第20話 救国の申し入れ


 相変わらずの非日常。スイゲツが聖堂でお務めに励んていると、外が何やら騒がしくなった。



「きゃあっ! 助けて!」


「街に動物だと? 殺せ!」



 物騒な言葉に、スイゲツは断りを入れて慌てて外に飛び出した。大騒ぎしている国民たちの中心。そこには見慣れた姿があった。



「ゼファーさん!」


「ヒュオーン!」



 ゼファーはスイゲツを見つけると突進してくる。聖堂の管理者たちがスイゲツを守ろうと前に出てくるのを、スイゲツは手で制した。スイゲツの目の前で停まったゼファーは、スイゲツの頬に擦り寄る。



「久しぶりですわね、ゼファーさん。どうなさったのですか?」



 スイゲツがゼファーと親し気にしている様子に、周囲は戸惑う。中にはスイゲツを守ろうと刀や銃を構える者もいる。



「おやめください」



 スイゲツはゼファーを庇うように立ち塞がる。



「この方はわらわのお友達ですわ。それに、サイでもあります。サイは隣国アビスの聖獣ですわ。傷をつけるだけでも国際問題になり得ません。どうか、落ち着いてくださいませ」



 スイゲツの丁寧で落ち着いた声音に、国民たちは渋々静かになる。その様子にスイゲツは微笑んで、ゼファーの角に手を当てた。



「よろしければ、聖堂へどうぞ」


「ヒュオーン!」



 スイゲツの言葉に、ゼファーは頭を振って身体を横に向ける。そこにはなにやらポシェットが括りつけられている。



「見て良いのですか?」



 ゼファーは頷く。スイゲツはポシェットを開き、中を確認する。差出人は、エニグマ。



「エニグマさん……お元気でしょうか……」



 エニグマが塔を去って以来、会うことはできなかった。何度か塔を訪れてみても、どんどん埃が積もっていくばかり。スイゲツにとって、それはどこか寂しいことであった。そして、エニグマの様子をずっと心配していた。


 スイゲツの不安げな表情に、ゼファーは慰めるように擦り寄る。その姿にスイゲツは小さくはにかむ。



「ありがとうございます、ゼファーさん」


「ヒュオーン!」



 ゼファーはどしんどしんと地面を踏み鳴らす。その音に国民たちが不安げな表情を浮かべる。スイゲツはゼファーが元気そうなことに安堵して、額を合わせた。



「お手紙もありがとうございます。早速読ませていただきますね」


「ヒュオーン!」



 ゼファーはひと鳴きすると、森へ向かって走っていく。



「軍人さん。ゼファーを森まで警護してあげてくださいますか?」


「か、かしこまりました!」



 聖堂のそばでひっそりと控えていた軍人の一人。スイゲツに声をかけられると、驚いて声を裏返らせながらゼファーを追いかけて走っていった。



「さてと」



 スイゲツはエニグマからの手紙を開く。しばらく読んで手紙を閉じると、カスゲを探した。



「カスゲ、どこですの?」


「はい、姫様」



 すぐに木陰から現れたカスゲ。スイゲツのどこか慌てたような様子にすぐにそばに寄っていった。



「そのお手紙でしょうか?」


「はい。このお手紙の内容のことで、お父さまとお話をしたいのですが……」



 スイゲツの視線の先には、聖堂で聖水を受け取るために列をなす国民たち。カスゲは心配そうなスイゲツに、微笑みを向けた。



「大丈夫です。緊急の公務といえば納得してもらえますよ。ここは私にお任せを」


「分かりましたわ。カスゲ、ここはお願いしますね」



 スイゲツはその場をカスゲに任せて、宮殿に走る。宮殿の中も早足で歩いて、国王の執務室へ向かった。ドアをノックすると、国王の声が聞こえる。



「入れ」


「失礼しますわ」



 執務室の中は公務のための資料や書簡で溢れかえっている。それをせっせと片付ける文官たちの間を縫って、国王の机の前に向かう。



「お父さま、こちらを」



 エニグマからの手紙を差し出す。国王はそれを読むと眉間にシワを寄せた。


 レイメイ王国救済の手伝いがしたいとの申し出。具体的な方策も考えられている。まずは聖水を中に詰めた人形を作り、それをエニグマが【傀儡】で上空へ連れていく。それをスイゲツや騎士、冒険者に射落としてもらうことで国中に聖水をばら撒いて浄化する。


 突拍子もないようでいて、国全体に一気に聖水を行き届かせる良い案だとスイゲツは思った。ただ、国を覆うほどの聖水を作り出すスイゲツと相当数の人形を操らなければならないエニグマの労力は激しいけれど。



「もう、これしかないのだろうな」



 国王は静かに呟いて、眉間を指でグッと押さえた。感染症から回復してすぐに、休むことなく公務に戻った国王の顔にも疲労の色が濃い。短期決戦で事が解決するなら、そうしてしまいたかった。



「ところで、スイゲツ」


「はい、お父さま」


「この手紙はどうしたんだ?」



 スイゲツはゼファーが届けに来てくれたこと、ゼファーがいつも一緒にいるエニグマとは友人であることを説明した。


 国王は話が進むにつれて困惑した様子が消え、呆れかえったように額に手を当てて首を横に振った。



「スイゲツ、そのエニグマという者の素性はどこまで知っているんだ?」


「いえ、全く知りませんわ。ただ、森の中の塔で生活していたということだけしか」


「そうか……」



 国王は引き出しを開けて何通かの手紙を取り出した。蝋のデザインから、どれもアビス王国の者との手紙のやり取りのだと分かる。国王がそれらを広げて、エニグマとの手紙の隣に並べた。



「これはスイゲツに求婚してきているアビス王国第一王子からの手紙だ。文字をよく見てみなさい」



 スイゲツは言われた通りに手紙を覗き込む。スイゲツはすぐに国王の言いたいことが分かった。目を見開いて、手紙を見比べる。



「アビス王国、第一王子、エニグマ・アビス……」


「ああ。スイゲツに求婚してきているのは、その友人とやらと同一人物だろうな」



 国王は続けて紙束を手渡す。



「これはヒヨリがスキルで集めて来てくれたものだ」



 リョウゲンの妻ヒヨリはのスキルは【収集】だ。情報収集も証拠を集めることも得意。ただその代償として情報や証拠を精査しようとするとどうしても頭が上手く働かなくなる。一人では成立させられないスキルだ。


 それを補完するのがリョウゲンと国王。リョウゲンはスキルではなく、実力で情報を整理して要点を見つけ出していく。国王も【傾聴】のスキルで情報を精査していく。


 ヒヨリが集めて、国王がまとめ直した調査記録。そこに記録されているのはエニグマのこと。


 【傀儡】で人間を操ることができることから、戦争を起こすことも国家を転覆させることもできると恐れられた。最初は崇拝に近かった畏れが変化するにつれて、エニグマは居場所を失った。


 家族からは距離を取られ、世話役と二人で宮殿で暮らしていた。けれど物心がついたころに塔に一人で閉じ込められた。隔離のため、あわよくばそこで倒れてもらうため。


 けれどエニグマは世話役の教えと人形たちの助けを借りて健康に育った。このままではまずいと考えたアビス国王とエニグマの弟たちはエニグマを追放することを考えた。


 王位継承権を剥奪し、塔から出て来られないように結界を張る。こうして隔離されてしまったエニグマは、怒ることも反逆を企てることもなく、ただ静かに塔で暮らしていた。


 けれどある日突然塔を抜け出した。そして王国の宮殿にサイに乗って駆け込み、レイメイ王国第二王女との婚約を申し出た。


 アビス国王は驚きながらも、レイメイ王国との関係強化を考えてエニグマの最初で最後のわがままとしてその申し入れを受け入れた。


 報告書を読んでいたスイゲツは悔しそうに唇を噛んだ。エニグマの優しさに触れたスイゲツには、エニグマが恐れられるような人物には思えなかった。



「お父さま。もしもエニグマさんがこの国に来ても良いと言うなら、婚約の話を進めてください」


「分かった。さっきの計画も、実行の方向で話を進めよう」



 国王はしっかり頷く。スイゲツは拳を握りしめる。守りたい。そう思ったものは全部守り抜く。聖女としても、一人の人間としても。


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