47.白き怪物に花束を・下


『いいかい、ルーク。その【斬魔刀】に装填された魔力増強弾は最大で5発までだ。一応、予備の弾丸は用意しているけど、それを落とすまではただの鉄塊になるから注意してね』


 通信機越しにそうリムルからの注意を受けつつ、俺は迫るツォアストラスギアの攻撃をよける。振り下ろされた尻尾を回避し。逆に魔力増強弾を消費して一刀を見舞った。


 切り飛ばされるツォアストラスギアの尻尾。


 先ほどまでは避ける以外に対処法がなかったそれも、もはや脅威にすらならない。


「いける」


 一歩、俺はツォアストラスギアに向かって距離を詰めた。


 同時にツォアストラスギアもその巨体をたわませて、すさまじい勢いで迫ってくる。


 それ自体が質量の奔流となって、俺を粉砕せんと迫るツォアストラスギア。


 同時に、その口からは灼熱が漏れ、瞬時に熱線と化す。


 超大型魔獣のそんな攻撃に対し。


「ここ──‼」


 斬撃を見舞う。


 三発目。


 引き金を引くと同時に展開した【斬魔断風】は確かに魔獣の咢を粉砕し、その熱線が放たれる寸前で、一刀両断する。


 指向性を失った熱線が俺の背後で大爆発を起こす。


 本来ならば敵を攻撃するはずのそれが逆にツォアストラスギア自身を害する状況。


【────────────────────ッッッ‼‼‼】


 ツォアストラスギアが咆哮を上げる。それが、痛みからくる悲鳴だというのは明らかで、そうして止まるツォアストラスギアの隙を──俺は見逃さない。


「シッ──‼」


 四発目。


 引き金を引き、はなったそれは、ツォアストラスギアの腹を捌き、それを開く。


 そこからドバドバと大量の血があふれ出てきた。人造といえども、ツォアストラスギアのその在り方は普通の生命に近い。だからこその鮮血。人間と変わらない真っ赤な血液。


 自らの身を切り刻む俺に対して、ツォアストラスギアの眼が向く。


 ぎらぎらと光るそれは、確かな憎悪に染まっていた。


 どうやらツォアストラスギアはいまこの瞬間だけは、自身に与えられた〝帝都を滅ぼせ〟という使命を忘れ、俺への憎悪を抱いているようだ。


 それに、俺は。


「はは」


 笑う。こちらを睨み、確かに敵と認識してきた超大型魔獣に対して、俺自身も呵々大笑をもって返す。足を一歩踏み込み、魔法で加速させ、すさまじい勢いで俺は魔獣へと吶喊する。


 同時に俺は周囲へ【電磁投射術式】を展開した。


 その数実に三百。俺が展開しうる最大数を持って、ツォアストラスギアに叩きつける。


 焦げ付くツォアストラスギアの体表。


 もちろんこの【電磁投射術式】にもエヴァの対抗術式が付与されているので、これらの攻撃によって受けた傷をツォアストラスギアは回復することはできない。


 ツォアストラスギアも食らい続ければまずいと直感したのだろう。


 体表で無数に蠢く眼が熱を帯び、そこから熱線を放って俺の【電磁投射術式】を迎撃した。


 俺はそれを見やりながら手を変える。


「なら──!」


 足元に術式を展開し、俺は真上へと向かって跳躍する。


 上へ、上へ、はるか天空へ向かって飛び上がっていく。


【───】


 もちろん、ツォアストラスギアもそんな俺を逃がそうとはしない。


 全長1キロメートル1000リージュはある巨体が俺を追って高く伸びあがり、一直線にその巨躯で俺を追ってきた。そんなツォアストラスギアを、俺ははるか高みから見降ろし、そして。


「瓦割と行こうか」


 五発目。


 引き金を引き、撃鉄させ。そうして魔力増強弾を撃ち放った俺は【斬魔断風】によってツォアストラスギアの全長にも匹敵するほど巨大化した刃を一直線に振り下ろす。


 当然、それはこちらへと向かって真っすぐと伸びあがっているツォアストラスギアの顔面へ思いっきり直撃。


 結果、ツォアストラスギアは体を縦に真っ二つされていった。


 左右に引き裂かれていく超大型魔獣の巨体。はるか帝国の大地が見渡せる天から地上へと向かって、真っ逆さまに斬撃を振り下ろしていく。


 一刀両断。


 ツォアストラスギアのその巨大な体躯が左右に裂け、地面に落ちる。


 俺はそんなツォアストラスギアを後目に、地面へ着地。手に持っていた【斬魔刀】を地面へ突き立て、大きく息を吐き漏らした。


「ふう、これで一件落着、かな」


 結局、いくら巨体を誇ろうが特殊能力がなければ魔獣なんてこの程度にすぎない。


 俺のような七つ星の猟兵にかかればこんなもんだ。


「案外。あっけなかったな」


 そう呟きながら、俺は背後へと振り返る。


 地面に横たわり、すでに肉塊になったツォアストラスギア。


 もう暴れることはない、だ、ろう……


「うん?」


『ルーク?』


 背後へと振り返って、そしてツォアストラスギアを見やった俺は、しかし思わずそんな間の抜けた声を出してしまう。それを拾ったのだろう、リムルが疑問の声を出してきて、


『どうしたんだい?』


「あ、いや。なんか、いまツォアストラスギアの死体が動いたような気がして……」


 改めて、俺はツォアストラスギアの死骸を見つめる。


 地面に横たわるそれは、確かに生命を失っているはずだ。少なくとも尋常な生命体ならばいくら魔獣といえども体を真っ二つにして生きているはずがない。


 だけど、気のせいだろうか。


 ツォアストラスギアの肉体は、確かにゆっくりと動いていて──


「──まだ、死んでいない⁉」


 肉塊がはじけた。


 それは同時に、真っ二つと裂けた二つの肉体が互いに求めあうように伸び、じょじょに、しかし確かに再生していく。


『……っ! こちらでも確認したよ! ツォアストラスギアの再生能力が復活している⁉』


 リムルの言葉を受けて俺はようやく目の前の光景が現実だと思い知る。


 しかし、どうして、と疑問してそこで俺は気づいた。


「適応能力か……‼」


 ツォアストラスギアのもう一つ能力。敵の攻撃を受けて、適応するその異能。


 それが、エヴァの造った自動細胞自壊術式を克服しつつあるのだ。


 だとすれば、かなりまずい。ただでさえあの巨体に再生能力が戻れば、もはや手の付けようがなくなってしまう。ともすれば本当に帝都が崩壊しかねなくて。


(どうする、どうする、どうすればいい⁉)


 どうすれば、と俺が疑問した──まさに、その時。


『再生核です!』


 じじ、と音を立てて割り込む誰かの声。


 クラウディアだ。彼女が突然通信に割り込んできた。


「クラウディア……⁉」


『時間がありません! だから手短に。私が以前拝見したシャーロティア先生の論文に、生物の再生能力を高める人工臓器の研究がありました。その技術がもしあの超大型魔獣に活用されているのであれば、体のどこかにそれを管理する再生核があるはずです! それを壊せば、魔獣の再生能力も完全に消滅するはず──‼』


「──! わかった‼」


 クラウディアから与えられたその知識。


 もはやそれにすがるしかない俺は必死になって、再生しつつある魔獣の肉体を観察する。


 そして。


「──そこか!」


 ツォアストラスギアの肉体に一か所。妙に魔力が集中する場所を見つけた。


 おそらくそこが再生核。


 俺はそれを破壊すべく【斬魔刀】を振り上げた。だが、


「弾切れ……‼」


 引き金を引くが反応がない。


 先ほどの一刀で全弾を打ち尽くしていた。これでは、ツォアストラスギアに対して有効な攻撃を与えられない。慌てて俺はリムルに要請を出す。


「リムル! 航空艇から魔力増強弾を下ろしてくれ!」


『わ、わかった! でも、すぐには無理だよ! その前にツォアストラスギアの再生が終わってしまう!』


 通信機越しにそう焦燥の叫びを放つリムル。


 その通りだ。リムルが次の弾丸を下ろすよりも早く、魔獣が復活してしまう。


 しかし、いまこの瞬間に再生核を破壊しなければ、と焦る俺は、ふと、そこで。


「ん──?」


 ツォアストラスギアの魔力の中に、なにか別の魔力が存在しているのを知覚する。


 たまたま魔力へと意識を向けていたから気づけたぐらいに微弱な反応だ。


 でも、それは確かにツォアストラスギアの体内に絡み合って存在していて──


 ──それが刃の類だと気づいた俺は、その瞬間、その刃へ向かって一直線に駆け抜けた。


「誰のかわからないけど、使わせてもらいます‼」


 告げて、ツォアストラスギアの肉体を駆け上がった俺は、その刃をつかみ上げる。





 ……この時の俺は知らなかったが、それはオーベルシュタイン先生の剣だった。


 自身がシャーロティアの凶刃に倒れる直前、シャーロティアへ放って彼女の胸へ突き立てられたそれ。その刃は、その後にシャーロティアの食らったツォアストラスギアの体内にも混入していた。


 シャーロティアの肉体すら、一瞬で消化してのけた中で、しかし頑強に残り続けた刃。


 それが、俺を助ける。





「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ‼‼‼」




 残っていた刃を振るい、俺はツォアストラスギアの再生核を断つ。


【────────────────────ッッッ‼‼‼】


 絶叫するツォアストラスギア。


 同時に、完了しかけていたツォアストラスギアの再生が止まる。


 裂けた肉体は完全に繋ぎ合わされず、不完全な状態で再生が停止したため、ツォアストラスギアの肉体から無数の鮮血が零れ落ちる。その中でなお魔獣は肉体を躍動させた。


 俺はそれによって吹き飛ばされながら地面に着地。


 一方のツォアストラスギアは、そうして再生する能力を失った状態で、全身から深紅の鮮血をまき散らし、一部ではその莫大な自重で引き裂かれていく音を響かせながらのたうち回る。


 ギロリ、とその眼差しが俺へと向いた。


 ほとんどの目が失われた状態で、それでも顔面のそこだけが確かに俺を見つめる。


 まるで、自らを生み出した女の怨念が宿っているような眼差しだ。


 俺もそれに対して見つめ返しながら通信機に呼び掛ける。


「リムル」


『もう落としているよ』


 リムルが告げるのと同時、上空から魔力増強弾が落ちてきた。回転弾倉用の即時装填器に取り付けられた状態で落ちてきたそれを俺はひっつかみ、そのまま【斬魔刀】へねじ込む。


「さあ、決着といこうか」


 改めて全弾を装填し終えた俺はツォアストラスギアに向き直る。


 はたしてツォアストラスギアも同時に動き出していた。


 その巨体で地面を這うように突進し、俺を叩き潰さんとするツォアストラスギア。


 全身傷だらけで、多量の血が噴き出し、動くたびに肉体が引き裂かれる音が響く。


 もはやこの攻撃を行ったら最後、帝都にたどり着くまでもなくツォアストラスギアは息絶えるだろう。であるならば、せめて俺だけでも道連れに──そんな思いが垣間見えるようで。


 俺はだからこそ、その向こうにあるであろう一人の女性のことを思う。


「……シャーロティア先生。正直俺はなんであなたがこんなことをしようとしたのかはわかりません。そこにある思いも、そう考えるに至った経緯も」


 シャーロティアはツォアストラスギアという存在を生み出してまで、帝都を──アルカディア帝国という国家を打ち壊そうとした。


 なぜそう思ったのか、どういった感情が彼女の中にあったのか。俺にはわからない。


 ゆえに俺はまっすぐと超大型魔獣を見つめる。その怨念と憎悪で生み出された歪な生命を。


「だから、俺は俺のわがままのためにあなたを止めさせてもらいます。帝都と、そこにいる友達を──第一魔導高専という学校を守るために」




 ──全弾撃発ヴェンリーティスライナー




 引き金を引き絞り、そうすることで装填された五発の魔力増強弾すべてを一瞬で消費する。


 瞬間【斬魔刀】の刃が灼熱した。


 通常でもツォアストラスギアの巨体に迫る大きさまで刃を巨大化させる術式だ。


 それが一度に五発分。同時に発現したそれはもはや刃という形すら保てない。


 では、なにになるのか?


 答えは、単純。




 ──第一種攻性術式【竜の息吹ヴァイレーグスレーゼ




 突き一閃。


 刺突の構えで、前へと向かって突き放たれた【斬魔刀】はその刀身を灼熱させ、自らを溶かす勢いで熱を発しながらも確かに事象改変を引き起こす。


 超大なる熱撃だった。


 竜が放つ熱線がごとく。その刀身の何十倍の大きさ、何十倍の太さ、何十倍もの威力をもって俺へと突進してきたツォアストラスギアに真正面から激突して。


 その巨体を一撃で消し飛ばす。




 大爆発。




 俺が放った一撃は目の前で戦略級兵器が爆発したのにも匹敵する威力を発揮した。


 舞い上がる土煙。


 その中に飲まれた魔獣はしかし一たまりもなく、灼熱によって消し飛ばされ、あとかたもなく。俺はそれを見やりながら、もはや刀身を失った【斬魔刀】を振り下ろす。


「ふう、ようやく終わった」





 ──〝白の威容〟ツォアストラスギア。


 討伐、完了。











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これにて決着! 次の回がエピローグとなります。

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