第12話 夜食のお誘い
一度宮殿に戻って家族と夕食を共にしたスイゲツは、その夜も狩りに出かけた。すると、そこにはサイのゼファーがいた。
「ヒュオーン!」
嬉しそうに突進してきたゼファーをスイゲツが抱き留めると、ゼファーはスイゲツに擦り寄る。そしてドシドシと足踏みをして、果物を地面に落とす。りんごとオレンジ。良い頃合いなようで、艶のある色をしている。
「まあ、お上手ですわね」
「ヒュオーン!」
ゼファーはそのりんごとオレンジを鼻先でスイゲツの元に運ぶ。
「まあ、くださるのかしら?」
そうだというように頷くゼファー。スイゲツは喜んでそれらを拾い上げた。
「ありがとう。そうですわ。折角ですから、この果物でお料理をしましょうか」
ゼファーは喜びを表すように地面を踏み鳴らす。その音に反応したのか、遠くからワイヴァーンの親子も飛んできた。
「あら、あなたたちもいらしたのね。すぐに作りますから、待っていてくださいませ」
スイゲツは早速赤い巾着袋から机や調味料、調理道具を取り出す。スパイスを買い足すに当たって、宮殿の書庫から料理本を集めて美味しそうな料理を探していた。その中に果物を使う料理もあった。
スイゲツはゼファーとワイヴァーンの親子の視線を感じながら、せっせと料理をする。りんごとグラトニーイールは串刺しにして揚げ物に。オレンジは輪切りにしてスリープシープの肉と一緒に煮込んでみる。
他にも草食のゼファーが食べられるように、野草とりんごとオレンジのサラダも作る。デザートには、焼きりんごと冷やしオレンジ。ひんやりした聖水にオレンジを漬けた贅沢な品だ。
調理が進むにつれてゼファーたちが一歩後退りすることにも気が付かず、スイゲツは楽しそうに料理に勤しむ。
王族が料理をするなんて、滅多なことではない。けれどスイゲツはこの時間が大好きだった。食べられるときを待つワクワク感は、仕掛けた罠に獲物が掛かっているのかワクワクする感覚とよく似ていた。
「できましたわ!」
完成してみると、出来はそれなりに良さそう。初めてぶっつけ本番でやるようなメニューでもないはずだけど、それぞれスパイスも上手に使って味をまとめた。何事も基本に忠実に、だ。
「ヒュオーン!」
スイゲツが料理をテーブルに並べていると、ゼファーが後ろに向かってひと鳴き。そしてドスンドスンと駆け出した。
「どこに行くのですか?」
スイゲツが驚きながらついて行くと、森の奥からエニグマが現れた。黒い装束に黒いローブ。夜の森にすっかりと溶け込んでいる。
「あら、エニグマさん。こんばんは」
「ええ、こんばんは。ゼファーとワイヴァーンたちが嬉しそうに塔から出かけていったので、もしかしたらスイゲツさんがいらっしゃるかと思いまして。つい、来てしまいました」
照れたようにはにかむエニグマ。一方のスイゲツはそれに照れるなんてこともなく。振り返ってテーブルを確認。そしてエニグマに笑いかけた。
「良かったですわ。お料理はたくさんありますから、エニグマさんも一緒にどうぞ」
エニグマは目を見開いて、スイゲツの背後にある机を見る。美味しそうな料理と、見たことがないヤバそうな料理。一瞬硬直したけれど、すぐに笑顔を作る。
「とても美味しそうですね。よろしいのでしたら、ご一緒したいです」
エニグマの言葉にゼファーは信じられないとでも言いたげに頭を振った。けれどそんなゼファーも机の方に向かう。なにせ、ゼファーは肉料理や魚料理は食べないから。唯一命の危険を感じないままに食事ができそうだと安堵していた。
エニグマは少し引き攣った笑みを浮かべたまま椅子に座る。スイゲツはいつものように狸と狐のぬいぐるみを取り出して、椅子に座らせる。その様子を見ていたエニグマは少し迷うように視線を彷徨わせた。
「え、えっと、スイゲツさんはお人形がお好きなんですか?」
「ええ。少々子どもっぽいでしょうか?」
恥ずかしそうに肩をすくめるスイゲツに、エニグマは慌てて首を横に振る。
「いえ、そうではありません。とても素敵だと思います。この子たちも、とても愛されているようですからね」
エニグマは狸と狐のぬいぐるみをジッと見つめる。物は古いはずだが、スイゲツが丁寧に手入れをしているおかげで綺麗な形を保つことができている。
「折角ですから、この子たちともお食事を楽しみませんか?」
「え?」
スイゲツが戸惑っている間に、エニグマは狸と狐のぬいぐるみの鼻先をちょんっとつつく。するとぬいぐるみたちがカタカタと震え出す。震えが止まると、ぬいぐるみたちは自在に動き出す。フォークを持ってみたり、立ち上がってみたり。
「ど、どういうことですの……」
スイゲツは目の前の光景が信じられなくて目を見開く。その表情からは戸惑いが読み取れる。エニグマは少し寂しそうに俯く。けれどそのとき、スイゲツの表情が変わった。
「素敵ですわ! 狸さん、狐さん! 今日はいつもよりも楽しくお食事ができますわね!」
スイゲツの興奮が抑えきれないほどに弾む声に、エニグマは顔を上げた。エニグマの視界に、ぬいぐるみたちを抱き上げて無邪気に笑いながらくるくると回るスイゲツの姿が映る。そのあまりにも無垢な姿に、エニグマは目頭が熱くなった。
「貴方は、この力を、怖がらないのですね」
「怖がる? どうしてですの? こんなに素敵な力ですのに。スキルの一つですの?」
興味津々という様子でスイゲツが聞くと、エニグマは控えめに頷いた。
「【傀儡】というスキルです。人形や動物、人間。生命体の形をしているものであればなんでも意のままに操ることができます」
エニグマの声が震えている。けれどそれには全く気が付いていないスイゲツは、さらに目を輝かせた。
「素晴らしいですわ! もちろん、怖いことに使うこともできる力ですが、このように幸せなことに使うことだってできるのですから!」
「そう、思ってくださるのですね」
「他の方は違うんですの?」
スイゲツは悲し気に眉を下げる。その様子に胸が痛むような気がしてエニグマは小さく笑みを浮かべる。
「大丈夫です。俺には、仲間がいますから」
エニグマはゼファーの角を撫でる。ゼファーも甘えるように擦り寄る姿は、互いへの信頼と愛情に満ちていた。
「ゼファーさんの言葉が分かるのですか?」
「なんとなくですけど。【傀儡】の使用時には感覚の共有ができるんです。そのときの経験から考察しているにすぎませんよ」
「そんなに素敵なスキルの使い方ができるなんて。少々羨ましくなりますわ」
うっとりと目を細めるスイゲツ。エニグマはスイゲツの裏表のないその純粋な姿に胸を打たれた。スイゲツなら、自分を認めてくれるかもしれない。そんな淡い期待が心に差し込む。
「スイゲツさんのスキルも、とても素敵ですよ」
「ありがとうございます。確かに、大切なものを守ることができることを、誇りに思っておりますわ」
スイゲツはそう言って微笑む。エニグマはその姿に眉を下げた。美しくも、どこか痛ましい。
「スイゲツさんは、冒険者、なのですか?」
エニグマは、スイゲツの装いを不思議そうに見つめる。スキルから聖女、噂に聞く第二王女だと分かるのに、姿は冒険者そのものだったから。
「ええ。街ではキョウカと名乗っています」
「どうして、冒険者に?」
「お腹を満たすためですわ!」
スイゲツは端的に答える。そのあっさりとした回答にエニグマは面喰った。
第二王女ならば、食には困らないはず。どれだけ暴食であっても、国中の食糧を集めることくらい造作もないはず。少なくとも、アビス王国の王族であればそうするだろうと確信があった。
「わらわは、このスキルで大切なものを守ることを教えられてきましたわ。そんな守るべきものから生きるために必要なものを奪うなんて、おかしいでしょう? だからわらわは、書物から学んで罠を作り、狩りをしています。他の武器は冒険者のみなさんと一緒に、冒険者ギルドの訓練所で学びましたわ」
エニグマは言葉を失った。ここまで民を愛し、自らの身を削る王族の話を、ましてや貴族の話すら聞いたことがなかった。私利私欲が渦巻くアビス王国では在りえない姿勢。エニグマにはスイゲツが女神のように見えた。
「とても、素敵です……」
「ふふ、そんなことはありませんわ。わらわは、まだまだ未熟者ですもの」
おっとりと微笑むスイゲツに、エニグマは決意を込めて拳を握りしめた。
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