第5話 夢と現実

 日曜日がやって来た。僕は集合場所である駅前の広場につくと、もう既にミナミさんとエリさんがいた。


「ごめん」

「遅い!」


 ミナミさんから予想通り蹴りをくらう。ボディコンスーツを着た女性にハイヒールで蹴られるとは何ともハードなプレイだ。ミナミさんは僕の姿を見て、親指を上げた。


「グッ!」


 どうやら服装は合格したみたいだ。ダサいってこと。エリさんはスポーティーな格好をしていて、まさにアスリートという感じだった。


「じゃあ、行くぞ」


 ダサい陰キャと派手なギャル、加えてスポーツ選手。何ともミスマッチな三人を通行人は珍しそうに見ていた。


 ◆


「ミナミさん、ここ?」

「そう、ここ」


 僕らは競馬場に足を踏み入れる。三人とも十八歳の成人だから、まあ大丈夫だろう。


「ミスタースネオ、ミスタースネオ」


 ミナミさんはブツブツと呟き何かを見ている。僕は疑問に思ったので彼女に訊いた。


「二百五十倍か……」

「ミナミさん、何見てるの?」

「オッズだよ。オッズ。二百五十倍じゃ勝てんな」


 どうやら勝ったときの払戻金の倍率を見ていたみたいだ。彼女はオッズを見た後、馬券の購入場所へ向かった。


「ちょっと、ミナミちゃん」

「ん? エリっぺ何?」

「まさか馬券買う気じゃないよね? 馬券を買えるのは二十歳からだよ」

「知るか」


 ボディコンスーツを着た女性が馬券を買いに行く姿。どう考えても目立つよなぁ。


「おい!」

「うわぁ!」


 ミナミさんのハイヒールの蹴りが僕の腹に入る。彼女は僕に言った。


「おめえも買うんだよ」

「えっ」

「おめえが原因でこうなったんだ。ちょっと財布寄越せ」


 ミナミさんは僕の財布から千円抜き取る。


「しけてんなぁ」

「ミナミちゃん。買わなくても結果がわかればいいんじゃない?」

「エリっぺ、こういうのはちゃんと参加しないと見落とすんだ。ほれ、返す」


 ミナミさんが窓口で馬券を購入する。もちろん僕の分も。


「ほれ」

「ありがとう」

「気にすんな。行くぞ」


 レースがよく見える場所に移動し、ミスタースネオが走る順番を待つ。ミナミさんは僕に言った。


「何か複雑だな」

「ん?」

「当たって欲しいような、欲しくないような」

「うん」

「当たれば金が増えるけど、そうじゃなかったら……。まあ、当たらんけどね」


 ミナミさんの表情は哀愁を帯びていた。学校ではいつも一人でいる彼女。どこか儚げな姿に僕は見とれてしまった。


 ◆


♪~~ ♪~~ ♪~~♪~~


 ファンファーレが鳴る。ミスタースネオがどんな走りを見せるのか。勝つのか。僕の心臓は自然と熱くなった。


「始まる」


 ミナミさんの呟くと、一斉に馬がスタートする。僕はその動向に目が離せなかった。


『イケー!』『おい! ふざけんな!』


 馬券が舞う。レースの結果が掲示板に写しだされ、ミスタースネオは一着だった。


「なあ」

「なに、ミナミさん」

「当たったな。二十五万」

「そうだね」

「これ連勝するんだろ?」

「うん」

「賭け続ければ、あーしら金持ちじゃん」

「そうだね」

「そして、あーしは死ぬと……」


 当たった馬券を握り締め、彼女は大粒の涙を流した。信じたくないことが、ありえないことが続くことに、夢での出来事が現実味を帯びてきた。


「ぐすん、ぐすん」


 振り向くとエリさんも泣いていた。これから自分の身にかかる出来事に愕然としている様子だった。僕は彼女達を見て、何も言えない。励ましの言葉すら出てこなかった。

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