第10話 左手を胸に

 夕食を済ませて一ノ瀬達と別れると、部屋で漫画の続きを読む。丁度最終巻を読み終えたタイミングで再びドアがノックされる。

 また一ノ瀬達が来たのかとドアを開けると、そこには黒いマントを羽織り、フードを深く被った、見るからに怪しい五人が立っていた。


 僕が何か言う前に、一人が僕を抱えて部屋に入る。他の四人もそれに続く。そのまま、部屋の窓を開け縁に足を掛けた。


「嘘だろ」


 ここは居住棟の四階。高さは約10m。落ちれば無事では済まない。しかし、謎の人物は僕を抱えたまま躊躇なく窓から飛び出した。

 人を一人抱えているにも拘らず、謎の人物は木や城の屋根を伝って夜の闇を翔る。


 謎の五人組は忍者のように空を翔け、あっという間に城壁を越える。そのまま城下町も駆け抜け、街外れの広場まで来ると僕を下ろした。


 広場には同じマントを羽織り、フードを被った人物が一人立っていた。

 僕の部屋に来た五人は、その人物に跪く。そして、僕を抱えて来た人物が口を開いた。


「連れてまいりました」


 平坦なその声は明らかに女性のモノだった。僕を軽々しく抱えていたので、てっきり男だと思っていた。


 報告を受けた人物は振り返りフードを脱ぐ。


「ご苦労様です」


 謎の人物は先生だった。驚く僕に先生は申し訳なさそうに言う。


「驚かせてしまって申し訳ありません。効率を考えてこのような方法になってしまいました」

「いや、まあ驚きましたけど、ここに先生がいる事の方が驚きですよ」


 僕がそう言うと、先生は小さく笑みを浮かべる。


「ふふ、私がここにいる理由を説明する前に、この子達を紹介します」


 跪く五人が立ち上がり、フードを脱ぐ。


「この子達は第一王女直属諜報部隊『かげ』。私の手足となって動いてくれる裏の部隊です」


 僕を抱えてきた女性が口を開く。


「陰、リーダー、『ブラッド』」


 ブラッドというのはコードネームのようなモノだろう。美しい金髪を腰辺りまで伸ばし、左目に眼帯をしている。右目はサファイアのような美しい青色。年齢は僕と同じくらいに見える。


「『シュガー』」

「あなたは」


 続いて名乗ったのは、昼間僕達の案内をしてくれたメイドのエクレアだった。エクレアは感情を読ませない無表情で俺を見つめる。


「『ウォッカ』」


 赤黒い髪をオールバックにした、190cm程ありそうな長身の男が名乗る。


「『ライアー』」


 そう名乗ったのは身長150cm程の小柄な少年? だ。長身のウォッカの隣に立つと、余計に小さく見える。ライアーは中性的な顔立ちで、特徴的な青い髪を後ろで括っている。


「『メモリー』」


 最後に黒髪を肩辺りで切り揃えた、メガネの女性が名乗る。身長160cm程で、マントの上からでも分かる程の大きな胸が存在を主張している。


 それぞれ名乗った名前はこちらの言葉ではなく英語だった。しかし、陰の部隊としての練度は、昨日今日できた部隊のそれではない。


「先生はこちらの世界と向こうの世界を何度か行き来しているんですね」


 違和感はあった。風呂や食事等、明らかに向こうの文化が取り入れられていた。それは、口頭で伝えられるレベルの完成度では無く、それを知っている者が作ったか、直接見て指示を出したかというレベルだった。


「やはりばれてしまいましたか。そうです、私は何度も世界を往復しています」


 世界渡りには長い時間魔素を溜める必要があるはず。それも、魔素伝導率5パーセントの先生が行うなら尚更。

 僕が怪訝な視線を送ると、先生はふう、と小さく息を吐く。


「兄に聞きましたか。私の魔素伝導率が5パーセントだという事を。それは、貴方をここに連れて来た理由とも重なるので、先ずはそれを話します」


 先生は姿勢を正し、王女のオーラを纏う。


「黒月君、貴方には第一王女直属諜報部隊、陰に加わってもらいます」


 陰に加わる? 魔法を使えない僕が加わって何になると言うんだ。

 困惑する僕に先生は言葉を続ける。


「陰は『魔操まそう』という独自の技術を使います。これは、魔素を体内に取り込む事無く、空気中の魔素を操作する技術です」


 体内に取り込まない、という事は、魔素伝導率は関係ないのか。つまり、僕にも魔操は使える。


「陰に加わって頂けるなら魔操を教えます。しかし、加わって頂けないならこの場での記憶を消します」


 メモリーがクイッとメガネを押し上げる。どうやら、名前の通り記憶に関する何かができるようだ。


 先生が昨日言っていた事はこれか。魔操が使えれば僕にもこちらの道具を操作できる。要するに僕に選択肢は無い、という事だ。


「分かりました。陰に加わります」


 僕が見よう見まねで右手を胸に当て敬礼の形を取る。すると、シュガーが淡々と指摘する。


「この国の敬礼はそれで正しいですが、我々の場合左手を胸に当てます。右手は剣を持つ手、左手は盾を持つ手とされています。右手を胸に当てる動作は武器を持っていない事を示し、敵意が無い事を表します。しかし、我々の任務は殿下の護衛も含まれます。その為、常に武器を隠し持っている。なので、左手を胸に当てます。そして、それは盾を持たないという事。命を差し出す、という事です。この敬礼は我々が忠誠を誓ったカトレア殿下以外には使いません」


 陰の五人が先生、いや、カトレア殿下に向き直り、左手を胸に当てる。僕もそれに倣い、左手を胸に当てる。それを見てカトレア殿下は満足そうに笑う。


「では、先ず黒月君には魔操を身に付けて貰います。シュガー」

「はっ」


 シュガーが一歩前に出る。


「魔操を身に付けるには、先ず魔素を知覚しなければなりません。直接体に魔素を流し込む方法もありますが、貴方にはそれができないので別の方法を取ります」


 シュガーが祈るように胸の前で手を組む。すると、シュガーの周りに蛍の光のような光が現れる。

 その光が視界に入った瞬間、世界が変わる感覚がした。

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