37.暴かれた真実
こちら、本日更新5話の2話めとなります。
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その日、俺は錬金術の教室へと立ち寄った。
「……し、失礼しまーす……」
おそるおそる、中へと立ち入った俺は、その部屋の中でシャーロティアとオーベルシュタイン先生の姿を見る。そのうちシャーロティアの方が「お?」と首を傾げて、
「どうしたんだ、ルーヴェンブルン」
「あっ、えっと。仕事で使う魔法薬の調合がしたくて……それで設備を借りれないかなって」
しどろもどろになりながら、何とかそう口にするのに、なるほどと頷くシャーロティア。
「おう、別に構わないぞ。オーベルシュタイン先生もそれでいいですよね?」
「むっ。ああ、構わない……話はまた今度で」
言って、すごすごと立ち去っていくオーベルシュタイン先生。
俺は、そんな先生のことをちらりと見やりつつ、そのままシャーロティアへと問うた。
「オーベルシュタイン先生とはなんの話を?」
「別に。大したことじゃねえよ、仕事関連でいくつか連絡事項を受け取っただけだ」
にゃはは、と笑うシャーロティア。俺はそんな彼女へと一度視線を向けた後、ふと彼女の足元にまとめられた紙面があるのに気づく。
「先生、その紙束は?」
「ああ、これか? 研究なんかの記録を書くためのもんだな。ちょっといまから研究についてまとめるから、引っ張り出してきたんだよ」
「なるほど……あっ。じゃあ、俺、錬金させてもらいます」
「おう、やれやれ」
シャーロティアから許可ももらったことだし、とさっそく俺は錬金へと取り掛かる。
と言っても、やることは簡単だ。事前に持ち込んだ材料を錬金鍋に突っ込んでかき混ぜるだけ。そうすれば、あとは錬金鍋に刻まれた術式が自動で中のものを錬成してくれて、
「魔法薬の類か? 仕事に使うといったが、いったいなにに?」
「それは……守秘義務がありますので。それより、先生。これの錬金
すんっと鼻を鳴らしながら嗅いでみれば、はたしてそこから血の臭いにも似た鉄さびくさい臭いが。俺が問いかけるのにすぐそばでシャーロティアは首肯を返してきた。
「おう。私が独自に調合したものだよ。しっかしオーベル先生にも言われたが、そんなにくさいかね、これ?」
「え、ええ……っていうか、オーベル先生???」
あのオーベルシュタイン先生を相手にやたら気さくな口調をするシャーロティアに、俺は困惑の視線を向けてしまう。はたして、シャーロティアは肩をすくめる仕草をして、
「ああ、前にも言ったろ。私と先生は昔からの知りなんだよ……私は親が非適格移民ってやつでね。親自体は帝国から追い出されたんだが、私は魔法適性があるってんで、保護されてそのままオーベル先生の家に引き取られたってわけさ」
不適切移民……確か、帝国の文化や言語になじまず犯罪行為を繰り返す移民を呼ぶ名だったか。帝国は移民国家であるのだが、だからと言って誰でも彼でも受け入れはせず、不適格とされたものを国外追放することが多くあった。
自身もそんな移民の出だ、と告げたシャーロティアに俺は意外に思ってしまう。
「先生って移民だったんですか」
「この赤い髪と、喋り方を見ればわかるだろ。ルーヴェンブルンほど私はアルカディア語に堪能じゃないんでね。どうしても言葉が雑になっちまう」
けらけらと笑ってそう告げる先生に俺は何とも言えない表情をしてしまう。
いや、言って俺も前世の感覚が抜けきらないせいで、いまいちアルカディア語に堪能というわけじゃないんですけど。実際いまだに前世由来の〝陰キャぼっち〟なんて自分のことを言ってしまうわけだし……とそんな風に考えていると錬成も最終段階に至った。
「おっ。そろそろ錬成できるんじゃないか?」
魔力反応によって錬金
「ほう、なかなか……速度も速いし魔力制御も卓越している。大した腕だ」
「いや、俺なんて。クラウディアの方がよっぽど腕がいいですよ」
そこまで言って、しかし俺はそんな自分の言葉に暗い表情をしてしまう。
俺の変化に気づいたのだろう。シャーロティアも頭を掻くような仕草をしていた。
「あー、アーキュリオスか。あいつのことは、その残念だった。早く見つかるといいな」
「ええ、俺も早く犯人が捕まるといいと思っています」
シャーロティアの言葉にそう頷きつつ、俺はそんな赤髪の教師へと改めて向き直る。
「施設を貸してくださりありがとうございました。それとオーベルシュタイン先生との会話を邪魔してすみません」
「んあ? ああ、いいっていいって、本当にただ連絡事項を聞いただけだから」
真実気にしていないという表情を作るシャーロティア。
そんな彼女を見やりつつ俺は、ふと、気になったことを問いかける。
「そういえば、先生ってオーベルシュタイン先生のことをどう思っているんですか?」
「あ? どうって……まあ、兄みたいな人だよ。恩人だし、あといまは同僚だしな。いろんな意味で頼りにさせてもらっている」
「そうですか……そんな人から裏切られたら先生も辛いでしょうね」
「………?」
俺がふと呟いた言葉に、そこでシャーロティアが首を傾げる仕草をした。
俺のことを怪訝に見やるシャーロティア。
「……それは、どういう意味だ」
「いえ、別に。ああ、ただ一つ──」
言って俺が視線を向けたのはシャーロティアの足元。そこに置かれている紙束である。
彼女がこれから研究をまとめるために持ち出したというその紙束。
それを見やりながら、俺はついいましがた作り上げた魔法薬を──投げ放つ。
「──先に謝っておきます。ごめんなさい」
ぱりん。
軽快な音を立てて瓶が砕け散り、それと同時に魔法薬が紙束へとふりかかった。
それによって紙束へ水薬がしみこんでいく。
みるみるうちに魔法薬が浸透していき。そして。
それが、浮かび上がった。
「……やっぱり……」
最初に見えたのは文字だ。
真っ白だったはずの紙束へ魔法によって隠されていた文字が現れ文章が形成されていく。
次に現れたのは写真。巨大な施設の中に巨大な建造物とその中で胎動する化け物を映したそれ。まだ形成段階の幼体から現状の巨大な威容にまで成長する姿を事細かに……最初から観察していなければあり得ないほど詳細に記載されたその書類。
──〝白の威容〟ツォアストラスギア。
現状そう呼ばれる魔獣の製造方法について詳細を記した紙面が、いま俺の目の前にあった。
俺はそれを見やりながら顔を上げる。目の前には表情を消したシャーロティアの姿が。
「………」
押し黙って無表情になるシャーロティア。
彼女はジッと足元でその真の姿を現した紙束を見つめた後、ゆるゆるとした動作で、俺の方へと振り向いてくる。俺もまたそんなシャーロティアを見やりながら、その一言を告げる。
「シャーロティア・ヴェンツェル。あなただったんですね。あの超大型魔獣を生み出し、さらにはクラウディアまで攫った、この事件の黒幕は」
俺が問いかけるのにシャーロティア……現在その名で呼ばれる女教師はただ静かにこちらへと無感情な眼差しを向け続けるのだった。
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