第14話
夕方に井田くんとレジの引継ぎをしてから、特に残業もせずにまっすぐ更衣室へ向かい、着替えをするため自分のロッカーを開ける。
中に置いていたスマホを手に取り画面を付けると、ロック画面にメモのスクショを張り付けていたことに気付いた。
るる、ごはん、忘れずに
それを見た瞬間、私の脳内で埋め尽くされていた平間さんとポニテ美少女の妄想が、家で待つ瑠琉ちゃんと七子ちゃんの姿に切り替わる。
「瑠琉ちゃん、お腹空かせてるよね」
それに、七子ちゃんが襲われて無いか心配。
というより、私が見てないとこでああいうことされるのが悔しいだけ。
店を出て近くのスーパーに寄り、六つ入りのロールパンや夕食の食材、牛乳などをカゴに入れていく。
ふとお菓子売り場で足を止め、チョコ売り場を探す。
本当は七子ちゃんにだけチョコを与えたいけれど、瑠琉ちゃんが空腹で私の帰りを待っていることを思うと、二人分を買わないわけにはいかない。
自分がいつも買う袋入りのミルクチョコを一つ入れ、その隣にあるアソートのチョコを二つ手に取る。
「……多摩川さん?」
チョコをカゴに入れたところで聞こえたその声の方を見ると、そこにはなんと平間さんの姿があった。
「ひ、平間さん!?」
「お疲れ様です。チョコお好きなんですか?」
平間さんは私のカゴの中を覗いて尋ねる。
「えっと、家で待つみんなにと思って」
「ご家族で住んでるんですか?」
「いや、一人暮らしだけど」
「???」
矛盾しているその発言に、平間さんは困ったように口を閉ざす。
「あぁ、えっとね」
この子に地縛霊のことを話すには、さすがに関係が薄すぎる。
だけどこれは私が平間さんとお近づきになれるチャンスかもしれない。そう見込んで、私は例え話から話しを始めた。
「平間さんは幽霊とか信じる?」
「え?ゆ、幽霊ですか!?」
私のいきなりの発言に、平間さんは1歩後ろに下がって動揺を見せる。
たしかに、行きつけのコンビニの店員とプライベートで会って、いきなりこんなこと訊かれたら驚くのは当然。
「例えばだけど、私の家に地縛霊の女の子がいたとして、その子たちに与えるためにチョコを買う。……ってかんじ?」
「いやいや、多摩川さんなに言ってるんですか?」
「嘘嘘。このチョコは私が食べるものだから」
平間さんはじっと私のカゴの中を見てから、「太りますよ」と言い残して、チョコの棚からチョコケーキのお菓子をひとつだけ取る。
「そういう平間さんは一つだけなの?彼女さんの分は?」
「彼女が帰ってくる前に食べきらなきゃなので」
「……あ、なるほど」
旦那に内緒で贅沢する専業主婦か。
「じゃ、晩ご飯作らなきゃいけないのでもう行きますね。お疲れ様です」
「うん、お疲れ様です~……」
こうして初めてプライベートで平間さんと会って、普通に会話をしていたけれど、本当に平間さんは可愛い。軽めに梳かれた長めのロングボブも似合ってて可愛いし、甘いものが好きなのに華奢な体形をキープしているのも魅力的。
去って行く背中を見届けてから、買い物の続きを再開した。
家に到着し玄関の鍵を開けて扉を開けると、部屋の明かりが真っ先に目に入る。
そして部屋の方からひょっこりと顔を出した瑠琉ちゃんが、スタスタと私の元へ歩いて来る。
「椎菜、おかえり」
玄関で靴を脱ぐ私を、何も考えていないようなくりくりお目目で見上げてくる、小麦肌の可愛い幽霊ちゃん。
……お出迎えなんて、反則ではないか。
仕事でのストレスも、平間さんのことも全て洗い流され、脳内が瑠琉ちゃんで満たされて行く。
「ただいま、瑠琉ちゃん」
靴を脱ぎ終えた私は、買ってきたものを玄関の脇に置くと、そのまま瑠琉ちゃんを抱き締めた。この子はこうしても全く嫌がる素振りを見せないから、私も遠慮を忘れて感情のままにこうしてしまう。
「椎菜、お腹空いた」
「うん、今作るから待っててね」
「……?」
私はそう言いながらもぎゅーっと瑠琉ちゃんの身体を抱き締め続け、冷たくて柔らかい感触を堪能する。
「椎菜、いつまでこうしてるの?」
「ずっと」
「……」
すると腕の中から瑠琉ちゃんが消え、私は思わず前に転びかける。すぐに顔を上げ、部屋の入り口に立って私を見つめてくる瑠琉ちゃんと目を合わせた。
「椎菜、早くご飯作って!」
「はいはい」
私が返事すると、瑠琉ちゃんは部屋の奥へと歩いて行く。
玄関の脇に置いていた買い物袋を持ち、冷蔵庫の前に置いてから買ってきたものを片付ける。ご飯を2号早炊きにしてスタートさせ、キッチンを片付けてからお風呂の準備をする。
着替えを取りに部屋に入ると、瑠琉ちゃんはいつも通りテーブルに突っ伏し、ベッドの方を見ると七子ちゃんの姿は見当たらない。
まさかと思い、顔を伏せる瑠琉ちゃんに尋ねた。
「ねえ、瑠琉ちゃん。七子ちゃんはまだ霊力切れで出てこないの?」
瑠琉ちゃんは顔だけ上げ、両手で手遊びをしながら答える。
「椎菜がお仕事行ってからすぐ消えちゃったよ」
すぐ……?
ベッドの上を見ると、読んでいたと思われる単行本が乱雑に散らばっていた。
七子ちゃんはちゃんと片付ける性格のため、あれはただ事ではない。
そして消去法で行くと、犯人は瑠琉ちゃん以外にいない。
「瑠琉ちゃん、また七子ちゃん襲ったでしょ」
「構ってほしいのに漫画ばっかり読んでるから、漫画ごと七子に抱き付いただけ」
それで七子ちゃんは機嫌を損ねて今も消えたままというわけか。好きなのは認めるけれど、瑠琉ちゃんの七子ちゃんへの少し強めな愛情も考えものだなぁ。
まあ寝る頃には出てきてくれるだろう。
そう信じることにして、着替えを準備し風呂へと向かった。
風呂から上がり、部屋には戻らずキッチンで晩ご飯の支度を進める。
仕事終わりは疲れてちゃんとした料理をする気力が湧かないため、簡単に親子丼を作り、お盆に二人分を乗せ部屋へ運んだ。
「おまたせ~。……って、あれ?」
さっきまでテーブルのいつもの席に突っ伏していた腹ペコ幽霊ちゃんが見当たらない。手に持ったお盆をテーブルに置きながら部屋の中を見渡していると、ある場所に目が留まる。
ソファの奥の端に、冬服のセーラー服を着た少女が座っていた。
少女は無表情でぼーっと真っ黒のテレビ画面を見つめ、微動だにしない。
……どちら様?
私はいきなり現れた少女に困惑してしまい、脳が一時的に状況把握という仕事を放棄し、ただ呆然とその少女のことを見つめ続けた。
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