第2話 三者三様の視点

科学捜査研究所、通称・科捜研。

その一室は、未来的な分析機器が並び、モニターの青白い光だけが静寂を支配していた。


白衣を纏った一人の女性が、その光の中に浮かび上がっている。

調辺しらべ 理子りこ、29歳。科捜研のエース。

長く艶のある髪はきっちりと一つにまとめられ、その瞳は画面に表示された膨大なデータを冷静に見据えていた。


そこへ、熱田と統崎が訪れた。


「よう、理子ちゃん。また難しい顔してんな」


熱田が軽口を叩くと、理子はモニターから視線を外し、静かに微笑んだ。


「熱田さん。データは揃っています。問題は、ここから何を読み解くか、ですね」


彼女の視線は、熱田の後ろに立つ統崎に向けられた。

紹介するまでもなく、彼女は彼のことを知っているようだった。


熱田は、理子のモニターに映し出された散布図やグラフを見て、げんなりした顔でぼやいた。


「確率だか何だか知らねえが、どうも胡散臭い。結局、当たるも八卦、当たらぬも八卦。丁半博打と変わらんだろう」


その言葉に、それまで無表情だった統崎が、初めて少し面白そうな表情を見せた。


「面白いことを言いますね、熱田刑事。確率論の起源は、まさにあなたが言った『博打』…ギャンブルですよ」


統崎は言葉を続ける。


「16世紀の数学者カルダーノは、どうすればサイコロ賭博で勝てるかを研究するために、初めて確率の体系的な考察を行ったんです」


熱田が呆気にとられていると、理子が微笑みながら補足した。


「そうなんです。どうすれば賭けに勝てるか、掛け金をどう分配すれば公平か、という極めて実利的な問いから始まった学問なんですよ。決して胡散臭いものではなく、むしろ人間の欲望に忠実な学問かもしれませんね」


「へえ…」


熱田は感心したのか呆れたのか、曖昧な声を漏らした。


統崎はすぐに真顔に戻り、本題に入る。

彼の目は、彼女が整理したデータを見て、初めて微かな称賛の色を宿していた。


「素晴らしい。まずは事象の定義から始めましょう」


彼は理子のモニターを指し示す。


「一連の空き巣事件を一つの『試行』と見なします。起こりうる全ての結果、つまり都内全域が『標本空間』です」


統崎の言葉は、熱田には呪文のように聞こえた。


「そして我々が注目しているのは、『雨の日に事件が起きる』という『事象A』と、『特定のエリアで事件が起きる』という『事象B』。この二つが『排反』、つまり同時には起こらない関係でないことは明らかですね」


理子は、戸惑う熱田の表情を察し、すかさず助け船を出した。


「つまり、雨の日の犯行と、特定のエリアでの犯行が同時に起こる可能性がある、ということですね。統崎さんは、まずその関係性をはっきりさせたい、と」


統崎は理子の補足に小さく頷くと、タブレットを取り出した。

その滑らかな指先が、ガラスの上を走り始める。

三者三様の視線が、モニターの光の中で交錯した。

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