魔人のカードと伝承者
@zeronoichi
第1話 星渡りの契約
星すら見えない新月の夜、立花神社の古い蔵の中は墨を流したように淀んだ闇に沈んでいた。ひんやりとした空気が肌を這い、高校生である立花けんゆうの心臓が不規則なリズムで跳ねる。
手元の懐中電灯が震えているのは、寒さのせいではない。三年前の春の夜から、ついにこの瞬間を迎えてしまった恐怖と、そして期待が入り混じっているからだ。
埃っぽい畳の匂いと、長年使われていない木材の湿った香りが鼻を突く。積み重なった古い箱や巻物の間に、それはあった。母の遺した最後の手紙で指定された場所に、確かに隠されていた木箱。
母の手紙は、彼女が姿を消した夜、けんゆうの机に残されていた。そこには震える文字で、こう記されていた。
『けんゆう、もしお母さんに何かあったら、神社の蔵の西の角、三番目の棚の奥を探してちょうだい。絶対に一人では開けないで。でも、もしあなたが十八歳になっても、お母さんが帰ってこなかったら、その時は』
手紙の最後は血のような染みで読めなくなっていた。そして今日、けんゆうは十八歳の誕生日を迎えた。三年間、必死に母を探し続けたが、手がかりは何一つ見つからなかった。この木箱だけが、母が本当に存在した証であり、その行方を知る唯一の鍵だった。
木箱の表面には、見たこともない古い文字が複雑な紋様を描いていた。母の研究ノートで見た記述が頭をよぎる。『トークンとは記憶・人格の切片を通貨化した古代技術である』という一文。当時は学術的な仮説だと思っていたが、母の研究が単なる空想ではなかったことを、この箱が証明している。
立花神社は、母の美夜が子供の頃から親しんでいた場所だった。亡くなった祖父の代から、立花家は神社の管理を手伝い、特にこの古い蔵は歴史的資料の保管場所として大切にされてきた。母もよく、古い文献を調べるためにここを訪れていた。
青い絹の紐を震える指で解き、慎重に札を剥がしていく。一枚、また一枚と剥がすたびに、まるで時間そのものが逆行していくような感覚に包まれた。最後の札を剥がした瞬間、木箱が微かに光を放った。
この箱の中に母がいるわけではない。それは分かっている。しかし、母が命をかけて隠した秘密がそこにある。もしかしたら、恐ろしい真実が待っているかもしれない。それでも、もう後戻りはできなかった。
恐る恐る蓋を持ち上げると、眩い光が蔵全体を満たした。光の中から、一枚の古びたカードが浮かび上がる。その表面には星座のような紋様が描かれ、まるで生きているかのように脈動していた。
カードに触れた瞬間、けんゆうの意識は遥か昔の記憶の海に引きずり込まれた。それは、彼自身の記憶ではない。数百年という時を超え、異国の地で生きた誰かの記憶が、嵐のように流れ込んできた。
そして、けんゆうは理解した。これは単なる過去の記録ではない。この記憶の主の意志が、現代に甦ろうとしているのだ。
中世ヨーロッパの古城、銀髪の青年、星々の声、そして絶望に支配された理想主義者の最期。その光景はあまりにも鮮明で、まるで彼自身がそこにいるかのようだった。
夜空に星が瞬く古城の尖塔。十五世紀末、魔術国家エドガー王国。石造りの重厚な建物が月明かりに浮かび上がり、窓からは温かな燭台の光が漏れている。その一番高い場所から、一人の青年が領地を見下ろしていた。
エドガー・フォン・ヴァイス、二十五歳。深い青の瞳と肩まで伸びた銀髪を持つ美しい青年だが、その表情には年齢に似合わぬ重責と、一抹の諦念が宿っていた。
「また、始まったか」
エドガーは胸元の水晶に手を当てる。透明な結晶の中で星々のような光が脈動し、彼の頭に激痛が走る。この星導トークンの中核となる記憶の水晶を使うたびに、得体の知れない幻聴と頭痛に襲われるようになったのはいつからだっただろうか。
机の上には、用水路の建設、荒地の開墾、疫病の治療、隣国との外交といった、山のような報告書が並んでいる。これらすべてが、水晶の力なくしては成し得なかった偉業だ。エドガーの領地は今や周辺諸国から奇跡の土地と呼ばれ、多くの人々が理想郷を求めて移り住んできている。
窓の外では、地上の星座のように散りばめられた村々の灯火が瞬いている。一つ一つの光が、彼の政策によって豊かになった家庭の証。しかし、心の奥底では別の声が囁いていた。
『お前は認められたいだけではないのか? 偉大な領主として歴史に名を残したいだけではないのか?』
エドガーは首を振る。そんなはずはない。彼の政策はすべて、民の幸福のためだったはずだ。誰よりも公平で、誰よりも効率的で、誰よりも理想的な社会を築き上げてきたと、信じていた。
だが、違和感は日に日に強くなる。まるで自分が巨大な舞台で演技をしているような、作り物の理想郷を運営しているような感覚。
時の流れは過去へと遡り、十五年前の春の朝が鮮やかに蘇る。十歳のエドガーは古城の中庭で、家族と共に朝食を取っていた。父アルベルト、母エリザベート、姉アネッテ、弟クラウス。ヴァイス家の当主として厳格だが愛情深い父。優しく聡明な母。快活で面倒見のよい姉。人懐っこく好奇心旺盛な弟。
「エドガー、今日は何を学ぶのですか?」
母エリザベートが息子に微笑みかける。彼女は元々隣国の公爵家の出身で、高い教養と深い慈愛で領民からも慕われていた。
「今日は星座の勉強です。祖父様が天体観測の方法を教えてくださるんです」
エドガーの目が輝く。彼にとって祖父フリードリヒとの時間は何よりも貴重だった。
「星読みか」
父アルベルトが満足そうに頷く。
「我らヴァイス家の伝統だ。しっかり学ぶのだぞ」
温かい陽射しの中で交わされる家族の会話。エドガーはその時、自分が世界で一番幸せな少年だと思っていた。しかし、この平穏な家族の時間は、わずか一年後に永遠に失われることになる。
翌年の冬。ヴァイス領を未曾有の疫病が襲った。最初に倒れたのは弟のクラウス。高熱にうなされ、数日のうちに息を引き取る。続いて母エリザベートが同じ症状を示し、看病していた父アルベルトも感染した。
「エドガー、領地を、民を、頼む」
死の床で父が息子を呼んだ。十一歳の少年には、あまりにも重すぎる責任だった。姉アネッテは政略結婚で隣国に嫁いでおり、すぐには帰ってこられない。エドガーは事実上、一人で領地を支えなければならなくなった。
そんな彼を支えたのが、祖父フリードリヒだった。
「エドガー、お前は強い子だ」
祖父は孫の肩を抱きながら言った。白髪の老人だったが、その瞳には深い知恵と慈愛が宿っていた。
「だが、強さだけでは民を導けない。必要なのは『星の声を聴く心』だ」
祖父は毎夜、エドガーを古城の最上階にある天文台に連れて行った。そこで星座の読み方、天候の予測、そして何より大切な民の声を星に問う技術を教えてくれた。
「星は語り、人は聴く。だが星のみを見る者は、足元の民を忘れる」
「星と民、両方の声を聴くのです。それがヴァイス家に代々受け継がれた星導の道です」
エドガーは必死に学んだ。家族を失った悲しみを、星読みの修行で紛らわせようとした。そして確かに、星々は彼に語りかけてくれるようだった。明日の天気、作物の出来、隣国の動向。星座の配置から読み取れる情報は、十一歳の少年にとって神秘的で魅力的だった。
だが、祖父も三年後に病で世を去る。エドガーは十四歳にして、完全に一人になった。
「必ず、必ず理想の領地を築いてみせる」
家族の墓前で、エドガーは誓いを立てた。
「誰も失わない、誰も悲しまない、完璧な世界を」
その誓いこそが、後に彼を破滅へと導く種となることを、この時の彼は知る由もなかった。
祖父の死後も、エドガーは独学で星辰の秘術を学び続けた。古い書物を読み漁り、夜な夜な星空を観察し、時には数日間眠らずに魔術の実験を続けることもあった。その努力は確実に実を結び、エドガーの統治技術は日々向上し、領地は目覚ましい発展を遂げていく。
しかし、成功すればするほど、彼の心は孤独に蝕まれていった。
二十歳になったエドガーは、既に周辺地域で若き賢君として名を知られていた。だが、彼自身は深い虚無感に苛まれていた。
「完璧すぎる」
ある夜、エドガーは一人で城内を歩きながら呟いた。領民たちは彼の政策に従順に従い、反対する者はほとんどいない。犯罪率は極端に低く、経済は安定し、文化も発展している。客観的に見れば理想的な社会だった。
だが、そこには何かが欠けていた。生命力が、ない。
エドガーが気づいたのは、領民たちの表情から自発性が失われていることだった。彼らは確かに幸福そうに見える。しかし、それは作り物の笑顔のようで、心からの喜びが感じられない。星読みの技術によって最適化された政策は、確かに効率的だった。しかし、人間の自由意志や感情の多様性を軽視した結果、社会全体が硬直化しつつあった。
「これは俺の求めていた理想郷なのか?」
夜風が城の回廊を吹き抜けていく。エドガーは星空を見上げたが、星々は以前のように温かく語りかけてはくれなかった。冷たく、遠く、まるで彼を批判しているかのように見える。
そんな折、彼の周囲に新たな集団が形成され始めていた。
「エドガー様の統治は素晴らしい」
側近の一人、ヴィルヘルムが進言した。金髪碧眼の青年で、神学と哲学に長けた知識人だ。
「しかし、まだ改善の余地があります」
エドガーが振り返る。
「改善?」
「人の心の揺らぎが、政策の効率性を阻害している場合があります」
ヴィルヘルムの目が鋭く光る。
「感情という不確定要素を、もう少しコントロールできれば」
最初は学術的な議論として始まった感情の合理化についての研究は、次第にエドガーの政治哲学の中核を占めるようになった。ヴィルヘルムを中心とする知識人たちは星の理という思想体系を構築し、エドガーの理想実現のための理論的裏付けを提供した。
その集団の中には、遠い東の島国からやってきたという謎めいた男もいた。タナーカと名乗るその男は、東洋の神秘的な知識を伝え、エドガーの知識人たちの興味を惹きつけていた。
「東洋にも『星の理』と似た思想はございます」
タナーカが静かに語る。流暢な現地語を話すが、時折、言葉の選び方に独特の響きがあった。
「人の感情は流れやすく、時に道を誤らせる。しかし、我が国では既に、それを『商品』として管理する技術を開発しております」
ヴィルヘルムが身を乗り出した。
「商品?」
「人の記憶や感情を物質化し、トークンとして保存・流通させる技術です。優れた職人の技能、学者の知識、母親の愛情さえも、必要な人に分配できます」
タナーカが懐から取り出したのは、小さな金属片だった。その表面には複雑な文様が刻まれており、微かに光を帯びている。
「これは『記憶のトークン』と呼ばれるものです。この中には、ある名匠の鍛冶技術が保存されている。これを使えば、一夜にして熟練の職人になることができます。私の同志、タチバナというものが細工にたけています」
エドガーは興味と不安を同時に感じた。確かに、それは才能の民主化を意味している。しかし、人の心を商品扱いすることに、道徳的な問題はないのだろうか。
「しかし、それでは人の個性が失われるのでは?」
「個性こそが、非効率の根源です」
ヴィルヘルムが冷笑を浮かべる。
「真の秩序には、徹底した合理性が必要です。人の心ではなく、星の理こそが、永遠の真理である」
タナーカが頷いた。
「我が国では、感情による混乱を避けるため、段階的に人格の標準化を進めております。争いもなく、不満もない、真に平和な社会が実現しつつあります」
その思想は、一見するとエドガーの求める完璧な社会と合致していた。感情に左右されない合理的判断、科学的根拠に基づく政策決定、効率的な資源配分。だが、その根底には危険な思想が潜んでいた。
「民の声よりも、星の声を優先すべきです」
ヴィルヘルムの提案に、エドガーは違和感を覚えた。
「でも、祖父は『星と民、両方の声を聴け』と」
「それは古い考えです」
ヴィルヘルムが穏やかに、しかし確信に満ちた口調で反論する。
「民の声は感情に左右され、しばしば間違った方向に導きます。星の理に従えば、より純粋で完璧な社会が実現できるのです」
エドガーの心に迷いが生まれた。確かに、民の感情に配慮した政策は時として非効率だった。だが、感情を完全に排除した社会に、果たして価値があるのだろうか。
「でも」
「エドガー様」
別の側近、バーンハルト伯爵が口を挟む。彼は軍事畑出身の実務家で、効率性を何よりも重視する人物だ。
「理想を実現するためには、時として厳しい選択が必要です」
「感情に流されていては、真の理想郷は築けません」
こうして、エドガーの周囲には次第に星の理を信奉する者たちが集まり始めた。彼らは表向きはエドガーの理想を支持していたが、その実現方法については独自の解釈を持っていた。
そして、その思想的対立が表面化する事件が起こる。
エドガーが二十三歳の夏、領地の南部で深刻な干ばつが発生した。川の水位が下がり、農作物が枯れ始める。一方で、北部や中央部の農地は豊富な地下水に恵まれ、被害は軽微だった。この時、星の理の信奉者たちと、エドガーの間で決定的な意見の対立が生まれた。
「解決策は明確です」
ヴィルヘルムが地図を広げながら説明する。
「南部の農地を一時的に放棄し、住民を北部に移住させる。そして、限られた水資源を中央部の効率的な農地に集中投資するのです」
「それでは南部の民が故郷を失うではないか」
エドガーが眉を寄せる。
「短期的には犠牲となりますが、長期的には全体の繁栄につながります」
バーンハルト伯爵が数字を示しながら続けた。
「星の軌道計算によれば、この干ばつは三年続きます。非効率な南部農地を維持するよりも、効率的な土地に投資を集中すべきです」
「でも、そこで生まれ育った人々の気持ちは?」
エドガーの問いに、ヴィルヘルムは冷ややかに答える。
「感情は、合理的判断を妨げる要因に過ぎません。星々は、時に厳しい選択を我々に求めるのです」
この時、エドガーの心に母の記憶が蘇った。疫病で苦しむ弟を看病する母の姿、最期まで家族への愛を失わなかった父の想い、そして祖父が語った民の声を聴くことの大切さ。
「いや、俺は違う道を選ぶ」
エドガーは立ち上がった。
「南部の民と直接話し合い、共に解決策を見つける」
ヴィルヘルムとバーンハルト伯爵の表情に、初めて明確な不満が浮かんだ。エドガーは自ら南部の村々を訪れ、住民たちと膝を突き合わせて話し合った。星読みの技術を使って隠れた水脈を発見し、簡易的な灌漑設備を建設。さらに、北部と中央部の住民に協力を求め、食料や物資の支援体制を構築した。
「領主様が、直接来てくださるなんて」
南部の農民たちは感激し、エドガーへの信頼を深めた。
「俺たちも頑張ります!」
この経験により、エドガーは改めて民との対話の重要性を認識した。数字や効率だけでは見えない、人々の本当の想いや知恵がそこにはあったのだ。干ばつは確かに深刻だったが、民と領主が一体となって取り組むことで、犠牲を最小限に抑えながら危機を乗り越えることができた。
しかし、この成功は星の理信奉者たちにとって面白くない結果だった。
「感情に流された非効率な政策だった」
ヴィルヘルムが仲間内で愚痴をこぼす。その中には、東洋からやってきたタナーカと仲間の姿もあった。
「もし我々の提案通りに実行していれば、より少ないコストでより大きな成果を得られたのに」
「エドガー様は、星の声よりも民の感情を優先された」
バーンハルト伯爵も不満を隠さない。
「これでは真の理想郷は実現できない」
タナーカが静かに頷いた。
「東洋では既に、人格の売買システムが実用化されております。優れた人格を大量生産し、必要に応じて配布することで、社会の効率化を図っております」
「その技術をこちらにも?」
ヴィルヘルムの目が光る。
「時が来れば、技術者を派遣いたしましょう。ただし、エドガー様の理解が得られれば、の話ですが」
こうして、星の理信奉者たちは密かに独自の組織を形成し始める。表向きはエドガーを支持する忠臣として振る舞いながら、実際は彼の政策を内部から修正しようと企んでいた。
南部の干ばつ事件から一年後、エドガーは再び古城の地下深くにある聖域を訪れていた。円形の祭壇の間、代々のヴァイス家当主が、最も重要な決断を下す時に使う場所だ。
「俺は間違っているのか?」
二十四歳になったエドガーは、祭壇の前で自問自答していた。この一年間、星の理信奉者たちとの摩擦は激化する一方だった。表面的には従っているように見せながら、彼らは陰でエドガーの政策を批判し、独自のネットワークを構築していた。
そして最近になって、領内で不穏な動きが見られるようになっていた。一部の村で、住民が突然従順になりすぎるという奇妙な現象が報告されている。まるで感情を失ったかのように、機械的に作業をこなし、笑うことも怒ることもなくなった人々。
「まさか、星の理の実験が」
エドガーの背筋に冷たいものが走る。ヴィルヘルムたちが、密かに住民に対して何らかの術を使っているのではないか。そんな疑念が頭をもたげていた。
「祖父よ、俺はどうすればいい」
祭壇に手を置き、星空に向かって祈る。家族を失った悲しみ、民を守りたいという想い、しかし同時に心の奥底で渦巻く認められたいという欲求。すべてが混沌となって、彼の心を苛んでいた。
その時、突如として、祭壇の間に眩い光が降り注いだ。七つの星盤が一斉に輝き、天井の星座が実際の星の光を放ち始める。空間が歪み、現実と幻想の境界が曖昧になる。
そして、光の中から一つの人影が現れた。
それは人間ではなかった。流動的で、光の粒子の集合体のようにも見える。姿は絶えず変化し、時には天使のように、時には純粋なエネルギーの塊のように見えた。声は直接脳内に響き、言語の壁を超えて情報が流れ込んでくる。
「汝の祈りは、遥かなる星々の監視網に捕捉された」
エドガーは恐怖と畏敬の念に震えながら、その存在を見つめた。祖父から聞いた古い伝説の中でも、これほど神秘的な体験の記録はなかった。
「我らは星渡りの民。銀河系の文明を観察し、その『卒業試験』を実施する者たち。汝らに与える力は試験の道具であり、真の目的は汝らが独立した文明として歩めるかを測ることである」
星渡りの民の言葉と共に、エドガーの脳裏に無数の映像が流れ込んできた。遥か彼方の星々で花開く異なる文明。驚くべき技術を発達させた種族、美しい芸術を創造する民族、高度な精神性を持つ存在たち。しかし、それらの文明はすべて、ある共通の問題に直面していた。
「我らが監視する文明の八割が、同じパターンで自滅している。技術の発展により個体の能力差が拡大し、社会が不安定化。その解決策として『個性の均一化』を選択し、最終的に文明の創造性が失われて衰退する」
星渡りの民の説明は冷徹だったが、エドガーにはその深刻さが理解できた。
「汝らの星もまた、我らが長きにわたり観察してきた実験場の一つ。そして今、重要な分岐点に差し掛かっている」
「実験場?」 エドガーが眉をひそめる。 「我が王国が実験の対象だと?」
「そうだ。我らは意識の進化を研究する種族である」
「意識の進化? それは一体」
「約1000万年前」 星渡りの民が語り始める。
「1000万年?」 エドガーが困惑する。彼の時代では、そのような長大な時間は想像もつかない。
「そんな昔から?」
「我ら自身も、汝らと同じ選択を迫られた」
「同じ選択とは?」
「個性を重視するか、効率を追求するか」
エドガーの表情が変わる。それは今まさに自分が直面している問題だった。 「それで、あなたがたはどちらを選んだのか?」
「第三の道を選んだ」
「第三の道?」
「調和だ。個性と効率の両立」
「それで今の姿に?」
「そうだ。物質的存在を超越した。しかし、その過程で多くの仲間を失った」
エドガーの顔が青ざめる。 「失ったとは、死んだということか?」
「変化についていけなかった者たちは、別の道を選んだ」
「私の王国も、そのような運命を辿るというのか?」
「それは汝の選択次第だ」 星渡りの民の声に重みがある。 「地球は特別な実験場でもある」
「なぜ特別なのか?」
「汝らの感情の豊かさは、銀河系でも稀だからだ」
「感情が?」 エドガーが驚く。感情こそが争いの原因だと考えていたからだ。
「愛、憎しみ、希望、絶望......これほど複雑で美しい感情を持つ種族は少ない」
「それが良いことなのか?」
「もし汝らが調和を達成すれば、それは全銀河の希望となる」
「全銀河?」
「これまで我らが観察した文明は数千に及ぶ」
エドガーが息を呑む。 「数千もの世界があるのか?」
「そのうち、第三の道を見つけたのはわずか3つ。地球は4番目の可能性を秘めている」
「残りの文明はどうなった?」
星渡りの民の沈黙が、すべてを物語っていた。
「そうだ。我らは銀河系で『意識の進化』を研究する種族である」
「銀河系?」 エドガーが首をかしげる。彼の時代には、そのような概念はまだ存在しない。
「星々の集まり全体のことだ。汝らの住む世界は、無数にある星の一つに過ぎない」
エドガーは愕然とした。自分の世界が宇宙の中心だと信じていたが、それが誤りだったとは。
「では、あなたがたは他の世界も見ているということか?」
「その通りだ。これまで4,847の文明を観察してきた」
「4,847も?」 エドガーの声が震える。
「我ら自身も、約1000万年前に汝らと同じ選択を迫られた」 星渡りの民が続ける。 「個性を重視するか、効率を追求するか、それとも第三の道を選ぶか」
「第三の道とは?」
「調和だ。個性と効率の両立。我らはその道を選び、今の姿となった。しかし、その過程で多くの仲間を失った」
エドガーが理解し始める。 「つまり、我々も同じ選択をしているということか」
「そうだ。そして地球は特別な実験場でもある」
「なぜ特別なのか?」
「汝らの『感情の多様性』は、銀河系で類を見ない豊かさを持つからだ」 星渡りの民の声に、わずかな感動が混じる。 「愛、憎しみ、喜び、悲しみ、希望、絶望......これほど複雑で美しい感情を持つ種族は稀だ」
「それが......良いことなのか?」 エドガーが困惑する。感情こそが争いの原因だと考えていたからだ。
「もし地球文明が調和を達成すれば、それは全銀河の希望となる」
「希望?」
「これまで観察した文明のうち、第三の道を見つけたのはわずか3つ。残りは皆、個性か効率かの二択で行き詰まり、滅んだ」
エドガーの顔が青ざめる。 「滅んだ?」
「地球は4番目の可能性を秘めている。汝の選択が、その運命を決める」
「我らの問いは常に同じだ。知的生命体は個性を保ったまま調和を実現できるのか。それとも、効率性のために個性を放棄するのか」
映像の中で、エドガーは多くの文明の末路を見た。完璧を求めすぎて硬直化し、滅びていく社会。混沌に飲み込まれて自滅していく種族。そして稀に、新たな段階へと進化を遂げる文明。
「汝、エドガーよ。汝に与える三つの器は、単なる力ではない。汝らの文明が感情と理性の調和を達成できるかを試す、認証装置である」
星渡りの民が両手を広げると、三つの光る物体が空中に現れた。しかし、それらは単なる武器や道具ではなかった。それぞれが複雑な精神的エネルギーの結晶体であり、使用者の心の状態によって性質が変化する、生きた存在だった。
「第一の器『意識共鳴盤』は知恵の具現。他者の思考と感情を理解し、真の合意を形成する力を与える。しかし、使用者が支配欲に囚われれば、他者の心を操る邪悪な道具となる」
エドガーが見つめるカードの表面で、複雑な紋様が脈動している。それは単なる情報分析ツールではなく、心と心を繋ぐ橋のような存在だった。
「第二の器『浄化収束槍』は勇気の具現。偽りと欺瞞を暴き、真実を照らし出す力を持つ。正義のために振るわれれば闇を払うが、独善のために使われれば全てを焼き尽くす」
槍の穂先から放たれる光は美しいが、その奥に恐ろしい力が秘められていることが感じ取れた。それは物理的な武器ではなく、精神的な真実を物質化する装置だった。
「第三の器『調和安定鎧』は忍耐の具現。多様性を受け入れながら秩序を維持する力を司る。包容力として使われれば社会の基盤となるが、変化を拒む頑迷さに転化すれば進歩を阻害する」
漆黒の鎧は重厚で頼もしいが、それを纏う者を外界から遮断してしまう危険性も孕んでいた。
「しかし、三つの器が使用者の純粋な意志によって調和した時、第四の力『自己決定権』が覚醒する」
三つの神器が共鳴し、新たな光を放つ。それは選択の力、自らの運命を決定し、未来を創造する究極の力だった。
「この力は、個体の自由意志と集団の調和を両立させる。感情と理性を対立させるのではなく、統合する新たな道を開く」
「我が民のために、この力を」
エドガーが震え声で請う。しかし、星渡りの民の次の言葉は、彼の心を深く揺さぶった。
「汝の動機には光と影が混在している」
「光と影?」
「『民のために』という真摯な願いと、『偉大な存在として認められたい』という承認欲求。この二つが汝の心で同居している」
エドガーは息を呑んだ。確かに、彼の心の奥底には認めたくない欲求があった。偉大な領主として歴史に名を残したい、家族を失った無力な少年ではなく、世界を変える英雄でありたいという想い。
「その矛盾こそが、汝を認証者たらしめる」
星渡りの民の声に、不思議な暖かさが混じる。
「完全に無私な者も、完全に利己的な者も、認証者にはなれない。光と影の両方を抱えた者だけが、真の選択をなし得る」
「私は」
「汝の選択を観測しよう」
星渡りの民が手を差し伸べる。
「認証契約を結ぶか? これらの器を受け取り、汝らの文明の行方を決する実験に参加するか?」
エドガーは迷った。この力を受け取れば、確実に自分の人生は変わる。そして、それは必ずしも良い方向とは限らない。しかし、民を救うためには。
「警告する」
星渡りの民が最後の忠告を発する。
「汝の心に闇が勝利すれば、この力もまた闇となり、文明を破滅に導く。その時、これらの器は汝を停止させる安全装置として機能するよう設計されている」
「それでも」
エドガーは決断した。
「民を守るために、私はこの責任を受け取ります」
三つの神器がエドガーの前に降り立つ。彼が意識共鳴盤に触れた瞬間、世界の見え方が一変した。あらゆる情報が頭の中に流れ込んでくる。領地の詳細な状況、民の本当の気持ち、隣国の動向、そして何より重要な星の理信奉者たちの真の目的。
「まさか」
エドガーは愕然とした。ヴィルヘルムたちは既に、一部の村で住民の感情を操作する実験を行っていた。それはタナーカと仲間のタチバナが持ち込んだ東洋の技術の応用で、人々の自由意志を奪い、従順な労働力に変える恐ろしいシステムだった。
神器を得てから三年間、エドガーは精力的に理想社会の建設に取り組んだ。意識共鳴盤の力により民の真の願いを理解し、浄化収束槍の力で隣国からの侵略を防ぎ、調和安定鎧の力で社会基盤を強固にしていく。
星導トークンシステムの導入により、経済活動が飛躍的に向上した。神器の力を応用した偽造不可能な通貨システムは、取引の信頼性を大幅に高めていた。犯罪率の低下、経済の安定、文化の発展、外交関係の改善。数字で見る限り、彼の領地は確実に理想郷に近づいていた。
しかし、その陰で星の理信奉者たちの活動は続いていた。彼らは組織名をヴォルグス・ノクティス、夜の民と定めた。表向きはエドガーの政策を支持する研究団体として活動しながら、実際は独自の理想実現を目指していた。
そして、密かに住民に対する感情操作の実験を開始していた。タナーカが持ち込んだ東洋の記憶トークン技術を応用し、住民の感情的反応を抑制し、純粋に理性的な判断のみを行うようにする。実験の対象となった村では、確かに争いはなくなり、効率的な労働が行われるようになった。
しかし、同時に失われたものもあった。家族への愛情、友人との笑い合い、美しいものを見て感動する心、音楽や詩に心を動かされる感性。人間らしい感情のすべてが薄れていく。
ある夜、エドガーの元に匿名の密告状が届いた。
『星の理の名の下に、人々の心が奪われています。南東部のセレン村をご覧ください。そこにはもう、人間はいません』
エドガーは慄然とした。意識共鳴盤の力で真偽を確かめると、密告状の内容は事実だった。
翌日、エドガーは変装してセレン村を訪れた。そこで彼が見たものは、悪夢のような光景だった。住民たちは確かに平和に暮らしている。争いもなく、犯罪もなく、効率的に働いている。しかし、その表情には生気がなく、まるで精巧に作られた人形のようだった。
「おはようございます」
村人の一人がエドガーに挨拶する。だが、その声には感情がこもっていない。機械的で、空虚で、人間の声とは思えなかった。
「子供たちは?」
エドガーが尋ねると、村人は事務的に答える。
「効率的な教育を受けています。感情的な混乱を避けるため、遊びの時間は最小限に制限されています」
広場では、確かに子供たちが学習していた。しかし、彼らは笑うことも泣くことも、騒ぐこともない。ただ静かに、機械的に課題をこなしているだけだった。
「これは、これは人間の社会ではない」
エドガーの心に深い怒りが湧き上がった。これが星の理の目指す理想郷なのか? 感情を奪われ、人間性を失った村人たちの姿を見て、彼は自分の過ちを悟った。
城に戻ったエドガーは、すぐにヴィルヘルムを呼び出した。
「セレン村で何をした」
開口一番、エドガーが問い詰める。
「何のことでしょうか?」
ヴィルヘルムは涼しい顔で答える。
「住民の感情を操作したのか!」
「ああ、それでしたら、確かに実験を行いました」
ヴィルヘルムはあっさりと認めた。
「素晴らしい成果でした。争いも犯罪も完全になくなり、生産性も大幅に向上しています」
「あれが成果だと? あれは人間ではない!」
エドガーの怒りが爆発する。
「人々から感情を奪って、それが理想の社会だというのか!」
「そうです」
ヴィルヘルムは平然と答える。
「感情は不合理と混沌の源です。これを排除すれば、真に完璧な社会が実現する」
「それは間違っている」
エドガーが神器の力を展開する。意識共鳴盤が光を放ち、浄化収束槍が物質化する。
「感情があるからこそ、人は人なんだ。愛も、悲しみも、怒りも、すべてが人間の証だ」
「古い考えです、エドガー様」
ヴィルヘルムも冷笑を浮かべる。
「あなたは感情に囚われ、真理を見失っている」
「教えてやりましょう」
ヴィルヘルムの周りに黒い靄が立ち上る。それは星の理の純粋な力、感情を完全に排除した冷徹な理性の具現化だった。しかし、エドガーが気づいたのは、その力が自分の神器の力を模倣したものだということだった。
「我々の目標は、この実験を領地全体に拡大することです」
「全体に?」
「そうです。エドガー様も含めて、すべての人間から感情を排除する」
ヴィルヘルムの目が異様に光る。
「そうすれば、もう争いも、裏切りも、苦しみもない。完璧な秩序が永遠に続く」
「それは支配だ!」
エドガーが浄化収束槍を構える。
「人の心を奪う、最悪の支配だ!」
二人の間で、激しい戦闘が始まった。エドガーの神器の力と、ヴィルヘルムの星の理の力がぶつかり合う。しかし、戦いの最中にエドガーは気づいた。ヴィルヘルムの力は、彼自身が持つ神器の力を解析し、悪用したものだった。
「まさか」
「気づきましたか」
ヴィルヘルムが薄笑いを浮かべる。
「星の理は、あなたの神器の力を研究し、複製したものです。ただし、感情という不安定要素を完全に排除した、改良版ですが」
つまり、エドガーの理想を実現しようとする試みが、皮肉にも最悪の結果を生み出していたのだ。
ヴィルヘルムとの戦いは引き分けに終わったが、事態はより深刻化していた。ヴォルグス・ノクティスは既に領地の各地で感情操作実験を行っており、多くの住民が人間性を失いつつあった。そして、その状況を受けて、まだ正常な意識を保っている住民たちが反乱を起こした。
「エドガー・フォン・ヴァイスを倒せ!」
群衆の怒号が城下町に響く。
「俺たちの家族を返せ!」
「あいつの魔術のせいで、村がおかしくなった!」
住民たちは、感情操作の実験がエドガーの指示によるものだと誤解していた。確かに、表面的には彼の政策の一環として行われていたのだから、その誤解も無理はなかった。
「話し合おう」
エドガーが大広間に現れ、群衆に向かって叫ぶ。
「俺は君たちの敵ではない! 真の敵は」
しかし、その時、群衆の中に紛れ込んでいたヴォルグス・ノクティスのメンバーが暗殺を試みた。投げられた短剣がエドガーの肩に刺さり、血が流れる。
「裏切り者め!」
群衆がさらに激高し、エドガーに襲いかかろうとする。その瞬間、エドガーの心に深い絶望が宿った。民を守るために力を求めた。理想の社会を築くために懸命に努力した。しかし、その結果がこの有様だった。信頼していた側近たちには裏切られ、愛すべき民からは憎まれ、理想郷は悪夢と化した。
「俺は何をしていたんだ」
血を流しながら、エドガーは自問した。
「民のためと言いながら、結局は自分の理想を押し付けていただけだったのか?」
その時、心の奥底から別の声が響いた。
『力で解決すればいい』『すべてを支配すれば、もう裏切られることはない』『完璧な秩序を、力で押し付ければいい』
それは神器の闇の側面だった。力の使用者が絶望に陥った時、神器もまた闇に染まってしまう。
「そうだ」
エドガーの目が赤く光り始める。
「力で解決すればいい。すべてを俺の意志に従わせれば」
エドガーの体から黒い靄が立ち上り始めた。三つの神器が異様な光を放ち、彼の人間性を蝕んでいく。意識共鳴盤は支配の装置に変化し、相手の心を読んで弱点を突く邪悪な道具となった。浄化収束槍は破壊の具現に変化し、すべてを焼き尽くす暴力の象徴となった。調和安定鎧は孤立の殻に変化し、外界からの一切の影響を遮断する冷酷さの化身となった。
「我は、闇。我は、絶望」
魔人と化したエドガーの声が、城全体に響く。
「我に従わぬ者は、すべて滅びよ」
破壊の波動が広がり、城の一部が崩壊する。群衆も、衛兵も、区別なく魔人の力に飲み込まれていく。
しかし、完全に魔人と化する寸前、エドガーの心に母の声が響いた。
『愛する人を守りたいという気持ちを、忘れてはいけません』
家族の愛、民への想い、そして祖父が教えてくれた星と民、両方の声を聴くという教え。それらすべてが、魔人化しつつある彼の心に最後の光をもたらした。
「俺は間違った」
魔人エドガーの声に、かすかに人間の感情が戻る。
「力で導こうとしたことが、最大の過ちだった」
彼は、まだ残された最後の理性で決断を下した。自分を完全に破壊することで、神器を封印し、後の世代に託そうと。
「我は失敗した」
魔人エドガーが月夜の古城で、最後の力を振り絞る。
「だが、この失敗こそが希望の種となろう」
三つの神器が彼の前に浮かび上がる。意識共鳴盤、浄化収束槍、調和安定鎧。すべてが彼の血と涙と後悔で染まっていた。
「私の破綻を見た者は、同じ過ちを繰り返さない。力ではなく選択を。支配ではなく自由を」
エドガーは神器に最後の術式を施した。それは時空を超えた封印術で、神器を各時代、各地域に散らし、真に相応しい継承者が現れるまで眠らせるものだった。そして、神器は使用者の精神状態に応じて形を変える機能を付加された。純粋な心を持つ者には守護者として、邪悪な心を持つ者には破滅をもたらす刃として。
「新たな物語が始まる」
神器が光となって四散し、星空に消えていく。
「語り継ぐ者、終わらせる者。これらは、やがて出会い、決着をつけるだろう」
そして、エドガー自身も光となって消えた。しかし、それは完全な死ではなく、神器と共に次の時代に託される希望の種となったのだった。
光が収まった時、けんゆうは立花神社の蔵で、古びたカードを握りしめていた。エドガーの記憶と意志のすべてが込められたそのカードには、理想に燃えた青年の情熱、裏切りの痛み、絶望の闇、そして最後に見つけた希望の光が刻まれていた。
「物語に、終わりを」
けんゆうの口から、自然とその言葉が出た。それはエドガーが最後に託した願いだった。力による支配ではなく、自由な選択による未来を。感情を否定するのではなく、感情と理性の調和を。一人の英雄による理想の押し付けではなく、すべての人が参加する物語の共創を。
母の失踪、三年間の探索、そしてこの瞬間。すべてが一本の線で繋がった。母もまた、この神器の力に触れていたのかもしれない。そして、彼女が姿を消したのは、この力に巻き込まれたからなのかもしれない。
「俺が、終わらせる者」
カードが温かく光る。それは肯定の光だった。しかし同時に、重い責任の始まりでもあった。
窓の外で風が吹き、神社の鈴が鳴る。新しい物語の始まりを告げるように。けんゆうは立ち上がった。エドガーの過ちを繰り返さず、しかし彼の理想は受け継いで。今度こそ、本当の意味での理想郷を。誰かが一方的に作るのではなく、みんなで一緒に築いていく世界を。
蔵の外で、足音が近づいてくる。けんゆうは振り返った。月明かりに照らされた人影が、静かに立っている。黒いコートに身を包んだ男。その顔は影で見えないが、危険な気配が漂っていた。
「ついに現れたか。啓示を受けたのだな」
男が低い声で呟く。同時に鋭い雷撃のようなものが飛んできた。
けんゆうはカードからの力で、反射的に避けることができた。
「新たる認証者が」
「君は誰だ?」
けんゆうがカードを握りしめながら問いかけた。
「黒塚隼人」
男が名乗る。
「君と同じ、神器の継承者の一人だ。そして、君をゆくゆくは始末するものだ」
「始末って?」
「君のカードは偽造品だ」
隼人の声に、冷たい確信が込められていた。
「君の人格は、もう君だけのものではない。考えろ、そして悩め」
けんゆうの血が凍った。街の向こうで、自分と全く同じ顔をした何かが歩いているという隼人の言葉が、現実のものとして迫ってくる。
「それは始まりに過ぎない」
隼人が構えを取る。
「魂を賭けた戦争の、幕開けだ。
その時、境内の向こうから急いだ足音が響いた。
「けんゆう!」 父 宗一郎が息を切らせて現れ、息子の前に立ちはだかった。
「その子に手を出すな」 隼人が冷笑を浮かべる。
「語り部の末裔か。邪魔をするな」 隼人が再び雷撃を放った。今度はけんゆうではなく、宗一郎に向けて。
「父さん!」 けんゆうが叫んだが間に合わない。宗一郎は息子を庇うように体を張り、雷撃をまともに受けた。
「うっ!」 宗一郎が膝をつき、肩から血が流れる。しかし、けんゆうから目を離さない。
「大丈夫だ。継承者の使命を果たせ」
隼人が舌打ちする。
「厄介な親子だな。今宵は序章としよう。さあ、しばし震えるがいい。俺が再び来るまで」
神社の鈴が再び鳴り響いた。今度は警告の音色として。数百年の時を経て、エドガーの物語の続きが、ついに始まろうとしていた。けんゆうは守護のカード、いや意識共鳴盤を握りしめ、新たな運命と向き合う覚悟を決めた。
過去の過ちを学び、現在の選択に責任を持ち、未来への希望を託して。物語は続く。そして、いつか必ず、真の終わりと新しい始まりを迎えるだろう。
それが、エドガー・フォン・ヴァイスが最後に託した願いだった。
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