第25話 誓いの夜
婚約式を終えた夜。スイゲツは着物を着替えると、今夜もこっそりと部屋を抜け出した。そろそろと宮殿を抜け出そうとしていると、庭でこつんと背中に何かがぶつかった。
「ヒュオーン」
いつになく静かなゼファーの鳴き声。スイゲツのこっそりとした動きに合わせるような動きに、スイゲツは小さく笑みを零した。そして、ゼファーの背中に乗っているエニグマに視線を向けた。
「どうしたんですか? こんな夜更けに」
「それはこちらのセリフですよ。今夜も秘密のパーティーですか?」
「はい。小腹が空いたので」
婚約式を終えてから、スイゲツはいつものようにお務めを果たした。スキルの使用で空いてしまったお腹。会場に集められたお菓子のうち、半数以上を平らげたとはいえ、やっぱり甘いものは別腹だったらしい。
まだ残されているお菓子はあるものの、そういう気分ではない。今夜くらい部屋から出させないようにしようと画策したカスゲの計画は早速破綻した。
「今度はしょっぱいものが食べたくなってしまったので、今夜も狩りをしようと決めましたの」
「そうでしたか。それならば、私もお供してもよろしいですか?」
「はい、喜んで」
スイゲツは差し出されたエニグマの手を取る。そしてエニグマの前に座るようにゼファーの背中に跨った。
「ゼファー、頼む」
「ヒュオーン」
静かな足取りでゼファーは進んでいく。大きな身体を器用に使って、街を抜け、森を抜けていく。いつもの広場に到着すると、膝を折ってスイゲツとエニグマを下ろした。
「ありがとう、ゼファー」
「ありがとうございます」
「ヒュオーン」
満足げに鳴いたゼファーの角を撫でてあげてから、スイゲツは罠の確認を始める。エニグマも興味深そうについていく。スイゲツの速さについていくだけでやっとだが、それでもスイゲツの邪魔にならないように気を遣う。
罠を確認していると、一つ、木からぶら下げた罠に獲物が掛かっていた。角が罠に絡まり身動きが取れずに暴れている鹿型の魔物。その特徴はエメラルドの宝石で出来ている日本の雄々しい角。
「エメラルドディアですわね」
「エメラルドディアって、あの?」
エニグマの問い掛けにスイゲツは頷いた。
「柔らかな肉と赤身の旨味が特徴の、あのエメラルドディアですわ」
「え、あ、そう、ですね」
エニグマとしては、あの角が高価に売買されることで有名なジュエルディアの一種のエメラルドディアか、と聞きたかったのだが。いつでも平常運転のスイゲツに少し笑ってしまう。
「早速解体しますわ」
スイゲツは大物相手に止水を取り出して木に登る。木の上から飛び降りて背後から首を切り落とす。いとも簡単に一撃で仕留めると、すぐに解体を始める。
エニグマはこれまでに何度かスイゲツが解体をする場面を見たことがあるけれど、やっぱり慣れない。普段のおっとりした穏やかな印象とはかけ離れた手捌きに気持ちが追い付かない。
サクサクと解体され、素材が収納される。スイゲツいわく柔らかく赤身の旨味が特徴的なお肉だけが残される。
スイゲツは早速火を起こして、焼き肉の用意。そして今日は久しぶりのお鍋も作る。聖水を鍋に満たして、野草とお肉を入れる。フライパンに入れた肉もジュウジュウと焼く。
グツグツ、ジュウジュウ。
調味料で味をつけると、良い香りが漂う。魔物避けに置かれたエメラルドディアの角が神々しく輝いている。
そもそもジュエルディアと呼ばれる魔物は個体数も少ない。人前に姿を現すこともほとんどないため、年間討伐数はジュエルディア全体で1頭か2頭。全く現れない年もある。
採掘される宝石よりも純度が高く高密度な宝石でできた角を求めて、冒険者ギルドに依頼を出して討伐隊を組む商人もいる。見つけられないことがほとんどだが、運良く見つけられたとしても、討伐できないことがほとんど。
後ろ蹴りや頭突き、角で貫かれるなど、冒険者たちは無傷では済まない。前からも後ろからも近づくことができない。横から切りつけようにも、すばしっこく方向転換されてしまう。残された手段はスイゲツのように上から攻撃を仕掛けること。
けれどジュエルディアはすばしっこく、警戒心が強い。他者の気配がする場所で一点に留まっていること自体まずあり得ない。罠にかからない限りには、討伐することが難しいとも言える。
その討伐難度から、ランクはS。本来ならばスイゲツが敵うような相手でもない。けれど罠にかかって動けない相手を前に、隙を見つけられないスイゲツではない。
鍋がぐつぐつと煮立ち、肉がこんがりと焼き上がる。香ばしい匂いにスイゲツは満足げに笑う。
「美味しそうですわ」
「そうですね。良い火の通り具合です」
「それでは、いただきましょうか」
スイゲツは三人分器によそう。ゼファーの分にはお肉を入れず、エニグマの分はどれくらい食べられるのか聞きながら。午前中のお菓子がまだまだ胃袋に残る上に夕飯を食べたこともあって、エニグマはかなり少ない量をよそってもらった。
「ありがとうございます、スイゲツさん」
「いえいえ。むしろ、こちらこそありがとうございます。こうして付き合ってもらえて、とても嬉しいんです」
狸と狐のぬいぐるみと一緒にいたとはいえ、会話はできない。スイゲツはいつも、どこか寂しさと孤独感を抱えていた。それが今はエニグマとゼファーがいる。スイゲツはもう、寂しくなくなった。
二人と一頭は美味しそうに、楽しそうに食事をする。深夜の森の静けさに時折響き渡る魔物の鳴き声。それも一切気にすることなく、穏やかな時間が流れていた。
先に食べ終わったエニグマはぼんやりと空を見上げる。星が瞬き、薄っすらと見えるだけの星まで視認できる。塔にいた頃よりも遠くにある空。けれど今の方が綺麗な気がして、エニグマは少し気恥ずかしくなった。
「私は、ずっと一人でした。国からも家族からも疎まれて、厄介払いされるように塔に追いやられて。人形たちがいても、どこか寂しくて」
ぽつりぽつりと語るエニグマ。スイゲツはジッと黙ってもぐもぐと咀嚼している。
「幼い頃は、森の端からこっそり宮殿を覗いて、両親や弟たちの様子を窺っていました。毎日毎日、声をかけたら殺されるかもしれないと怯えながら、それでも家族を信じたくて、見ていたんです」
エニグマは懐かしむように目を細めると、ゼファーの横腹を撫でた。
「そうやって森を歩いていたときに、偶然ゼファーと出会ったんです。最初は聖獣であるサイを手懐けたことで家族に認めてもらおうとしました。【傀儡】でゼファーを操って、ゼファーの背中に乗って、宮殿に戻ったんです。そうしたら、いきなり、剣を向けられました」
エニグマは俯いた。あの日の光景が瞼の裏に浮かんでくる。その姿に胸を痛めながら、スイゲツはお鍋をおかわりする。
「聖獣を傷つけた。そう言われて、殺されそうになって。私は必死に森に逃げました。ゼファーの力を借りてどうにか塔まで戻ってからというもの、国に戻りたいという気持ちはなくなりました」
スイゲツはもぐもぐしながら考え込む。スイゲツとの婚約を申し入れたとき、国王が自国と縁を切ってレイメイ王国に来るように手紙を出したという。その手紙を受け取ってすぐに返信したであろうと推測できるほど、素早く承諾の手紙が返ってきたと聞いた。エニグマにとって、自国が故郷ではないことにスイゲツは悲しくなる。
「スイゲツさんと出会って、貴女と時間を過ごして、貴女を守りたいと思うようになったとき、私は覚悟を決めました。国に戻れば殺されるかもしれなくても、筋を通して正式にスイゲツさんの隣に立つと。私は、十年ぶりに宮殿に戻りました」
スイゲツは一瞬手が止まった。エニグマの心に触れるのは初めてで、どう反応するべきか迷った。エニグマの手が強く握り締められていることに気が付いて、辛いなら話さなくても良いと思った。けれど、表情には真剣さが宿っている。スイゲツは、今はただ聞こうと、また箸を動かす。
「宮殿に向かうと、少し老けてもなお力を誇示している両親がいました。二人は私が他国へ行くことに酷く憤慨していましたが、私には王位継承権がないことや、戸籍上家族として認められていなかったことを盾にして縁を完全に切りました」
スイゲツは寂しそうな目をしているエニグマを見て、口の中のものを飲み込んだ。
「後悔、していますか?」
スイゲツは自分で聞きながらも、意地悪な質問だと思った。けれど、聞くべきだと思った。エニグマが自分の心を整理するために、音にして気持ちを吐き出す必要がある。
「家族と家族になれなかったことは、ずっと辛いと思っていました。その糸を撚り合わせる手段を自分で絶ったことも悔しく思っています。ですが、自分の手で、スイゲツさんと家族を作る機会を得ました。この選択に、後悔はありません」
エニグマは真剣にスイゲツを見つめる。その眼差しに、スイゲツは安心したように笑う。
「良かったです。これからも、こうして一緒に食卓を囲みましょう」
「はい。よろしくお願いします」
スイゲツらしい将来の約束。エニグマが頷いてくれたことに安堵して、スイゲツは食事を再開した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます