ワンピース妄想話 空白の100年
たてのすけ
第1章
月の都市ビルカは、かつて星屑のように輝いていた。無数の塔が夜空を切り裂き、機械の鼓動が空気を震わせ、ミンク族の咆哮やロボットの駆動音が響き合っていた。だが、今、その輝きは色褪せつつあった。資源は枯渇し、風は冷たく、塔の光はまるで涙のように瞬く。ビルカの民は知っていた——この月は、ゆっくりと死にゆこうとしている。
月姫ネロナ・セレーネは、玉座の窓辺に立っていた。長い銀髪が月の光に輝き、青い瞳は遠く、遥か彼方の青い星を見つめていた。彼女の手に握られた古びた文献は、ビルカの歴史を綴るものだった。そこには、青い星の20の王国が奴隷制度を敷く様子が記されていた。だが、セレーネの心は別の光景に囚われていた——昨夜見た夢だ。
「いつか、この星が本当の意味で一つになるよ!」
夢の中で、少年と少女が丘の上で笑い合っていた。少年は暁月ソル、先代月姫ネロナ・ルナの幼馴染。ふたりは青い星の風に吹かれ、自由について語り、未来を誓い合った。セレーネはその夢を何度も思い返し、胸の奥で熱いものが灯るのを感じていた。
「姫様。」
背後から、低く落ち着いた声が響いた。振り向くと、ミンク族の戦士長ガルフが立っていた。虎のような姿に、鋭い爪と黄金の瞳。だが、その声には敬意と不安が混じる。
「資源の報告が届きました。エネルギー鉱石の残量は、半年を保つのがやっとです。」
セレーネは唇を噛んだ。彼女の能力——人の思いつきや理想を具現化し、物や人に力を宿らせる力——はビルカの繁栄を支えてきた。彼女が作り出した「奇跡の果実」は、ロボットに心を与え、ミンク族に新たな力を授け、人間に夢を形にする力を与えた。だが、その力は争いも生んだ。果実を巡る戦い、力への欲望。セレーネの純粋な願いは、時に民を傷つける刃と化した。
「ガルフ…私の力は、皆を幸せにするためにあるはずなのに。」彼女の声は震えた。「なぜ、争いばかりが生まれるの?」
ガルフは静かに頭を下げた。「姫様の心は純粋です。だが、力は使う者の心を映す。それが月の民の宿命なのかもしれません。」
セレーネは目を閉じ、深く息を吐いた。彼女の能力は、ビルカの科学技術と結びつき、驚異的な文明を築いた。飛行する機械、星を観測する塔、海すら作る技術。だが、資源がなければ、それらはただの鉄の亡魂だ。
「青い星へ行くわ。」セレーネは静かに、だが力強く言った。「あそこなら、私たちの未来がある。新しい故郷を、皆で築くの。」
ガルフの瞳が揺れた。「しかし、姫様。文献によれば、青い星は20の王国が支配し、奴隷制度が横行しています。危険すぎます。」
「知ってる。」セレーネは微笑んだ。その笑顔は、月の光のように優しく、どこか儚い。「でも、夢を見たの。ソルとルナが誓った、自由な世界。あの星には、希望があると信じたい。」
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その夜、ビルカの中央広場は熱気に包まれていた。月の民が集まり、移住計画の発表を待っていた。人間、ロボット、ミンク族——それぞれの姿が月の光の下で一つになる。セレーネは高台に立ち、民を見下ろした。彼女の背後には、科学者リノスが作った巨大な投影装置が青い星の姿を映し出していた。
「私の民よ。」セレーネの声は、静かだが遠くまで響いた。「ビルカは、私たちの誇りだった。だが、月はもう私たちを支えられない。新たな故郷を、青い星に求める時が来た。」
広場がざわめいた。ミンク族の若者が叫んだ。「青い星? あそこは野蛮な世界だ! 奴隷制度なんて、俺たちの誇りを汚す!」
「そうだ! 俺たちは月の民だ! ここで戦って死ぬ方がマシだ!」別のロボット兵士が金属の腕を振り上げる。
セレーネは手を挙げ、静寂を求めた。「皆の不安は分かる。でも、逃げるんじゃない。新しい未来を掴むために、進むのよ。」
彼女は一歩踏み出し、声を高めた。「私は、皆の夢を信じている。自由に生きる夢、争いのない世界を築く夢。それを青い星で叶えるの。私の力で、皆の願いを形にするわ!」
その言葉に、民のざわめきが収まった。セレーネの瞳には、純粋な光が宿っていた。彼女が手を振ると、空に光の花が咲いた——彼女の能力で生み出された幻影だ。花は青い星の形に変わり、民の心に希望を灯した。
「姫様…本当にできるのか?」若者ミンクが呟く。
「できるさ。」隣のロボットが答えた。「姫様の力は、奇跡を起こすんだから。」
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準備は急ピッチで進んだ。リノスの指導の下、巨大な方舟「ノア」が建造された。月の科学技術の粋を集めた船は、星を渡るための力と、すべての民を運ぶ希望を備えていた。ノアの船体には、月の文字が刻まれ、セレーネの能力で輝く光が宿っていた。それは、ビルカの民が新たな故郷へ旅立つ象徴だった。
セレーネは毎夜、文献を読み返し、青い星の20の王国について学んだ。奴隷制度、支配、戦争。その闇に、彼女の心は揺れた。「私が間違っていたら…この力で、また争いを生むだけなら…」寝室で、セレーネは一人呟いた。彼女の手には、小さな果実があった。彼女の能力で生み出したもの——まだ名も知られぬ力の結晶。彼女はそれを握り潰し、涙をこぼした。「お願い…私の力で、皆を幸せに導いて。」
その時、再び夢を見た。ソルとルナが丘に立ち、笑い合う姿。ソルが言った。「ルナ、俺たちの星は一つになるよ。月の光と太陽の輝きで、な!」
目覚めたセレーネは、涙を拭った。「ソル…ルナ…あなたたちの夢、私が継ぐわ。」
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移住の日が来た。ノアは月の民を乗せ、青い星へ向けて飛び立った。セレーネは船の甲板に立ち、ビルカを見下ろした。輝きを失った塔、静まり返った街。彼女の胸に、郷愁と決意が交錯した。ノアの船首には、月の光を象徴する彫刻が輝き、まるで新しい星へ導く希望の灯していた。
「姫。」ガルフがそばに立つ。「ノアは、私たちの全てを運んでくれる。本当に…後悔はないか?」
「ないわ。」セレーネは微笑んだ。「だって、ノアが運ぶのは、私たちの夢そのものよ。」
ノアは星の海を渡り、青い星へと降り立った。そこには、広大な海と、20の王国の影が待ち受けていた。セレーネは知らなかった——彼女の決断が、空白の100年と呼ばれる歴史の幕を開けることになることを。
(第1章 終わり)
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