第12話 見慣れた授業風景

 朝日が顔を照らす。眩しさに目を覚ますと、僕は自分の部屋のベッドに寝かせられていた。

 体を起こそうとすると、昨夜ブラッドに蹴られた鳩尾が痛む。


「っつ……!」


 思わず苦悶の声が漏れる。すると、部屋の隅から声が聞こえて来た。


「目が覚めましたか」


 声がした方を向くと、何故かメイド姿で朝食を取るシュガーがいた。


「シュガー、貴女が僕を運んでくれたんですか?」


 僕が問うと、シュガーは手を止めてこちらを向く。


「陰のメンバーだけの時は良いですが、他の人がいる前でその名で呼ばないで下さいね。貴方を運んだのはブラッドです。彼女も反省していたので怒らないであげて下さい」


 シュガーが錠剤の入った瓶と金色のブレスレットを渡してくる。


「これは何ですか?」

「筋繊維の修復を促す薬です。貴方には回復魔法が効かなかったのでこれを使って下さい。ブレスレットは、カトレア殿下からです。道具を使う時のカモフラージュに使って下さい、との事です」


 物凄く怪しい薬だった。副作用が怖いが、今の僕はそんな事を気にしていられない。これからの戦闘訓練の事を考えると必ず必要になる。

 ブレスレットはかなり有難い。これで、堂々と大浴場に行ける。部屋の風呂も悪くは無いが、やっぱり大浴場があるならそちらに行きたい。


「ありがとうございます」

「これから毎晩、昨日の広場で戦闘訓練を行います。時間は二十時。それと、昨夜聞いた事は他言しないで下さい。もし、他言すれば」


 シュガーが目にも留まらぬスピードで、スカートの中に隠し持っているナイフを取り出す。無言の圧力に僕はこくこくと頷く事しかできなかった。

 僕の反応に満足したのか、シュガーは太腿のホルダーにナイフをしまう。


「それでは私は失礼します。一時間後に朝食なので食堂に来てください」


 そう言ってシュガーはスープの残ったお椀を持って部屋を後にした。


 昨夜の事を思い出す。カトレア殿下は何故僕を陰に入れたのか。魔操を教える為というのなら陰に入れる必要はない。魔素伝導率ゼロパーセントだから? だが、僕は魔王を倒せば元の世界に帰る。それまでの間に陰でできる事は多くないだろう。戦闘訓練がいつ終わるかも分からない。

 カトレア殿下は別の任務と言っていた。わざわざ僕に頼むという事は、陰のメンバーにはできない事。クラスメイトに関係する事か? だとしてもぼっちの僕にできる事があるとは思えないが。


 兎に角、今は戦闘訓練をするしかないか。

 僕は思考を切り上げ、シャワーを浴びる事にする。鳩尾が痛みまともに動けないので、纏を発動させ無理やり体を動かす。

 蛇口のセンサーに手をかざすとお湯が出て来る。体内の魔素に反応する、と言っていたが、纏にも反応するようだ。


 シャワーを浴び、ベッドに寝転び暫くぼーっとしていると、時間になったので食堂に向かう。食堂では既に何組かの生徒が朝食を食べ始めていた。

 僕は食堂の隅の席に座り、一人で朝食を取る。この二日間は誰かと食事を取る事が多かったので、一人で食事をするのは久しぶりに感じる。誰かと食事をするのも悪くないが、やはり僕は一人の方が落ち着く。


 朝食を終えるとそのまま講堂に向かう。今日からクラスでの戦闘訓練も始まるが、その前に講堂で座学がある。

 講堂には数名の生徒が既に席に座っていた。僕は、真ん中の列の窓際の席に座る。


 それから十分程経つと、続々と生徒達が講堂に入って来る。生徒が全員集まり少しすると、カトレア殿下がいつものスーツ姿で講堂に入って来た。


「はーい、授業を始めまーす。一ノ瀬君号令をお願いします」


 カトレア殿下がそう言うと、一ノ瀬が良く通る声を講堂に響かせる。


「起立、礼、着席」


 カトレア殿下は一度生徒達を見渡すとにっこりと笑う。


「全員いますね。良かったです。今日から戦闘訓練を行いますが、その前に皆さんにこの世界の事を知ってもらいます」


 カトレア殿下が黒板にユーラシア大陸のような形の地図を描く。中心より少し左、六対四くらいの割合になる所に縦に線を引く。そして、左側に魔族領域、右側に人族領域と書き込む。


「これがこの世界、正確にはこの大陸の地図です。大陸の外側は未開拓領域で、まだ調査が行われていないので何があるのか分かっていません。アステアナ王国はここです」


 境界線の少し右、大陸の中心部分に丸を描く。境界線が戦場だとすると、国王の言う通りこの国はかなり戦場から近い位置にある。


「皆さんもご存じの通り、現在人族と魔族は戦争状態にあります。では、魔族とはいったい何なのか。その説明をするには、先ず魔物について理解して頂く必要があります」


 カトレア殿下は黒板に三種類の犬の絵を描く。一つは普通の犬。もう一つは一本の角の生えた犬。最後は二本の角が生えた犬。


「この世界の生物は魔素を多く取り込む事で魔物となります。魔物となると額に一本の角が現れ凶暴性が増します。取り込んだ魔素の量に比例して角も大きくなります。角が大きい程強力な魔物という事です。そして、魔素が一定量に達すると、魔物は魔族となります。魔族となると、取り込んだ魔素が脳を活性化させ、高い知能を得ます。角は二本になり、姿は人型に近づきます。魔族とは生物が魔素を取り込み進化した結果です」


 生徒達の殆どは真剣にカトレア殿下の話を聞いているが、中には退屈そうに窓の外を見たり、居眠りしている生徒もいる。この状況でよくそんな事ができるものだ。カトレア殿下はそんな生徒達を気にもせず説明を続ける。


「次に戦争についてですが、この戦争が始まったのは今から十五年前です。十五年前、突如魔王を名乗る魔族が現れました。魔王は瞬く間に魔族を纏め上げ、人族領域に攻め込んできました。当時、大陸の八割を占めていた人族領域でしたが、後に第一次魔族侵攻と名付けられた戦いによって、現在の境界まで後退を強いられました」


 カトレア殿下は赤の点線で当時の境界と思われる線を書き込む。


「その後も断続的に魔族の進行は続いていますが、人族の総力を挙げて何とか現在の戦線を維持しています。しかし、それは第一次魔族侵攻程の規模の侵攻が行われていないからで、もう一度同じ規模で攻められれば、人族領域は更に後退する事になるでしょう」


 それなら、何故魔族は攻めてこないのか。侵略が目的なら今すぐ攻めてきてもおかしくない。力を貯えているのか。それとも、何か別の目的があるのか。


「皆さんにはそんな戦いに参加して貰うのですが、皆さんには後方から魔法で支援して貰います。魔素が尽きた時、身を守る為に剣の訓練も行って貰いますが、基本的に魔族との戦いでは魔法を使うと思っていて下さい」


 その言葉に数名の生徒が胸を撫で下ろす。武器を持って戦う訳ではないと分かってほっとしたのだろう。


「魔法には大きく分けて六種類の属性があります。地水火風の四大属性に光と闇の二属性を加えた六属性です。個人によって属性との相性は変わってきます。皆さんの相性は解析し、アプリに表示しています。各属性を更に細かく分ける事もできます。例えば、世界渡りなどの転移魔法は風属性の空間魔法、といった風に。細かい魔法の相性は魔法を使って地道に調べていくしかありません」


 生徒達はアプリを立ち上げ自分の属性を確認する。僕も一応確認してみるが、表示されるのは『無』という文字。

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