MintとJK

たぬき屋ぽん吉

第1話 スマホ依存と漠然とした不安

山下美咲、17歳。ごく普通の高校2年生だ。黒く艶やかな髪は肩にかかるミディアムで、流行りの大きめフレームの伊達メガネをかけている。制服は着崩しすぎず、かといって真面目すぎず、絶妙なバランスで彼女らしいファッションを表現していた。友人たちとカフェで過ごす時間や、ショッピングモールでの最新トレンドチェックは彼女の日常の一部だ。しかし、彼女の本当の日常は、常に右手に握られたスマートフォンの中で繰り広げられていた。


朝、目覚まし時計の代わりに鳴るのはスマホのアラーム。布団の中でまずすることは、Instagramのタイムラインをスクロールし、友達の「ストーリー」を追いかけること。いいね!の数を気にし、誰かが自分に言及していないか確認する。通学の電車の中では、最新のヒット曲を聴きながら、ひたすらTikTokの動画をスワイプし続ける。放課後になれば、友達とのLINEグループでのやり取りが止まらない。放課後、友達とカフェで新作スイーツの写真を撮り、フィルター加工に余念がない。そして、家に帰れば、寝る直前まで動画サイトでインフルエンサーのメイク動画やファッションレビューを見続ける。まるで、スマホが彼女の酸素ボンベであるかのように、片時も手放すことはなかった。


彼女の周りの友達も、みんな同じような生活を送っていた。SNSでの「いいね」の数や、TikTokの再生回数、そしておしゃれなカフェでの「映え」る写真。それらが、彼女たちの心の拠り所であり、社会的な価値の基準であるかのように感じられていた。美咲も、その流れに乗り遅れまいと必死だった。流行りの服を着て、流行りのメイクをして、流行りの場所に足を運ぶ。しかし、その華やかでキラキラとしたデジタルライフの裏側で、美咲は漠然とした不安を抱えていた。


その不安は、具体的に何なのか、彼女自身にも分からなかった。ただ、胸の奥底に常に、じんわりとした焦燥感がまとわりついていた。周囲の友人たちは、そろそろ大学受験を意識し始め、オープンキャンパスに行ったり、将来の夢について語り合ったりしていた。美術大学を目指す友人はデッサン教室に通い、医療系の大学を志望する友人はボランティア活動に積極的に参加している。みんな、それぞれの「何か」に熱中し、未来に向かって突き進んでいるように見えた。


それに比べて、自分はどうだろう?美咲には、これといって熱中できるものが見つからなかった。夢は何かと聞かれても、答えに詰まる。ただ「なんとなく」で進学し、就職することに漠然とした抵抗があった。SNSでの人間関係は、常に「繋がっている」感覚を与えてくれるが、同時に、少しでも投稿を怠れば忘れ去られてしまうのではないかという恐怖も伴っていた。常に最新の情報を追いかけ、他者の評価を気にするあまり、自分自身の本当の感情や興味を見失っているような気がしていた。彼女の心は、常にざわついていた。


ある日の夜、いつものようにベッドに横たわり、スマホを眺めていた美咲は、突然の睡魔に襲われ、そのままスマホを顔の上に落としてしまった。痛みに目を覚まし、顔に当たったスマホを見ると、バッテリー残量が残りわずかになっている。充電器は遠い机の上。美咲は、しばらくスマホを弄べない状況に、軽いパニックに陥った。たった数十分のことなのに、まるで世界から取り残されたような孤独感に襲われたのだ。


SNSも、動画サイトも、友達とのLINEもできない。美咲は、退屈しのぎに部屋の中を見回した。彼女の部屋は、どこにでもある普通の女子高生の部屋だった。ベッド、勉強机、小さな本棚。本棚には、少女漫画やファッション雑誌が並んでいる。その中で、一冊だけ異彩を放つ本があった。それは、父が昔読んでいたらしい、分厚いプログラミングの入門書だった。何の気なしに手に取ってみたが、専門用語の羅列にすぐに興味を失った。


ふと、美咲の視線が押し入れの奥へと向けられた。そこには、埃をかぶった段ボール箱がいくつも積まれている。その一番上に、古びた布が被せられた物体があった。それは、父が数年前に使っていた、Toshiba製の古いノートPCだった。Windows 7がインストールされていたはずだが、あまりの動作の遅さに父が買い替えて、そのまま押し入れにしまわれていたのだ。


「これ、まだ動くのかな…?」


スマホの充電が切れてしまい、他にやることがない美咲は、好奇心に駆られてそのPCを引っ張り出してみた。重い筐体をテーブルに置き、電源アダプターを差し込み、恐る恐る電源ボタンを押した。ウィーン、という大きな音と共に、PCはゆっくりと起動し始めた。しかし、起動画面が表示されるまでに数分かかり、デスクトップが表示されてからも、カーソルを動かすだけでも一苦労だった。インターネットを開くのに数十秒かかり、動画サイトの読み込みは絶望的に遅い。


「何これ、全然使えないじゃん…」


美咲は、諦めのため息をついた。やはり、ただの古いガラクタだ。すぐに電源を切ってしまおうかと思ったその時、画面の右下にある小さな広告が目に入った。その広告は、まるで美咲の心の声を聴いていたかのように、彼女に語りかけてきた。


「古いPCを高速化!Windows XP/7から脱却してLinux Mintで新しい体験を。無料で、古いPCでもサクサク動く、オープンソースのOS。」


「Linux Mint…?」


Linuxという言葉は、プログラミング入門書でちらりと目にしたことがあったが、具体的に何なのかは知らなかった。しかし、「無料で」「古いPCでもサクサク動く」という説明が、美咲の好奇心を強くくすぐった。それは、SNSの世界とは全く異なる、未知のデジタル空間への入り口のように思えた。退屈と漠然とした不安が、美咲の心を新しい方向へと向かわせた。彼女は、スマホのバッテリーが残りわずかであることを忘れ、その広告をタップした。美咲の人生に、思わぬ方向から、新しい風が吹き込もうとしていた。

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