第85話 レディ・ヴァイオレット

 ランドルフは父の国王テオドールに呼び出された。

 国王の下に行くと、そこにはヴァイオレットがいた。

「これはどういうことか、申してみよ。何故ヴァイオレットを部屋に幽閉したのだ」

「幽閉などしておりません。謹慎を言い渡しただけです」

 納得がいかない様子で、横を向きながらランドルフは答えた。


「同じことだ。言っておくが王族の行状に関する命令は国王の権限であり、王太子には無い」

「わかっておりますが、王太子としてではなく、父としての教育的な指導ですので、陛下の権限には及びません」

「では、お前の父、ヴァイオレットの祖父として話をしようか」

 テオドールは悪戯っぽい笑みを浮かべて、息子のランドルフにそう告げた。

 ランドルフは嫌な予感がしたが、父テオドールの話を聞くしかなかった。


「お前がセリーヌのことを私に告げたのは、交際を始めた後で、私も王妃も知らなかった。しかもその時、ヴァイオレットがすでにできていた。そのことについて何か言うことは無いか」

 テオドールにそう言われ、ランドルフは答えに窮した。

「婚約も未だせず、そのようなことが王太子として許されることかどうかくらい、お前もわかっていたであろう。しかしだ、私たちがそれを許す許さぬと一言でも申したか、どうだ」

「いいえ、両陛下は快くセリーヌを受け入れて、婚約をするようにと言って頂きました」

 うむ、とテオドールは頷きランドルフに言った。


「セリーヌは稀に見る賢婦人だった。お前には勿体ないくらいだ。それは一目見てわかった。しかもだ、謙譲が過ぎて結局、お前との結婚もせずにこの世を去ってしまった。セリーヌの遺言は残された娘を慈しんでほしいとのことだったな」

 はい、とランドルフは深いため息とともに頷いた。

「であれば、このヴァイオレットの望みをなぜ叶えてやれぬ。王宮を出、庶民に等しく暮らすことに不安があるのであれば、いくらでも見守るすべはあるだろう。私はお前の希望を叶えた。そのお前がなぜヴァイオレットの希望を奪うようなことをするのだ」

 父テオドールのその言葉に、ランドルフは返す言葉はなかった。


「父上、私はたとえどこにいようと父上の娘です。ここが嫌で離れるのではなく、自分の望みを叶えたいだけなのです」

 ランドルフはヴァイオレットのその言葉に胸が詰まった。

「わかりました、陛下。ヴァイオレットの望みを叶えたいと思います。ですがどうしてもお願いしたいことがあります」

「なんだ。申してみよ」

「せめてヴァイオレットの身分を守って頂きたいのです」

 父上、それは。とヴァイオレットは声を上げたが、テオドールはそれを制した。


「うむ、それについては承知してもらわねばならぬ。わかるな、ヴァイオレット。王族や貴族は民の尊い働きによって糧を得、それによって生まれ育つ。そしてそれにふさわしい務めを果たさねばならぬ」

 はい、とヴァイオレットは静かに答え頭を垂れた。

「よって、ヴァイオレットには終生レディの称号を担う義務がある。これについてはセリーヌも反対はするまい。彼女は筋を通す賢婦人だったからな」

 テオドールは二人を交互に見、さて、それではさっそくヴァイオレットの仕事を探さねばならぬ、と言って笑った。

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