ただ夜が深くなる
柔らかなパジャマ。
ナナミは、自宅のソファに身を沈めて、あたたかいミルクティーを口に運んだ。
テレビは消したまま。スマートフォンも遠くに置いた。
灯りは、低く灯したスタンドだけ。壁に淡く、影が揺れている。
キッチンで煮詰めたミルクティーには、ほんの少しだけシナモンを入れた。
甘く、静かに、深呼吸するような香り。
「おうちに帰りたい」
ひとりごとが、小さくお部屋にほどけていった。
冷蔵庫の中にある作り置きのスープ、干しておいたタオルの手触り、読みかけの文庫本。
朝に着る服は、もう椅子にかけてある。
今日できることは、もう済ませた。
あとは、何もしない。
何も始めない。
ただ、ここにある夜を、音を立てずに過ごす。
明日を思うと、ザワザワする。
がんばらなくちゃいけない気がする。
でも、しない。
焦るようなメールも見ない。
予定も確認しない。
目を閉じると、外の風が、木の枝を揺らす音が聞こえる。
静かに、ただ静かに、夜が深くなる。
ナナミはゆっくり立ち上がり、カーテンの隙間から夜空を見上げた。
月が浮かんでいる。雲は薄く、星も少し見えていた。
明日はきっと、いつものように始まる。
人の声も、電車の音も、通知音も。
それでも大丈夫。今夜を静かに過ごしたこの感覚は、ちゃんと胸に残る。
明日も慌ただしいかもしれない。
でも、自分の中にひとつ、小さな静けさを持っていけたら、それでいい。
ナナミはカップを片付け、灯りを落とした。
布団にもぐり込むその顔は、少しだけやわらかくなっていた。
明日は、新しい1日。
でも今夜は、ただ静かに。
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