マシュマロ聖女の狩猟パーティー
こーの新
第1話 森のお姫様
レイメイ王国とアビス王国の中間に広がる森の中。そこで夜の闇に桃色の花が咲くようなデザインの着物を着たお姫様がパーティーを開いていた。丸机の周りに並ぶ三つの椅子。お姫様と、狸と狐のぬいぐるみ。そのそばには焚火と細かく切って串刺しにされたボーパルバニーの塩焼き。
「さあ、今日はボーパルバニーさんのお肉ですわ。いただきます」
野焼きされたものを食べるにしては、丁寧に箸で串から抜きながら食べ進める。小さく作られた串焼きが狸と狐のぬいぐるみの前に置かれている。
お姫様の名前はレイメイ・スイゲツ。レイメイ王国の第二王女で、【聖水】のスキルを持つ。世間では、その柔らかなシルエットと合わせてマシュマロ聖女と呼ばれている。
そんなマシュマロ聖女のもう一つの顔は、【聖水】の代償である空腹感を癒すために始めたこのパーティー。お城の食事だけでは満足できないスイゲツは、執事の目を盗んで毎日のようにこの森で狩りをする。弓矢や罠を使って狩った動物を煮たり焼いたり。簡単に調理をして食らい尽くす。
人の目も気にせず大口を開けて頬張る。宮殿では怒られてしまうことも、ここでは自由。幸せそうに目尻を垂らして頬を綻ばせる。
「うん。今日もお塩が効いていて美味しいですわね。狸さんも、そうお思いでしょう?」
狸のぬいぐるみに問いかけて、自らの手で頭を動かして頷かせる。今度は狐のぬいぐるみに目を向けると、口の周りをハンカチで拭いてあげる。
「ふふ、美味しいでしょう? たくさん食べましょうね」
今年で十七歳。人知れずぬいぐるみと会話をするのは、お姫様で、聖女だから。国民には弱さを見せてはいけない。そう言い聞かされてきたスイゲツにとって、この小さなパーティーは心の癒しでもあった。
お務めのために身を費やすことが当たり前。自分のことより、民のために。そうやって生きてきたスイゲツの友人はこのぬいぐるみたちだけだった。スイゲツの五歳の誕生日に兄と姉がお小遣いを溜めて買ってくれた、宝物。
「明日は冒険者ギルドへ行ってお金を貰って、スパイスとやらを買ってみましょうか」
期待に胸を膨らませながら、スイゲツはまたボーパルバニーの肉を頬張る。
スイゲツはお姫様でありながら、冒険者でもあった。冒険者としての登録名はキョウカ。お腹を満たすために狩った魔獣たちの骨、皮、目玉やら羽やら、他にもいろいろ。お姫様としての身分を隠して、それらの素材を納品している。
命は無駄なく活用すること。それは仲良しの料理長が教えてくれたこと。ついこの間、お肉を焼くときにスパイスを使うことを教えてくれたのも料理長だ。
「もっと美味しいお肉が食べられたら、きっと、もっと楽しいパーティーになりますわね」
そう言いながら狸と狐のぬいぐるみを撫でる。そして、袖の袂に忍ばせてあった青い巾着袋型のアイテムボックスに狸と狐のぬいぐるみを収納する。もう一つ赤い巾着袋を取り出すと、机や椅子などを収納していく。
三人だけの秘密のパーティーは、こうしてひっそりと開催され、ひっそりと閉幕する。
「さて、帰りましょうか」
弓矢を背負い、スイゲツは森の中を素早く駆けていく。毎日同じ森の中を走っているおかげで、森の中の移動は目を瞑ってもできるほど。
どの国のものでもない森を抜けて、レイメイ王国へ足を踏み入れる。お姫様ではなく、冒険者のキョウカとしての姿で歩く。ソロ冒険者弓使いのキョウカは有名人。街を歩くだけで視線を集める。けれど声を掛けられることはない。
キョウカが視線を向けると、冒険者たちは揃って目を背ける。キョウカは無表情で街を闊歩する。そしていつものように路地裏に買った隠れ家に入ると、しゃがみ込む。
「どうして、誰も声を掛けてくださらないのかしら」
しょんぼりしながら、床に〝の〟の字を描く。キョウカとしては話しかけて欲しい。けれどソロ討伐の実績トップでありながらマシュマロボディで動きは遅そうとなれば、他の冒険者たちはどんな隠し玉があるのかと恐れて近づかない。
そして何より、マシュマロ聖女の姿を見たことがない国民はいない。どんなに変装をしたとしても、誰もがひと目で気が付いてしまう。自分や家族、仲間の命を守ってくれる聖女、しかも第二王女相手に不敬を働く危険を冒したい人は、冒険者といえどいなかった。
「変装も完璧ですし、怖い顔だってしておりませんのに」
キョウカはもそもそと喋りながら着物の帯を解く。黄色の帯が落ち、着物が闇に溶け込む。それを赤い巾着袋に仕舞うと、代わりに夜の海のような色の着物に着替える。臙脂色の帯に銀の羽衣を纏うと、いつもの第二王女の装い。
黄色の巾着袋から、さらに姿隠蔽の懐中時計型の魔道具を取り出してくりくりとギアを回す。
「さて、帰りましょうか」
スイゲツが隠れ家から出ていくと、今度は誰もスイゲツに目を向けない。懐中時計型の魔道具の効果だった。姿隠蔽。それによって誰の目にもスイゲツは映らない。
スイゲツはそのまま宮殿の庭に潜り込む。門番たちの目を潜り抜けて、宮殿の二階にある自室に辿り着く。
「ふぅ。無事に見つかりませんでしたわね」
懐中時計型の魔道具のギアをくりくりと巻き戻すと、姿隠蔽の効果が消える。スイゲツは部屋のクローゼットに赤色と黄色の巾着袋を仕舞う。青い巾着袋を広げると、狸と狐のぬいぐるみを取り出して机に並べる。
「ただいま帰りましたわ。今日も一緒に来てくれてありがとうございましたわ」
狸と狐のぬいぐるみのおでこにキスをして、椅子に座る。そして引き出しを開けると隠し持っていたクッキーを取り出した。熊さんの形のアイシングクッキー。引き出しの中に大事に保管していたお菓子の最後の一つ。
「んふふ。いただきます」
小さくを開けて、サクッとクッキーを齧る。もぐもぐとぷにぷにした頬が動く。幸せそうに綻んだ頬。けれど姿勢は正し、静かに食す。
「お茶が欲しいですわね」
部屋を出て、厨房へ向かう。その途中、執事のカスゲ・ユウアンがスイゲツの顔を見て目を見開いた。そして眉を吊り上げてツカツカと近づく。
「姫様! また厨房へ向かおうとしておりますね!」
「う、カスゲ……ち、違いますわ。今日はご飯の味見ではなくて、お茶をいただこうと思っただけですわ」
ご飯の味見、と称してつまみ食いをする常習犯。この時間帯には現れるだろうと、カスゲは廊下で控えていた。
「お茶ならお部屋に私を呼びつけてくださいませ。すぐにお伺いいたしますから」
「そ、そうでしたわね。最近、自分から呼ぶことがなかったので忘れていましたわ」
「それは、姫様がつまみ食いをしに向かう途中で私に見つかることが多く、そのついでにお茶をお淹れして差し上げているからでしょうね」
カスゲのつらつらと流れるような指摘にスイゲツは言葉に詰まる。そして瞳を泳がせると、にへらと苦笑いで誤魔化そうとした。
「私は誤魔化されませんからね」
ため息を漏らしたカスゲは、手でスイゲツの部屋を指し示す。
「先にお戻りください。お茶のご用意をして参りますから」
「分かりましたわ。よろしくお願いいたしますわ」
スイゲツは部屋に戻る。第二王女なのに、ついつい自分でやりたくなってしまうこの性分。そのおかげで一人で狩猟パーティーだってできるわけではあるけれど。
スイゲツはベッドに腰かける。息を吐いて、お腹を撫でる。
「お腹はいっぱいですわね。この分なら、午後のお務めも乗り切れそうですわ」
一日はまだ始まったばかり。スイゲツの食事まみれの一日も、始まったばかり。
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