第四話

 ここ数日で、だいたいの法則がわかってきた。あの「キキョウ」と書かれた箱の中身──煙草。あれは、きちんと条件を守っていれば、恐ろしいほど便利だ。けれど、便利すぎる道具というのは、えてして破滅を連れてくるものだ。だから大それたことはしない。せいぜい「朝に一万円が欲しい」と願って一本吸う。残りの二本は必要な時のために取っておく。それだけ。

「足るを知る者は富む」とは、まさにこのことだろう。

 三が日も過ぎ、正月の喧騒も落ち着いてきた。特にやることもないし、桜史郎を誘って昼飯にでも行くことにした。彼とは小学生の頃からの付き合いだ。いい加減で飄々としているけど、義理堅くて根は優しいやつだ。レポートはほとんど自分で書かないくせに。

 今日の目的は追加の「実験」だった。食事はそのついでだ。

 プリンや石鹸のような物質は願えば現れる。それはもう確認済み。では、人間は? 人を呼び出すことは、果たして可能なのか──。

 箱から煙草を一本取り出し、静かに火を点ける。心の中で、桜史郎に会いたいと願う。途端に、インターホンの音が鳴った。

「やあ、あけましておめでとう。急に悪いね。この前言ってた飯、奢ろうかと思ってさ」

 思わず口から言葉が漏れる。「……これはすごい」

「何がすごいの?」と彼は首をかしげた。

「いや、なんでもない。いつものとこ行こうか」

「うん、いいね」

 いつものファミレスは平日の昼間だというのに家族連れでにぎわっていた。騒がしい声の合間を縫うように、彼と静かに席につく。メニューを見てから注文を済ませ、彼はドリンクバーで珈琲を取ってきた。

「一日三回、何でも願いが叶う煙草があったらどうする?」と訊いてみた。

「僕なら……使わないかな。まあ、使うとしても、料理の材料とか、そういうのに使うよ。派手なのは性に合わないし」

 昔の彼なら、もっとくだらないことを願っていたはずだ。そう考えると、歳をとるってのも悪くないのかもしれない。

 彼との食事を終えて帰宅した。その後、もう一つ気になっていたことを試してみることにした。

 彼女のこと──かつて神社で姿を消したあの女の人。左目の下に並んだ二つのほくろ、どこか憂いを帯びた表情。姿は鮮明に思い出せる。もし、名前がわからないままでも煙草が効果を持つのなら……。

 手が震えるのを感じながら、ゆっくりと煙草を取り出す。目を閉じ、深く息を吸い、あの人の姿を心に浮かべてから、火をつける。

 ──ぱちっ。

 葉が燃える音が、やけに大きく響いた。

 目を開けると、そこにあったのは、一箱のセブンスターだけだった。

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