」

けんゆうが説明する。

 「それは『忍耐』の特性に合ってる。状況を安定させ、最適解を見つけ出す戦い方だ」

 「一方、かれんは母への想いを原動力に、感情的で直感的な戦闘を好む」

 「それは『勇気』の特性そのものね」

かれんが理解する。

 「そして俺は、『知恵』の特性で状況を分析し、二人をサポートする」

けんゆうが提案する。

 「お互いの特性を理解し、それを活かす戦術を考えよう」

三人は改めて連携の練習を始めた。今度は、それぞれの特性を尊重しながら進める。

 「俺が状況を分析し、戦術を提案する」

けんゆうがカードで周囲の情報を収集する。

 「かれんは直感に従って攻撃のタイミングを決める」

 「竜也は俺たちをサポートし、危険な時は状況を安定させる」

この役割分担で練習すると、驚くほど連携が向上した。

 「すげー! これならいけるかも」

けんゆうが興奮する。

 「うん、自然に動けるわ」

かれんも満足そうだ。

 「完璧な連携じゃないが、それぞれの個性が活かされてる」

竜也が分析する。

 「これが俺たちの戦い方だ」

夜が深まる中、三人は廃工場に向かった。都心から車で一時間ほどの工業地帯。古びた煙突と錆びついた設備が月明かりに不気味な影を落としている。

 「あれが目標地点」

竜也が指差した先に、巨大な工場建物が見える。窓からは赤い光が漏れ、何らかの活動が行われていることが分かる。

 「警備は?」

けんゆうがカードで偵察する。

 「外周に黒衣の見張りが八人。内部にはもっと多くの戦闘員がいる」

 「正面突破は避けたい」

竜也が慎重に提案する。

 「一般市民が巻き込まれる可能性がある」

三人は工場の裏手から侵入することにした。竜也の鎧の力で鉄扉の錠を破壊し、音を立てずに内部に入る。

廊下は薄暗く、壁には結社の紋章である星を円で囲んだマークが刻まれている。奥から聞こえる機械音と人の声が、実験の進行を物語っていた。

 「あそこだ」

かれんが指差した先に、大きなホールへと続く扉があった。扉の隙間から漏れる赤い光が、三人の顔を照らしている。

扉を静かに開けると、そこには想像を絶する光景が広がっていた。

ホールの中央には巨大な魔術陣が描かれ、その周囲に百人近い市民が等間隔で座らされている。彼らの目は虚ろで、既に意識を操作されているようだった。

ホールの片隅には巨大なスクリーンが設置され、リアルタイムで人格オークションの様子が表示されている。

『本日の入札状況:天才児人格(前日比+15%)』 『愛情深い母親人格(需要増加により高騰中)』 『冷静な判断力(戦闘員用、限定販売)』

人間の魂が完全に商品として扱われている光景に、三人は戦慄した。

魔術陣の中心には、白いローブを着た男が立っている。結社の中級幹部の一人、コードネーム「ネビュラ」だ。彼の周りには星雲のような光が渦巻き、その力で市民たちの精神を支配している。

 「素晴らしい」

ネビュラの声がホール全体に響く。

 「百の魂が入札にかけられ、すでに半数が落札済みだ。『勇気』『知性』『技術』『冷酷さ』、あらゆる人格要素がパーフェクトに分類されている」

彼の周囲には黒衣の戦闘員が十数人控えており、それぞれが改造手術を受けたような異様な姿をしている。体の一部が機械化され、目は赤く光っている。

 「人格ミキサー戦術の準備も完了している」

ネビュラが続ける。

 「複数の人格を同時にブレンドし、戦況に応じて最適な人格配合を作り出す。被害者の百人から『勇気』『知性』『技術』『冷酷さ』を抽出し、パーフェクトな戦闘人格を製造する」

 「これが結社の目指す『完成された人間』か」

竜也が歯を食いしばる。

 「許せない」

 「どうする?」

けんゆうが二人に問う。市民の安全を考えると、派手な戦闘は避けたいところだ。

 「俺が注意を引く」

竜也が提案した。

 「その隙に、けんゆうは魔術陣の中心を、かれんは制御装置を破壊してくれ」

 「一人で大丈夫なの?」

かれんが心配する。

 「魔装の鎧の『忍耐』の力なら、しばらくは持ちこたえられる」

竜也の表情には確信があった。

 「分かった」

けんゆうとかれんが頷く。

 「でも、無理はしないで」

作戦が開始された。竜也が正面から堂々とホールに現れ、魔装の鎧を完全展開させる。漆黒の装甲が全身を覆い、重厚な威圧感を放つ。

 「実験を止めろ、ネビュラ!」

突然の侵入者に、結社の戦闘員たちが一斉に反応する。しかし、竜也の鎧から放たれる重力波が彼らを押し返す。

 「裏切り者の風間竜也か」

ネビュラは冷静に竜也を見据えた。

 「十年の恩を仇で返すとは、感情に囚われた者の愚かさよ」

 「感情こそが人間の証だ」

竜也が反論する。

 「お前たちの理想は間違ってる」

ネビュラが手を振ると、星雲のような光が竜也を包み込もうとする。しかし、鎧の防御力がその攻撃を弾き返す。

その隙に、けんゆうとかれんが別方向から行動を開始した。

けんゆうは守護のカードを発動させ、魔術陣の解析を始める。カードから放たれた光が魔術陣の構造を分析し、弱点を探っていく。

 「複雑な構造だが、弱点が見える」

『知恵』の力で真実を見抜く。魔術陣は七つの節点で力が集約されていることが分かった。それらを同時に破壊すれば、実験は停止する。

一方、かれんは制御装置に向かって疾走していた。黒衣の戦闘員たちが行く手を阻もうとするが、魔装の槍から放たれる風の刃がそれらを薙ぎ払う。

 「邪魔をするな!」

戦闘員の一人が機械化された腕でかれんを掴もうとするが、彼女は槍を回転させて風の渦を作り出し、敵を吹き飛ばす。

 「私は、もう誰にも支配されない!」

かれんの声には、母を結社に奪われた怒りと、自由への強い意志が込められていた。『勇気』の力が彼女の全身を包み込む。

しかし、ネビュラの力は想像以上に強大だった。彼の星雲の光が空間を歪め、重力の方向がランダムに変化し始める。戦闘の余波でホール全体が揺れ、天井から破片が降り注ぐ。

 「空間操作か!」

竜也が苦戦する中、けんゆうは魔術陣の破壊に専念していた。カードの力で七つの節点のうち四つを破壊したが、残り三つに手が届かない。

 「このままでは時間切れだ」

その時、かれんが叫んだ。

 「けんゆう! もっと深い力を使って!」

 「深い力?」

 「神器の第四層よ! 時空間に干渉するの!」

かれんは制御装置に到達し、槍を装置の核心部に突き立てようとしていた。しかし、装置の周囲に張られた防御フィールドが彼女の攻撃を阻んでいる。

 「第四層、時空間への干渉」

けんゆうは深く集中し、カードとの繋がりをさらに深める。『知恵』の力が時間と空間の法則に干渉する。

すると、突如として周囲の時間の流れが変化した。

 「これが第四層の力」

時間がゆっくりと流れる世界で、けんゆうは残りの節点に向かって駆ける。敵の動きも鈍化しているため、容易に魔術陣の破壊を完了できた。

同時に、かれんも第四層の力を解放していた。

 「槍装・空間切断!」

『勇気』の力が空間の法則を書き換える。魔装の槍が防御フィールドを切り裂き、制御装置の核心部を貫く。

装置が火花を散らして停止し、市民たちを拘束していた精神的な枷が解かれ始める。

実験の阻止に成功したが、ネビュラはまだ戦闘能力を保持していた。彼の怒りが頂点に達し、星雲の光がさらに激しく渦巻く。

 「貴様ら、せっかくの『完成』を阻むとは!」

ネビュラの体が巨大化し、その姿はもはや人間のものではなくなった。星雲の光で構成された巨大な化け物のような存在。

 「これは第五層の力か」

竜也が息を呑む。

 「過去の力を借りている」

三人は苦戦を強いられた。ネビュラの攻撃は従来の物理法則を無視し、空間を自在に操作してくる。

 「単独では無理だ」

竜也が判断を下す。

 「三人の力を合わせるしかない」

 「『オーセンティック・レゾナンス』をやってみよう」

けんゆうが提案する。

 「純正な人格の共鳴で、偽造人格を崩壊させるんだ」

 「でも、どうやって?」

かれんが尋ねる。

 「心を合わせるの」

けんゆうが答える。

 「三つの神器の本質、『知恵』『勇気』『忍耐』。それらを一つにする」

三人は円陣を組み、それぞれの神器を中央に向けた。守護のカード、魔装の槍、魔装の鎧。三つの力が共鳴し、新たな光を生み出す。

 「合体技・『トリニティ・ハーモニー』!」

けんゆうの『知恵』がネビュラの弱点を瞬時に分析し、かれんの『勇気』がその弱点を正確に突き、竜也の『忍耐』がその攻撃を最大威力まで増幅させる。

三つの力が一つになった光がネビュラを包み込み、彼の星雲の体を浄化していく。混合・改造された人格は高性能だが内部矛盾により不安定。三人の純正な人格が共鳴する時、ネビュラの混合人格に「人格不整合エラー」を引き起こした。

 「なぜだ、星の理が」

ネビュラの姿が元の人間の形に戻っていく。星雲の光が剥がれ落ち、その下から現れたのは疲れ果てた中年男性の姿だった。

 「我々の理想は間違っていたのか?」

ネビュラは膝をつき、虚脱した表情を浮かべる。

 「間違っていたのは方法だけだ」

けんゆうが優しく言った。

 「世界をより良くしたいという思いは正しい。ただ、それを強制してはいけない」

戦いが終わり、市民たちの意識が徐々に戻り始めた。結社の戦闘員たちも『星の理』の影響が薄れ、困惑した表情で辺りを見回している。

 「ここはどこだ?」

 「私たちは何をしていたんだ?」

市民たちの間に混乱が広がったが、三人の継承者が誘導して安全な場所に避難させる。ネビュラも戦意を失い、大人しく拘束に応じた。

翌日の夕方、立花神社の境内で三人は戦いの総括を行っていた。夕陽が境内を染める中、彼らは昨夜の戦いを振り返り、今後の方針について話し合っていた。

 「第四層まで使えるようになったな」

竜也が感慨深げに言う。

 「でも、まだ完全にコントロールできてるとは言えない」

けんゆうが正直に答える。

 「時空間への干渉は、精神への負担が大きい。長時間は使えない」

 「私も同感」

かれんが槍を見つめる。

 「空間切断は強力だけど、一日に数回が限界」

 「でも、俺たちの絆は確実に深まった」

竜也が微笑む。

 「『知恵』『勇気』『忍耐』の調和が取れてきてる」

その夜、三人が神社で修行していると、境内に見知らぬ気配を感じた。木々の影から現れたのは、意外な人物だった。

 「黒塚隼人」

かつて敵として戦った結社のエージェントが、傷だらけの姿で立っていた。しかし、その表情は以前とは明らかに異なっている。機械的だった動作も、人間らしい感情を帯びている。

 「お前たち、俺を殺しに来たのか?」

隼人の声には、これまでにない迷いが混じっている。

 「違う」

けんゆうが一歩前に出る。

 「何の用だ?」

 「俺は、俺は何をしていたんだ?」

隼人の目に涙が浮かぶ。

 「『星の理』に従って、どれだけの人を傷つけた?」

三人は驚いた。感情を封じられていたはずの隼人が、人間らしい感情を取り戻している。

 「君に何が起こった?」

かれんが優しく尋ねる。

 「工場での戦いの後、俺の中で何かが変わった」

隼人は膝をつく。

 「お前たちの『純正な人格』に触れて、俺の封じられていた心が目覚めたんだ」

 「『星の理』の洗脳が解けたのか」

竜也が分析する。

 「おそらく、神器の『オーセンティック・レゾナンス』に触れたことで、本来の人間性が戻ったんだろう」

 「俺には、『恩人への恩返し』がある」

隼人が三人を見上げる。

 「俺を救ってくれたお前たちに、今度は俺が恩を返したい」

 「恩人への恩返し?」

けんゆうが首をかしげる。

 「俺は医学部の学生だった」

隼人が自分の過去を語る。

 「将来は医師になって、多くの人を救いたいと思っていた」

 「それが結社に?」

 「ある日、街で結社の勧誘を受けた」

隼人の表情が暗くなる。

 「『感情に左右されない完璧な医療』という理念に魅力を感じた」

 「でも、実際は違った」

 「洗脳されて、戦闘員にされた」

隼人は拳を握る。

 「でも、俺には一人だけ救えなかった患者がいた。田村という少年だった」

 「田村少年?」

 「俺が医学部時代に実習で出会った子だ」

隼人の目に深い悲しみが宿る。

 「彼は難病を患っていて、俺は何とか治してやりたかった。でも、力不足で救えなかった」

 「それで?」

 「田村少年は死ぬ前に、俺に言ったんだ。『先生、諦めないで。いつか必ず、同じ病気の子たちを救って』と」

隼人の声が震える。

 「俺は彼との約束を果たすために医師を目指していた。でも、結社に洗脳されて、その記憶さえ失っていた」

 「本当の自分を取り戻したのは、お前たちのおかげだ」

隼人は三人に頭を下げる。

 「だから俺は戦う。田村少年との約束を果たすために。そして、お前たちへの恩返しのために」

けんゆうは仲間たちと視線を交わし、静かに頷いた。

 「分かった。でも、簡単には信用できない」

 「当然だ」

隼人は立ち上がる。

 「俺は自分の罪を償うために戦う。それで十分だ」

 「なら、まずは俺たちのことを知ってもらおう」

かれんが提案する。

 「お互いを理解することから始めましょう」

四人は神社の境内で夜を過ごし、それぞれの過去と想いを語り合った。隼人の『星の理』の力は、本来人を癒すために使われるべきものだったことが明らかになった。

 「星光・プロテクション」

隼人が手をかざすと、白い光が三人を包み込む。その光は優しく、傷ついた心を癒すような温かさがあった。

 「これが俺の本当の力だ」

隼人が説明する。

 「『星の理』を支配のためじゃなく、守護のために使う」

四人の絆が深まる中、竜也が重要な情報をもたらした。

 「次の結社の作戦は一週間後」

隼人が詳細情報を提供する。

 「『星の扉』の開放に向けた準備段階だ」

 「星の扉?」

けんゆうが問う。

 「星渡りの民との直接的な接触を可能にする装置」

隼人の表情が暗くなる。

 「それが完成すれば、この世界は完全に『星の理』に支配される」

 「場所は?」

竜也が尋ねる。

 「『虚無の塔』、都心から離れた山間部にある結社の秘密施設だ」

かれんが地図を広げる。

 「ここね。確かに人里離れた場所」

 「一週間で準備を整える必要がある」

けんゆうが決意を込めて言う。

 「神器の力をもっと深く理解し、第五層の使用も視野に入れなければ」

 「危険だ」

宗一郎が現れて警告する。

 「第五層の力は、君たちの精神に大きな負担をかける」

 「それでも、やるしかない」

竜也が言う。

 「世界の運命がかかってる」

残された一週間で、四人は集中的な特訓を行った。

けんゆうは第五層の力「星々の記憶への接続」の習得に取り組む。カードを通じて過去の継承者たちの記憶にアクセスし、古の戦術や技術を学ぶ。

 「見える、エドガーの記憶が」

深い瞑想状態のけんゆうの脳裏に、数百年前の戦闘シーンが流れ込んできた。

かれんは槍の第五層能力の解放に挑戦していた。

 「『槍装・アンセスター・ウインド』!」

槍から放たれた風が、過去の名手たちの技を再現する。複雑で美しい軌道を描く風の刃が、標的を正確に切り裂いていく。

竜也は鎧の防御力を第五層まで高める訓練を行っていた。

 「『鎧装・レガシー・フォートレス』!」

鎧の装甲が重層化し、これまでの何倍もの防御力を発揮する。

隼人は『星の理』の力を人々を守るために使う方法を模索していた。

 「星光・ヒーリング・ネットワーク」

彼の体から放たれる白い光が、広範囲の生命体を癒す結界を形成する。

一週間の特訓を終え、四人は「虚無の塔」への出発準備を整えた。

 「気をつけろ」

宗一郎が見送りながら言う。

 「塔には結社の最高幹部たちが待ち構えてる。これまでとは比較にならない強敵だ」

 「分かってる」

けんゆうが答える。

 「でも、俺たちには仲間がいる」

彼は三人を見回す。

 「一人じゃない。みんなで力を合わせれば、どんな敵でも倒せる」

 「そうね」

かれんが微笑む。

 「私たちの絆が、最大の武器」

 「俺たちの『純正な人格』こそが、偽造システムを打ち破る力だ」

竜也が決意を込めて言う。

 「みんな、ありがとう」

隼人が感謝を込めて言う。

 「俺を信じてくれて、仲間にしてくれて」

 「行こう」

けんゆうが呟く。

 「物語を終わらせるために」

四人は夜の闇に消えていった。彼らの前には最終決戦が待ち構えている。

『知恵』『勇気』『忍耐』、そして『希望』。四つの力が一つになった時、真の奇跡が起こるだろう。

街の向こうで、偽の自分たちが歩いている。しかし、もう恐れることはない。本物の絆で結ばれた仲間たちと共に、自分たちのアイデンティティを取り戻す戦いが始まる。

人格の純正性による啓蒙。魂の輝きで偽物を浄化する新しい戦略。

それこそが、継承者たちの真の力だった。

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