第30話 人形劇
ある日の午後のお務め。スイゲツはいつものようにお務めに勤しむ。【聖水】の浄化の効力が消えたのか、風邪を引いたと訪れる人も増えてきた。とはいえあの時の感染症とはまた症状が違う。流行り病は次から次へとやってくる。
スイゲツはいつもの微笑みを浮かべながら、聖水を配り続ける。その途中、聖堂にふらりとエニグマが現れた。スイゲツが驚いたように目を見開くと、エニグマは唇に人差し指を当てて悪戯っぽく笑った。
再び聖堂の外に出ていくと、すぐそばで何やら箱のようなものを組み立て始める。聖堂のそばの庭で遊びながら中で親が聖水を受けるのを待っていた子どもたちが、不思議そうな顔で集まってくる。
エニグマは微笑みながら、箱を組み立て続ける。そして箱が完成すると、スイゲツにもらった青い巾着袋から人形を取り出す。
そして【傀儡】で人形を操って踊らせる。その様子に、子どもたちの目が釘づけになった。
「むかーしむかし、そのまた昔」
人形の動きに合わせてエニグマがひょうきんに語り始める。子どもたちはすっかり人形と物語の虜。物語の内容も、皆が知っているレイメイ王国の建国物語。
荒野ばかりの土地しか取り柄がなかった場所。そこに花を咲かせた一人の女がいた。今では聖女だったと語り継がれるその女が花を咲かせたのち、その場所には雨が降るようになった。
雨はその土地の恵みとなり、女のスキルの力が増した。木々が生い茂り、花々もより広がっていったという。
その場所に、一人の男がふらりと現れた。男は戦で住処を失い、生き残った仲間と共に暮らせる場所を探していた。男は見知らぬ花畑を見つけ、その中心に湧いていた泉で喉を潤した。
男が周囲を探索していると、花畑のそばで歌を歌いながら花冠を作る女がいた。男はその女に一目惚れをし、声を掛けた。
女と男は会話を交わした。女は男から事情を聞くと、憐れみを感じて男とその仲間をこの土地に住まわせることにした。
慎ましくも賑やかな暮らしが始まり、いつしか女と男は夫婦となり、子どもを授かった。周囲の人々はこの地を潤わせた女と、この土地への定住のきっかけとなったこの夫婦を女王と王として崇め、生まれた女の子を姫として大切にした。
そうして女王が緑を増やした場所を土地として、一つの小国として建国された。そしてしばらくの間、平和な時が過ぎていった。しかし、王女が亡くなりそうになった。国は悲しみに暮れ、国の衰退が囁かれた。
しかしその時、女王に孫が生まれた。その孫娘には、癒しの力があった。特別なスキルを持つ者が生まれたことで、国は安泰だと喜ばれた。
こうしてレイメイ王国にはひと世代に一人聖女が生まれるという特別な王族を守り、国として発展してきた。この国の安泰を守る聖女。その存在が尊ばれる理由も、建国物語に含まれている。
ひと通り物語を語り終えたところで、人形たちが一礼する。エニグマの楽しい語りにすっかり魅了されて釘付けになっていた子どもたちは、ぱちぱちと拍手をした。
「お兄ちゃん! もっともっと!」
「聞きたぁい!」
相手が誰か、なんて分かっていない子どもたちを前に、エニグマはどこか肩の力が抜けたような笑顔を浮かべた。
「もちろん、良いですよ。ですが皆さん? 後ろを見てみてください?」
エニグマに促されて子どもたちが後ろを振り向くと、こちらも人形劇に魅了されていた大人たち。聖水を受けて元気になった親たちに、子どもたちは嬉しそうに駆け寄っていった。
あっという間に子どもたちは人形劇から興味が逸れた。エニグマは少し寂しそうにしていたけれど、そこに一人の少年が駆け寄ってきた。
「お兄ちゃん! またお人形さんのやつ見たい!」
少年の目の輝きに、エニグマは心が温かくなった。膝を曲げて視線を合わせると、にこやかに頷く。
「はい、もちろんです。またお会いしましょうね」
エニグマにとって、【傀儡】のスキルでできたことを褒められることは何より嬉しい。恐れられないこと、人が離れていくこと。それが怖くて、人前ではスキルを使いたくないとすら思っていた。
けれど、スイゲツを始めとしてレイメイ王国の人々はエニグマのスキルを喜んでくれる。アビス王国では否定され続けたものを、認めてくれる。
それはレイメイ王国の人々がスキルでできることではなく、エニグマの使い方を見ているからだということ。エニグマの為人をまっすぐ見つめて、エニグマならば国を亡ぼすようなことはしないと思っている。
レイメイ王国の人々は、それが思い込みだったとしてもエニグマを嫌いにはならない。エニグマはそう信じていた。自分たちの目で見たエニグマのことを受け入れてくれる。そう思えた。
特に、スイゲツ。エニグマを心から信じている。エニグマはそれがどんな感情でも良かった。ただスイゲツが信じてくれるなら、レイメイ王国のために尽くそうと心に決めていた。
すっかり人気がなくなった庭で片付けをしていたエニグマは、ふと視線を感じて顔を上げた。木陰に目を向けると、スイゲツがひらひらと手を振っていた。
エニグマは嬉しくなってスイゲツの元にゆったりと向かう。本当は駆け寄りたいけれど、聖堂の管理者たちの目がある。
「来ていたんですね」
「ええ。聖水を配り終えて出てきたら、ちょうど終わりそうなタイミングでしたので。お片付けを待って一緒に帰ろうかと思いまして」
にこにこと笑うスイゲツ。エニグマは心が溶けるような心地がした。
「はい、もちろんです。一緒に帰りましょう」
スイゲツとエニグマは並んで宮殿に帰っていく。スイゲツはエニグマの顔をちらりと覗く。
「代償はどうですか? 大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。スイゲツさんより酷いことにはなりませんから」
「そんなことないでしょう? あの時だって大変だったではないですか」
スイゲツが頬を膨らませると、エニグマは苦笑いを浮かべた。
あの日、救国作戦の日。人形たちと感覚を共有しているエニグマは、人形たちが弓で貫かれるたびに痛みに顔を歪めた。出血こそしないものの、痛みは本物。翌日は倒れて寝込んだ。
スイゲツも倒れて寝込んだものの、後からその話を聞いて青ざめた。それ以来エニグマがスキルを使うことを酷く心配している。
エニグマはそんなスイゲツに苦笑いしながらも、嬉しそうに笑っていた。スイゲツが自分のことを全く気にしないのに、エニグマのことは心配してくれる。エニグマはその分スイゲツのことを心配して、見守ろうと心に誓った。
「スイゲツさん、いつも心配してくれて、ありがとうございます」
「当たり前ですわ。エニグマさんはわらわの婚約者ですし、それ以前に、大切な友人でもあったのですから」
総じていえば、大切な人。まだ婚約者や友人という言葉を介していなければいけない間柄ということに少し寂しさを感じながらも、エニグマは嬉しそうに微笑んだ。
「私も、これからもっとスイゲツさんのことを大切にしますからね」
エニグマの静かな言葉に、スイゲツは不思議そうに首を傾げた。
「もう十分大切にされていると思うのですが……」
「ふふ、まだまだ足りませんよ」
エニグマの言葉に、スイゲツは呆れたように笑った。
「その分自分を大切にして欲しいのですが?」
「その分は、スイゲツさんが心配してくれるだけで、十分なんですよ」
エニグマの言葉に、スイゲツはくすりと笑う。そして静かに呟いた。
「私が、エニグマさんのことを誰よりも大切にしましょう」
その小さな呟きに、エニグマはそっとスイゲツの手を握った。
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