霊界探訪記~クロマニョン人もホモサピも、みんないたってフツーでした(笑)~

志乃原七海

第1話死んだアイツに会いたくて



霊界探訪記~クロマニョン人もホモサピも、みんないたってフツーでした(笑)~


序章:死んだアイツに会いたくて


ピッ、と無機質な電子音が鳴り、サーモグラフィのモニターが深く沈んだ青に変わる。室温、摂氏十五度。真夏だというのに、吐く息が白い。

「――接続(コネクト)まで、あと少し」

助手の宇内透子は、タブレットの記録アプリを起動しながら呟いた。


お香の煙とサーバーの排熱が渦巻くカオスな事務所。その中央で、脳波測定器のヘッドセットを装着した佐藤菜々美が、床に描かれた幾何学模様の中心で静かに座している。

(この人、本業は一応ベストセラー作家なんだけどな……)

透子は内心で肩をすくめる。彼女のボスの情熱は、印税収入よりも「向こう側」――すなわち霊界の研究に、その大半が注がれていた。


「ねえ、菜々美さん。今日のターゲット、本当にネアンデルタール人なんですよね?」

「……ええ……だって、会いたいじゃない……彼らが最後に見た、空の色とか……」

途切れ途切れに応える菜々美の声が、だんだん別人のものに変わっていく。降霊の兆候だ。


「言葉、通じなかったらどうするんです?『ウホッ』じゃ、こっちの高性能マイクも意味ないですよ」

「魂の……想念を……読むの……」

「はいはい。クロマニョン人の二の舞はごめんですからね?『狩りの記憶がー!』とか叫んで、焼肉屋で生肉注文した事件、忘れてませんからね!」

透子がすかさず冷却シートを菜々美の額に貼ると、彼女はかすかに笑ったようだった。

「……あれは……ワイルドだったでしょ……」

「店員さんの顔はフリーズドライでしたけどね!」


軽口とは裏腹に、観測機器の針が一斉に振り切れる。空気がビリビリと震え、菜々美が古びた羊皮紙(レプリカだが雰囲気は重要)に書かれた呪文を囁き始めた。その声は、もう菜々美のものではなかった。


だが、その瞬間。

ふっと場の空気が緩み、菜々美がいつもの悪戯っぽい笑みを浮かべて透子を見た。


「ねえ、透子ちゃん。やっぱり、死んだ人に会いたいって思うのは、人間のサガなのよ」

「サガでしょうねえ。ご先祖様とか、昔の推しとか、あと絶滅したイケメンとか?」

透子がいつもの調子で返すと、菜々美は満面の笑みで言い放った。


「そうそう! 死んだヤツに会えるなら、そこが異世界だろうがアストラル界だろうが、なんだっていいじゃない?(笑)」


その言葉が、スイッチだった。

菜々美の表情がスッと抜け落ち、瞳の焦点が虚空の一点に結ばれる。


「――ウ……ガ……」


獣が唸るような、低く、古い声が、菜々美の口から漏れ出した。


(はい、ログイン完了っと)

透子は冷静に記録を取りながら、ニヤリと口角を上げた。

(さて、ネアンデルタールさん。今回はどんな面白い愚痴……いえ、世紀の大発見を聞かせてくれるのかしら?)


時空を超えた霊界探訪、本日もこれより、オペレーション開始である。

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