第81話 ジャンの休暇
舞踏会が半減したというほど、ジャンの不在は王都の夜に静寂をもたらした。
ロラン家は、ジャンは軽い体調不良のため、自領で静養すると非公式に王宮に報告をしていた。
特に秘密にされていたわけではないため、全く間に王都にその知らせは広がり、令嬢、婦人たちはジャンの回復を神に祈った。
だが、その知らせには若干の嘘が混じっていた。
確かにジャンは少々疲れていたが、別に体調に問題があったわけではない。
それとは別の大きな課題を抱えて王都から離れたのである。
それは大公国の公女ソフィアから〈ロラン〉に来訪の催促があったためだった。
「ここからの眺めはとてもいいですね」
ヴァイオレットは昼食をとるジャンの傍らで窓から見える田園風景を見ていた。
「僕もゆっくりその風景を眺めたいところだが、今はとてもそんな気分にはなれないな」
「王都で毎夜浮かれて遊んでいたせいです。ソフィア様の注文はもう何か月も前にあったのですから」
ジャンはテーブルに頬杖をつくと、ため息交じりにこぼした。
「そう言うなよ。ソフィア様には時間がかかると言っておいたから、大丈夫だと思ったんだ。でも、僕が思ったより公女殿下はせっかちだった」
「何を言っているんです。まったく無礼にもほどがありますよ。それにせっかくエリオット様が、〈ロラン〉の大公国への足掛かりを作って下さったのですから、そのお気持ちにお応えしないと」
はいはい、とジャンはうんざりした口調で返事をした。
「なんだか君は母上に似てきたな」
「テレーズ様でなくとも、誰でもこの状況なら同じことを言いますよ」
ヴァイオレットはそっけなく言い、食後のお茶を運んできた。
そんな会話をした三日後、ようやくジャンはデザイン画を仕上げると、それを王都の〈ロラン〉に送った。
ソフィア公女の採寸は以前来店した折に済んでいるので、あとは仮縫いをするまでいくらか休むことができる。
ジャンはテレーズにに、来月の半ばころに職人を連れて大公国に行くことをソフィア様に伝えてもらう手紙も添えたので、しばらくはここで羽を伸ばすつもりだった。
しかし数日後、王都から父のカールから手紙が来た。
内容は、ロラン男爵領の近隣の領主や地主、商人たちが舞踏会を開くので招待を受けるようにというものだった。
「いいじゃないですか。王都には行けないご令嬢やご婦人のためですし、普段お世話になっている取引先なのですから、是非とも行って頂きたいです」
丁寧な言い方でも、ヴァイオレットの言い方だとそれは接待のようなものだった。
「わかってますよ、言われなくてもそんなことくらい。それに僕も、ただ挨拶回りをしろと言われるくらいなら、まだ宴会の方が良い」
「では、ご招待には喜んでお受けさせて頂くとマルセリーノに伝えておきます」
そう作り笑顔で告げるヴァイオレットに、ジャンは言った。
「そうだ、父上から手紙のほかに何か荷物が届いていただろう」
「ええ、ジャン様のお部屋に運んでおきましたが」
「これを読んでほしいのだが」
そう言ってジャンは、荷物と共に届けられた父カールの手紙を、ヴァイオレットに渡した。
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