第1話 伝えたけど――

「ギリギリ着いた」


 六月のよく晴れた朝。僕は寝坊をしたので学校に遅刻しそうになった。三年A組の教室に入り自分の机へと向かう。カバンから筆箱を出すと、僕の視界に銀髪ギャルの姿が入ってきた。


(はぁあ?)


 マジか。銀髪のクラスメイトがいるとは――、学校に来てなかった人か。僕が彼女の存在に驚いていると、隣にいた女子達の会話が聞こえてきた。


「エリ、大会どうだったの?」

「全然、届かなくて、終わっちゃった」

「そっかぁ、水泳部も引退かぁ。お疲れ部長」


(はぁあ?)


 マジか。確かに僕の隣の席は茶髪でいかにも「運動してます!」という女子がいた。あれは正夢? 僕は自分が見た夢のことに驚いてしまった。


 ◇


「――だから、ここは動詞の原形が来る」


 学校の授業を受けてはいるが、夢のことが気になってしょうがない。銀髪の子はパパ活やっているって話だったよな。僕は彼女の後ろ姿を見て、どうすればいいのかと考えていた。


「ミナミ、ここはどうなる?」

「わかりませーん」


 だるそうに銀髪ギャルは先生に向かって言う。ミナミさん。彼女がもしパパ活をやっているというなら確か卒業後に殺されるんだよな。彼女から視線を外し、僕は隣にいるもう一人のクラスメイト、水泳部のエリさんの横顔を見つめた。


「――ロユキ、ヒロユキ」

「あっ! はい!」

「お前なぁ。ここは何が来る?」

「形容動詞?」

「ヒロユキ。英語に形容動詞は無い」


 クラスが爆笑に包まれる。銀髪ギャルもこちらを見ていて、僕は恥ずかしくてこの場にいたくなかった。横を見るとエリさんもクスクスと笑っていた。


 ◆


 僕はどうするべきかを考えた。あの夢が本当ならば、彼女達を死なせたくない。相手にされないだろうけど、僕は彼女達に夢で見たことを伝えることにした。


「ミナミさん」

「ん?」


 昼休み、僕が机に足をかけている銀髪ギャルに声をかけると、彼女はだるそうに僕を見た。


「なに?」

「話したいことがあるんだけど」

「で?」

「放課後時間ある?」

「無い」

「いつなら時間ある?」

「ねぇよ」

「じゃあ、ちょっとこっち来て」

「形容動詞くせに何言ってんだ? 暇じゃないからあっち行け」


 僕は銀髪ギャルに冷たくあしらわれ、心が折れそうだった。僕は一旦諦め、もう一度、彼女に話しかけようと思った。


 ◇


(はぁ)


 僕は銀髪ギャルのミナミさんの言葉に思ったよりもダメージを受けたみたいだ。隣にいる水泳部部長のエリさんに話しかける気力が出てこない。憂鬱な気分で授業が進み、あっという間に放課後になった。


「おい」

「えっ」

「話したいことがあるんだろ?」


 僕が帰り支度をしているとミナミさんが僕に話しかけてきた。これはチャンスだ。僕はクラスメイトのみんながいなくなったら、夢で見たことを彼女に話すことに決めた。


「で。いなくなったんだけど」


 教室には僕とミナミさんがだけが残る。僕は上手く言えるか、わからずオドオドしてしまった。その様子を見てミナミさんは言う。


「暇じゃないんだけど? 言いたいことがあるなら言え」

「実は夢で同窓会の夢を見てさ」

「ふーん」

「その同窓会でミナミさんがパパ活の逆恨みで殺されたって話を聞いたんだ」

「はぁあ?」

「パパ活やってるなら止めた方がいいよ」

「パパ活なんか、やってねぇし! てめぇ、ふざけてんの? 夢で見たから何なん?」

「ごめん」

「あー、うぜぇ。もう、金輪際関わるな」


 ミナミさんが不機嫌に教室を出る。扉が勢いよく閉まり、バーンという音が響いた。完全に怒っている。


「はぁぁ、夢で見たこと伝えても意味ないか。夢だもんなぁ。でもエリさんの夢も気になるんだよな。どうしよう――」


 僕が教室の天井を仰ぎ見ると、教室の扉が開く音がした。


ガラガラガラ


 扉を開けて教室に入ってきたのは塩素で茶髪になったエリさんだった。


「あれ? ヒロユキ君いるんだ」


 彼女は自分の机に行き、忘れ物を取りに来たようだ。スマホを机の中から取り出すと彼女は僕に話しかけてきた。


「珍しいね。いつもすぐ帰るのに」

「あー。うん」


 隣にいる彼女は僕が日頃からそそくさと帰る様子を見ていたようだ。僕は彼女に夢の中のことを言おうと思ったが、ミナミさんのことがあって言い出せずにいた。


「ヒロユキ君、何か言いたいことあるの?」

「えっ、あっ、うん」


 僕が彼女をじーっと見ていたせいか、不思議そうな顔をして彼女は僕に訊いてきた。


「信じてもらえないかもしれないけど」

「うん」

「夢でエリさんが酷い目にあって自殺する話を聞いたんだ」

「えっ? あたしが?」

「同窓会の夢を見て、クラスメイトが言ってたんだ、大学で酷い目にあって、それで」

「ふふふ。夢の中の話でしょ? ヒロユキ君、考え過ぎだよ」

「そうかな――」

「そうだよ」


 僕はエリさんに夢の中のことを伝えた。やっぱり信じてもらえない。でも彼女は朗らかに返してくれたので、僕の心は幾分楽になった。


「じゃあ、またね」

「うん」


(伝えたけど何だろう。この気持ち)


「はぁぁ」


 彼女の別れの挨拶を聞いて、教室の中ひとり、僕は再び溜息をついた。

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