35.アズバニア戦争


 俺の問いかけに、無言でこちらへと振り返るオーベルシュタイン先生。


「なにをしたとは……まさか、知らないのか?」


「す、すみません」


 思わず謝罪してしまう俺に、オーベルシュタイン先生からジロリとした眼差しが飛ぶ。


「あの方の息子だというのに……まあいい、ならば少しは教師らしく教えてやろう」


 そう言って先生はため息をつくと、その顔を教師らしい表情に。


 姿勢を正し、そうして先生はそれを語りだした。


「そも、アズバニア戦争とはいまから十年前に中央アリシア大陸に存在するアズバニアという国で勃発した帝国と純血主義勢力との戦争だ」


「じゅ、純血主義」


 またその単語だ。この神地と呼ばれる世界では、相当に大きな意味を持つらしいとは、わかるのだが、あまりそっち方面には詳しくない俺にはいまいち理解が追い付かない。


「純血主義については改めて語るまでもない……要は、他種族を排斥し、あまつさえ虐殺にまで手を染める最低最悪の思想だ。元からして我々帝国のような神理性国家へのひがみから生まれたような唾棄すべき危険思想だよ」


 そこまで解説しながら先生は、ふん、と鼻を鳴らし、


「そんな純血主義の思想がアズバニアにも存在していた。特に彼の国は北側で純血主義者の盟主であるバグエラと接している。その影響を強く受けたことで、アズバニアという国は、北と南で二分され、互いに相争っていたのだよ」


「にぶん……?」


 だんだん話がややこしくなってくる。国際情勢とかなんとか言われても意味が分からない。


 しかし、ここで話の腰を折るわけにもいかないので、俺は黙って続きを促した。


「純血主義者は先にも言ったが神理性国家──神霊種というものに対して憎悪を抱いている。我々が貧しいのは、神がその益を奪っているからだ、と根も葉もない考えを信じ込み、自らの無能を棚に上げて神を弑さねばなどと無知蒙昧もすぎた愚かなことを考えているわけだ。そして、それが、アズバニアを舞台にして我が国が戦争に巻き込まれる発端ともなった」


「発端というと……その北側の人達が南側に侵攻でもしたんですか?」


 まあ、仲が悪い感じだしそんなところかな……と俺が思って口にした言葉に、しかし意外にも首を横へと振るオーベルシュタイン先生。


「いいや、戦争を挑んだのは、北側ではない……そしてだからこそ、あの戦争は帝国にとって史上最悪な戦争となったのだ」


「……じゃあいったい誰が戦争を始めたんですか?」


 唾棄するように、そう告げるオーベルシュタイン先生。それに対して俺は思わず首を傾げてしまう。はたして、俺が問うたのに先生は──




「──帝国だ」




 厳然とした声音でオーベルシュタイン先生が告げる。


「うわあ」


 なんというか、その、本当に……、


「意外と帝国って……その、あまりよろしくないところもあるんですね」


 俺の思わずな感想に、先生は面白くなさそうな表情で、ふん、と鼻を鳴らした。


「どんな国にだってよいところもあれば悪いところもあり、正義もあれば悪もある。その点において当時の帝国は決して善とは言えない行為を働いたのだろう──無理にでも純血主義勢力を追い出すことは、確かに理もあるかもしれんが、その結果があれでは笑えん」


 そう吐き捨てるオーベルシュタイン先生の顔には、どことなく疲れた老人のような色が見えた。まるで、打ちひしがれるような人間のように、先生はそれをこぼす。


「知っているか? 当時の魔導師達は、誇り高く戦場へ赴いたのだよ。世界大戦が終わり、魔導師の在り方そのものが一変する中、君の父君が提唱する新時代の戦闘魔導師という言葉に踊らされ、酔い、そして戦場へ赴いた先に待っていたのは……災厄のごとき絶望だ」


「………」


「ろくな理由で始めなかった戦争は当然世界全土の非難を呼んだ。まともに帝国へ味方してくれる国もなく、さらには自ら戦争を挑んでおいて、バグエラとの直接対決は嫌がった帝国政府はろくな戦争指導もとれなかった。そのせいで多くの犠牲が強いられたのだよ」


「……その状況で、父はなにをしたんですか?」


 俺の問いに先生が浮かべたのはひどく無表情なそれだ。なんの感情も伺わせないのに、しかし万の感情を表現しているような……そんな矛盾した思いを抱くようなそれ。


「やったこと自体は、簡単だ。死守命令だよ。我々魔導師部隊のすべてに、その時いた場所を死守せよと……そうすることで己を人身御供にし、全軍の撤退をたすけよ、と命じたのだ」


 人身御供──すなわち、生贄。つまりは、魔導師部隊はその全部隊が撤退するすべての帝国軍部隊のために、犠牲となることを強いられたということだ。


「何が最悪かといえば、総佐とその直属の部隊は後方へ退いていたことだ。あの方は自分だけ後ろにいて、我々魔導師部隊のすべてに犠牲を強いた。こんな不公平が許せるとでも? そうして得たものすらも、不名誉とされる戦場──そこで犠牲になった者達は、ではいったいなんのために戦ったんだ? 何を守るために、何を得るために命を散らしたんだ……?」


 その疑問に、しかし俺はなにも答えられない。この時ばかりは不用意に答えることが、いけないのだと、なぜか直感できて、だから押し黙る俺に先生はただ深く息を吐く。


 先生がそれ以上なにも言わないのは、それが結局は逆恨みにすぎない、と先生自身もわかっているからだろう。


 それでもやるせない感情に行き場がなくて……だから、先生は俺の父を恨むのだ。


「もちろん。全体で見れば、我々魔導師以外の犠牲を最小にできたという意味で、総佐の命令は最善の選択ではあったのだろう。だが、そう言って慰められないほどにあの戦争にはあまりにも犠牲が多かったのだよ……その中にはシャーロティアの夫もいる」


「………」


 シャーロティアの名前を出されて思わず俺は息を飲んでしまう、そんな中でオーベルシュタイン先生は──かつてアズバニアという絶望を経験した男はそれを告げた。


「私のことをどう思おうと勝手だがね、紳士ヴィルルーヴェンブルン。だが、あの戦争において、その悲劇を止められなかったという意味で、君のお父君も、帝国政府も同罪だ」


 それが、まぎれもないあの戦争にかかわった兵士の感情であった。





     ☆





 翌日。


「アズバニア戦争、か」


 今日も学校に登校してきていた俺は、昨日先生から聞かされたそれを思い浮かべてポツリと呟く。バカな俺にはアズバニア戦争と言われても、結局なにかがピンと来たわけではない。


 ただ一つ言えるのは、そんな人たちを踏みにじった側に父がいて、踏みにじられた側にオーベルシュタイン先生がいた、というただそれだけ。


「だから、オーベルシュタイン先生は、超大型魔獣に対してあんな目を向けていたのかな」


 そんな風に思いながら、俺は廊下を歩く──まさに、その時だった。


「君、アルクフリード・ルーヴェンブルン君だね?」


「へ?」


 校門が見えてきたか、というまさにその所で、俺は呼び止められた。


 相手は緑色の軍服を着た人間──憲兵だ。


 国家憲兵隊の軍人である人がなぜ俺を呼びとめるんだ……?


 そんな風に俺が、目を白黒させる中、その憲兵はおもむろにこのようなことを口にする。


「クラウディア・ヴァン・アーキュリオス嬢が行方不明になった件について、重要参考人としてお話を聞かせてもらいたい」


 ……なん、だって。










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今後の更新についてですが、物語はいよいよクライマックスに向かっていきます。

そのため、いったん更新をお休みし、これまでの話をブラッシュアップしたうえで、最終話を含む約10話をまとめて投稿する予定です。更新再開は 10月中旬頃 を予定しております。


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