第51話 和平交渉2・乱入者

 なにがなんだか分からなかった。


 講和の使者に来た3人。

 煌夜は当然だとして、もう1人の女性もまだ分かる。

 けど、まさかここで、予想外すぎる人員だった。


 椎葉達臣しいばたつおみ

 俺の大学時代の友人。


 里奈を介して知り合った彼とは、大の仲良しというほどではないが、それなりにそれなりの友達だったはずだ。


 それが今、帝国の相談役、敵側としてここにいる。

 いやそれ以前に、この世界にいるってことは、元の世界の彼も死んだということだろう。


 いったいなぜ?


 分からない。

 分かりたくもない。

 聞きたくもない。

 知りたくもない。


 けど、現実に彼はいるのだ。


「――ジャンヌ、ジャンヌ!」


 俺を呼ぶ声にハッとなる。

 周囲を見回すと、俺の横にマリア、そしてニーア、水鏡、雫、吉川の順に並び、対面には俺の煌夜と麗明と呼ばれる女性、その間に達臣が座っている。


 デンダ砦に設置された会議場だ。

 周囲を陣幕で覆っており、周囲からの情報を遮断している。

 それでも上は開いているから閉塞感はない。


 ようやく始まった和睦交渉。

 だが、俺は達臣のことが気になりすぎて、どうやら上の空だったようだ。


「これはジャンヌ・ダルクさんはお疲れのようだ。日を改めた方がよいかな?」


 煌夜が厭味ったらしい笑みを浮かべながら言ってきやがった。

 ここまでが確信犯だろうに。


「いや、結構。話は全部聞いていた」


「頼もしい言葉だね」


 なるだけ達臣のことは頭から追い出した。

 今、俺がここにいるのはこの和睦をまとめるため。それ以外のことは考えるな。


「では我々の要望は今伝えた限りです。念のため、ジャンヌ・ダルクさんには復唱願えますか?」


 煌夜が意地の悪い聞き方をする。

 俺が本当に上の空だと思ってのことだろう。

 なめるな。


「1つ、皇帝の身柄の返還。2つ、捕虜となった兵の解放。3つ、今後10年の相互不可侵を約する。4つ、帝国とオムカで通商条約を結ぶ。5つ、今後の帝国の軍事行動に協力する、だろ?」


「素晴らしい。では、お引き受けしてくれますね?」


「…………」


 俺はマリアとニーアに視線を向けると、マリアは小さく、だがしっかりと頷いた。


 正直、相手の要求はほぼほぼ想定通り。

 1と2は間違いなく要求してくることで問題ない。


 3つ目と4つ目はあるいはこちらから切り出そうと思っていたが、あっちから切り出してくれたのは好都合だ。

 しかも不可侵条約は俺たちの想定より長い。

 これも問題ない。


 問題は5つ目。

 帝国の軍事行動に協力する。

 これは内容次第ではとんでもない話になる以上、そこを確認しなくてはならない。


「1つ目と2つ目に関しては問題ない。逆にそちらにいるオムカ国民を返してもらうんだから。日にちと引き渡し方法を決めたらすぐ動けるレベルだ。そこらの詳細を詰めるのは後でもいいだろう」


「ええ、その通りです」


「問題は3つ目以降だ。3つ目の相互不可侵条約と言っても、どこまでだ? 特に国境。その当たりの決め方をはっきりさせないと、不可侵なんてあってないものだぞ。それに4つ目だって――」


「まわりくどいのはなしにしましょう」


「なんだって?」


「問題としているのはそんなことじゃあないでしょう? 貴女が問題にしたいのは、5つ目。私が君たちに何をさせたいのか、そこではないですか?」


 図星だった。

 だから俺は一瞬答えに詰まる。そして出てきたのは相手を皮肉る言葉だった。


「なかなか鋭い洞察だな。軍師でもやってみたらどうだ?」


「遠慮しますよ。これでもブーストをかけているだけですので。思考ケテルからティファレトに至る。すなわち女教皇の道である」


 ブースト……? スキルってことか?

 いや、問題ない。知力が上がろうが、所詮はそれを使う人次第。


 腹の探り合い、策の読み合い、進退の見極め。

 それなら俺の領分だ。いくら勢力最大の教皇様でも、負けはしない。


「じゃあ聞こう。直接的にはっきりくっきりめっきりてっきり聞こう。俺たちに何をさせたい?」


「ふっ」


 煌夜の隣、達臣が鼻で笑った。

 久しぶりに会ったにも関わらず、その冷淡でニヒルな感じはどういう意味か。

 てかそういうの、すんげぇカチンとくるんだけど。


「失礼しました」


 とりあえず謝りました感がすんげぇんだけど。

 まぁいい。今はこいつは無視だ。


「もう一度聞こう。俺たちに何をさせたい?」


「これは悲しいですね。私のやろうとしていることを覚えていてくれないとは」


「やろうとしていること?」


 そんなことを言われても、親しい間柄でもなし、そんなことが分かるはずが――


「……女神か?」


 あった。


 そうだ、この男が最初に俺に言った言葉。

 何より衝撃的だったその内容。


『女神を殺します』


 この世界を破壊するとか言った時の方法。

 それが女神殺し。


 そのために俺を勧誘するとか言っていたが。


「本気、なのか?」


「当然でしょう。でなければ、こんなところまで来ません」


 女神を殺すとか荒唐無稽とも言える出来事。

 この講和も、煌夜にとってはそのためだというのか。


「ふざけんなよ」


「ふざけてなどいません。私はいつだって大真面目です」


「大真面目で言うことかよ、この世界を滅ぼすとか」


「!?」


 俺の言った言葉に、それを知らずにいたこっち側――マリア、ニーア、水鏡、雫、吉川が息をのむ。

 そのあとに来るのは一斉の困惑、そして怒声だろう。

 だがその前に煌夜が先手を打った。


「勘違いしないでいただきたいですね。そして言葉は正確に使わなければ。私が言っているのは、あの女神が作った世界ということです。この世界の生きとし生ける者を滅亡させる気はありません。我々はあの女神の支配から逃れ、真に自由な世界を手に入れるのです」


 よく言うよ。

 この世界をゲームの世界みたいにしか見られないやつが。


「その……話が見えないのじゃが、ジャンヌ、女神とは……なんじゃ?」


 マリアが困惑したように聞いてくる。

 それも当然か。この場で女神の存在を知らないのは、マリアとニーアだけだから。


 だがどう話してよいものなのか。

 しかもこれを話すとかなり長くなるうえ信じがたい内容で、俺の性別についても言及する羽目になりそうだ。

 それは今、この場で無用な混乱を起こす元凶になりかねない。


 何より、彼女らのことを気にしていては、煌夜と対等にやり合えない。


「……すまん、マリア、ニーア。ここは一度外してくれないか?」


「でも……」


 マリアが哀しげな表情を浮かべる。

 ずきり、と胸が痛むが今は心を鬼にしてでも彼女たちには出て行ってもらわないといけない。


「大丈夫。後で全部ちゃんと話すから」


 それでも俺のどこか切羽詰まったのを感じたのだろう。


「分かったのじゃ」


 渋々ながらも、マリアは頷いてくれた。


「しかし女王様。女王様抜きで交渉など」


「よのじゃ、ニーア。後でジャンヌが全部話してくれるからの」


「……分かりました」


 ニーアの視線が『分かってんでしょうね』と圧がかかって冷や汗。

 それに対しては何度か首肯して、一応事なきは得たようだ。


 というわけで1分後には、この会談交渉にのぞむのは全てプレイヤーという形となった。

 マリアとニーアが抜けた分、水鏡たちが席を詰めて俺の横に来ている。


 人数的にはまだこちらが上。

 だがこの場での主導権は向こうにある。


 そのことを改めて確認しながら、俺は煌夜に切り出す。


「じゃあ、話してもらおうか」


「分かりました」


 煌夜は深く頷く。

 彼もこれからの話が、今後の展開を左右することが分かっているのか、ごくりと唾をのみ込み、そして話し始める。


「まず言っておきます。世界を滅ぼすと言いましたが、実際に世界を滅ぼすのは私ではありません。あの女神です」


「……どういう意味だ?」


「そうですね、私にとってこの世界はそこまで重要ではないのですが、それでもやはり自分と麗明の命にかかわることとなれば、相応の対策はします」


「ちょっと待ってくれ。あの女神がこの世界を滅ぼす?」


「そのままの意味ですよ。あの女神は今のこの世界を滅ぼす。そういうことをする存在です」


「けど、あいつは運命の女神とか言って俺たちに関与してきてるだけだろ? なのになんでこの世界を……」


「貴女なら女神の本質を理解していると思いましたが。女神にとっては人間など関係ない。自分が楽しめるかどうか、それだけの玩具でしかないのですよ」


「でも……だからって」


「それにもう1つ。女神にとって人間が玩具と言いましたが、それはもちろん私たちにも言えること。私たちプレイヤーも、あの女神にとってはちょっと変わった玩具の1つでしかない。だからその命を奪うことに躊躇などない。さすがに温厚な私でも、自身と麗明の命を狙われるとすれば逆襲に出ます。それゆえ言っているのです。女神を殺すと」


「…………」


 予想外の物言いに言葉が出ない。

 横を見れば水鏡たちも同様だ。彼女らからすれば『女神って誰? あぁ、あの最初の?』というところからだろう。


 俺――とおそらく煌夜も、何度か会っているからその存在が色濃く残っているわけで。


 けど、どうもまだ信じられない。

 煌夜には俺たちに対して前科があるし、何よりあのふざけたおちゃらけ女神が、そんなたいそれたことを考えているかは怪しいのだ。


 だがその時。

 それを裏付ける人物が現れた。


 正確には声がした、というのが正しいが。


「いーや、その男の言ってることは合ってるぜぇ」


 男の声。

 この中の誰の声でもない。


「ん、合ってはいる。けど全部話してないって感じだな」


 横。

 陣幕をたくし上げて入ってきた薄汚れたマントを羽織った男が、にやにやと人の悪い笑みを浮かべながら会議の場に入ってきた。


 その人物。

 まったく見知らない相手ではない。

 どころか、俺にとっては因縁のありすぎる相手だ。


「いよぉ、皆さんおそろいで。あれー、てかリーナちゃんいないの? リーナちゃんはよ?」


 元エイン帝国のプレイヤーで、俺と敵対しながらも里奈を連れてオムカ王国に亡命したものの、そのまま里奈を俺に預けてどこかへと消えた男。


 尾田張人おだはるとが、陣幕の中に、そこにいた。

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