第4話 夜食といえばラーメン

「夕食を持ってきました。私も一緒に食べても良いですか?」


 聞いておきながら先生は僕の答えを待たず部屋に入って来る。部屋に椅子は一つしかないので、先生はテーブルをベッドの前に移動させそのままベッドに座る。


「まだ何も言ってないんですが」


 僕がそう言うと先生はにっこりと微笑む。


「まあまあ、冷めないうちにどうぞ」


 僕はこれ見よがしに溜息を吐きながら椅子に座る。それを見て先生は口元を手で隠し上品に笑う。

 先生が持って来た夕食は、コッペパンのような物と野菜のような物の入ったスープだけという夕食としては寂しいものだった。


「すいません。大したものも出せず」


 先生が申し訳なさそうに言う。


「いえ、大丈夫です。急に40人分の食事を作るのは大変でしょう」

「黒月君は大人ですね。食事を運んだ者達によると、殆どの人が文句を言っていたようですよ」


 この食事ならそれも仕方ないだろう。だが、魔族と戦争中という事を考えれば、全員分の食事を準備してくれるだけでも有難いと思わないといけないだろう。


「それで、僕に何か用ですか?」

「はい、言葉が分からないのは困るでしょう。私が教えてあげます。私は先生ですからね」


 先生がドヤ顔で大きな胸を張る。どうやら先生には気品ある王女モードと、親しみやすい先生モードがあるみたいだ。


「それは助かります。でも、何で僕が言葉が分からないって気付いたんですか?」

「言語インストールは魔法ですので、魔素伝導率ゼロパーセントの黒月君には効果が無い事は分かっていました」


 魔素伝導率0パーセントというのは魔法の効果も消してしまうのか。それで、転移もできなかったのか。


「じゃあ、僕はなんで転移できたんですか?」

「転移には対象転移と範囲転移があります。読んで字の如く対象転移は対象を決めての転移、範囲転移は範囲を決めその範囲内のモノ全てを転移します。魔法を通さない黒月君は対象に指定できないので、範囲転移で転移させました」

「なるほど」

「普段の授業では全然質問して来ないくせに、こういう時は質問して来るんですね」


 先生が呆れたように溜息を吐く。普段の授業は興味が無いから、とは言えないのではは、と愛想笑いをしておく。


「まあ、それは今は置いておいて、言葉の勉強をしましょう」


 先生は僕が最低限聞き取れるようになるまで付き合ってくれた。壁に掛けられた時計を見ると、既に午前二時を回っていた。


「お疲れ様でした。黒月君は英語が得意なだけあって、言葉を覚えるのは早いですね」

「それ関係あるんですか。こんな遅くまで付き合って貰ってありがとうございました」


 僕がお礼を言うと、先生は胸に手を当てて言う。


「いえいえ、私は先生ですから。困った事があったら遠慮しないで頼って下さい」

「先生も忙しいんじゃないですか? 第一王女って言ってましたし」

「ああ、それなら大丈夫ですよ。そういう事は全部兄の仕事なので。私の仕事はそちらの世界から素質のある人を連れてきて、育成する事です。なので、これも王女としての仕事とも言えます」


 んー、と先生が伸びをする。今まで気にしていなかったが、先生は薄手のワンピース姿で胸元が大きく空いている為目のやり場に困る。


「流石にお腹空きましたね。何か夜食を作ってきます」


 先生が部屋を出て行く。僕は風呂にお湯を溜めておこう、と風呂場に向かうがお湯の出し方が分からない。形は日本の風呂と似ているが、蛇口のハンドル部分が無い。代わりにセンサーのような物が付いているが、手をかざしてみても何も起こらない。

 仕方ないのでベッドに寝転び携帯電話にダウンロードしてある電子書籍を読む。以前まとめ買いしていた漫画をまだ読んでいなかったので、それを読んでいると、丁度一冊読み終えたタイミングで先生が戻って来た。


「すいません、ドアを開けてもらえますか」


 ドアを開けると先生がお盆に二つの丼を乗せて持っていた。湯気の立つ丼の中身は、なんとラーメンだった。


「凄いでしょう。こちらの世界にもラーメンがあるんですよ」


 先生は自慢げに言いながらテーブルに丼を並べる。


「まあ、驚きましたけど、この時間にラーメンって」


 僕がそう言うと先生はやれやれと首を振る。


「分かっていませんね、黒月君は。夜食といえばラーメンに決まっているでしょう。それに、この時間に食べるから美味しいんじゃないですか。深夜にラーメンを食べるという背徳感。これが何にも勝る最高のスパイスです」


 王女様が物凄く庶民的な事を言い出した。


「さあ、伸びない内に食べましょう」


 そう言って先生はベッドに座る。


「そう言えば、風呂のお湯の出し方が分からなかったんですが、どうやって出すんですか?」


 ラーメンを口に運ぼうとしていた先生が手を止める。


「ああ、あれは魔素を使って動かします。食べている間に溜めておきましょうか」


 先生が風呂場に向かったので僕も付いて行く。


「ここに手をかざすと体内の魔素を検知します」


 先生がセンサーのような物に手を当てるとお湯が出てきた。


「温度はこれくらいで良いですか?」

「はい、ありがとうございます」

「いえいえ。この城では殆どの物が魔素で動いているので、黒月君にはかなり不便ですね。すいませんが明日まで待ってもらえますか」


 この世界で魔素はそれ程大事な物なのか。僕は本当に何もできないんだな。


「まあ、何もできないので待つしかありませんが」


 待ってどうにかなるのならいくらでも待とう。


「ふふ、そうですね。それでは、ラーメン食べましょう。早く食べないと伸びてしまいます」


 先生は再びベッドに座り、ラーメンを食べ始める。僕も席につきラーメンを食べる。スープは少し薄いがちゃんとしたラーメンだった。

 それに、先生の言った通り深夜にラーメンを食べるという背徳感からか、いつもより美味しく感じた。


「ふー、やっぱりこの時間に食べるラーメンは最高ですね」


 食べ終えた先生は、満足そうに息を吐く。王女のような雰囲気は何処に行ったのか、いつもの先生に戻っていた。


「そろそろお湯溜まりましたかね」


 先生が風呂場に行き、センサーのような物に手を当てるとお湯が止まる。


「では、私は戻りますね。あ、ラーメンを食べた事は他の皆さんには内緒ですよ」


 先生はしー、と唇に人差し指を当てる。


「言いませんよ。本当にありがとうございました」

「いいんですよ。では、おやすみなさい」

「はい、おやすみなさい」


 先生が空になった食器を持って部屋を出る。すると、一気に眠気が襲ってきた。折角先生がお湯を入れてくれたのだから風呂には入ろう。

 浴槽は、身長175cmの僕が足を伸ばせる程広かった。


「あー、こっちの世界に風呂があって良かった」


 三十分程お湯に浸かり風呂を上がる。バスローブが置いてあったのでそれを着て、ベッドに寝転ぶと一分と経たず僕は眠っていた。

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