第15話 まさかそんなわけ

 前半の訓練が終了した。この後は一時間の昼休憩の後一、二班と三、四班を入れ替えて後半の訓練となる。

 個人的には聖の模擬戦も見たかった。初めの模擬戦で聖は明らかに手を抜いていた。それなのにAグループに入れられたという事は、ウォッカは聖の何かを見抜いたという事だ。それが何か見たかったが、それは、明日以降になりそうだ。


「ギルさん、僕は魔法を使えないので後半もこっちで訓練していいですか」


 ウォッカは当然僕の事は把握しているが、他の生徒へのアピールとして確認を取っておく。


「あー、そうだな。わかった、後半もこっちで訓練してくれ」


 一応同じグループの生徒に伝えておいた方が良いだろう。丁度近くに八神が居て話を聞いていたようだ。


「そういう事だから。僕は後半もこっちで訓練するよ」

「ん、分かった」


 八神は短く答えると、クラリスの方へと歩いて行き何かを話す。僕の方を指差していたので、僕の事を伝えてくれたのだろう。


「あれ? 黒月、またこっちなのか?」


 声がした方を向くと、一ノ瀬、右京、朝比奈がこちらへ歩いて来ていた。


「うん。僕は魔法を使えないから」


 話を聞いていたらしい右京にそう返すと、そうだったな、と右京は少し申し訳なさそうに頭を掻いた。


「気にしなくていいよ。剣を振るのも結構楽しいから」


 僕がそう言うと、右京は安堵の表情を見せる。


「そういえば、さっきはかなり盛り上がっていたみたいだけど、どんな事をしたの?」


 一、二班はこちらで起こった事を見ていなかったらしく、一ノ瀬が質問してきたので、馬淵や皇の模擬戦の事を話した。


「馬淵も皇も相変わらずというか、とんでもない奴らだな」


 呆れた表情の右京に対して、一ノ瀬は不安げな表情を浮かべている。


「馬淵君はこっちの世界に来てから、なんていうか獰猛さが増した気がしない?」


 一ノ瀬の言葉に朝比奈も頷く。


「うん。元々横柄な感じではあったけどあそこまででは無かったよね。澪ちゃんも馬淵君には厳しい所もあったけど、あんな事言う子じゃ無かったし」


 二人の言う通り、こちらの世界に来てから馬淵と榊は凶暴性が増した気がする。二人の共通点として飛び抜けて魔素伝導率が高い事だが、一番高い一ノ瀬は特に変わった様子は無いので何とも言えない。

 ただ、カトレア殿下の言っていた魔素を多く取り込むと魔物になり凶暴性が増す、という言葉が気になる。まさか、人間が魔物になったりはしないと思うが。


「いきなりこの世界に連れて来られて心が不安定になっているのかも。僕達で何とかケアできたらいいんだけど」

「そうだね。私も琴音ちゃんと話してみるよ」


 そんな二人の会話を聞いていた右京は感心する。


「お前らはすげーな。こんな状況でも人の心配をして。器の違いを見せつけられた感じだよ」


 戯けたように言う右京だが、その表情に影を見た気がした。が、二人はそれに気付かなかったようだ。


「何言ってるの。奏多だって皆の事心配してたでしょ」


 一ノ瀬の言葉に右京は苦笑いする。いつもと変わらない風に装っているが、もしかしたら右京が一番不安定になっているのかもしれない。

 一ノ瀬達は一番近くにいるからこそ気付かない、いや、気付かせないように右京が振舞っているのかもしれない。これからは少し右京の事も気に掛けておこう。


「それより、食堂行こうぜ。早く行かねーと時間無くなっちまう」


 そう言って一ノ瀬の肩に腕を回す右京は、いつもと何ら変わらない笑みを浮かべていた。


 昼食を終え、再び修練場に戻ると丁度後半の訓練が始まる時間だった。

 前半と同じく、初めに二十人の生徒を三つのグループに分ける為の軽い模擬戦を行った。僕は既にBグループに振り分けられているので、僕以外の二十人の模擬戦を行う。テンポよく進み、今回も十五分程で終わった。


 振り分けは僕を除いて、Aグループ五人、Bグループ十人、Cグループ五人だった。意外だったのは榊がCグループだった事だ。体育の授業はいつも適当に流していたので、榊の運動神経は未知数だった。


「はあ、最悪。なんで異世界に来てまでこんな事しないといけないのよ」


 などと溢していたが、訓練は真面目に行っているようだった。


 Aグループの五人は一ノ瀬を筆頭にサッカー部のエース氷室祐介ひむろゆうすけ、一年生でインターハイ優勝した剣道部の大和、合気道六段の神楽坂千尋かぐらざかちひろと運動神経の良い面々が集まる中、毎日黒塗りの高級車で送迎される程の超が付くお嬢様である西園寺京花さいおんじきょうかは異質であると言えるだろう。


「西園寺さんがあんなに動けるとは思わなかったよ。びっくりした」


 神楽坂が驚くのも無理ないだろう。西園寺は先程の模擬戦で、唯一ウォッカに纏による身体操作を使わせた。他の生徒達にその事は分からないが、烏の濡れ羽のように美しい髪を揺らしながら踊るように剣を振る姿は、多くの生徒達の視線を釘付けにした。


 西園寺は誇る訳でもなく、当然の事のように言う。


「私は街を歩けば常に誘拐の危険があります。なので、一通り護身術を身に付けているだけです」


 清流のような、澄んだ美しい声が響く。気品溢れる佇まい、人形のように美しい容姿、聞く者を安心させる声音。正に、人の上に立つ為に生まれて来たと言っても過言ではないだろう。

 もしかすると、向こうの世界では西園寺が消えた事で、大変な騒ぎになっているのかもしれないが、それは僕が考える事ではない。


 その後は馬淵のように暴走する生徒はおらず、一日目の訓練は終了した。因みに、後半の訓練に馬淵達は現れなかった。

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