19.躁糸の魔蜘蛛


「──いた!」


 地下水路を全力疾走すること十分。俺は、ようやっとフランツの姿を発見する。


 場所は地下水路の中でも特に奥深く。


 おそらくは大量の水を逃がすために活用される治水施設なのだろう場所だ。


 無数の柱が整然と並んでいるそこは、しかし現在あちこちに生物質な糸が張り巡らされ、その間にはどこからか攫ってきたのだろう【獲物】がぶら下げられていた。


「フランツ!」


 そんなぶら下げられた繭の一つにフランツの姿を発見。


 駆け寄って、その繭を断ち切り、中を確認。大丈夫、まだ息はある。


「……う、うう……」


「大丈夫か? 意識はある? 俺のことがわかるか……?」


「し、しょう……?」


 うん、だから師匠じゃ……まあいい。


 とりあえず、意識ははっきりしているようだ。こっちのこともしっかりと認識しているようで、一安心。そうして俺が呼びかけるのにフランツはぼんやりと瞼を開け、


「……ッ! いけない!」


 だが、そこでフランツの両目が見開かれる。彼の視線は俺──のさらに背後。


 そこから迫る何者かに向けられていた。


「ルーク‼」


「わかっている!」


 リムルの叫びを受けて、俺はとっさにフランツを連れてその場から飛びのく。


 はたして、一拍遅れて襲い掛かったのは、強靭で鋭い節足。


 虫めいたそれが、ただしく虫のものであるのは一目でわかった。


 ただし、虫は虫でも、蜘蛛──それも全長にして6メートル3リージュはあろうかという巨体だ。


躁糸の魔蜘蛛デアゴ・スピキノシィウス……‼」


 主に山岳地帯の【魔力溜りポスト】を生息域とする魔獣だ。巨大なハエトリグモに似た形態を持ちながらも、その食性は肉食。


 肥大した節足と、それを生かした跳躍力によって縦横無尽に山岳地帯を飛び回り、さらに放つ糸によってその軌道を捻じ曲げることで、予測が難しい動きをすることで知られている。


 そんなデアゴ・スピキノシィウスが振り下ろした足によって、柱の一つが粉砕される中、それを見て、俺の腕の中にいるフランツが顔を青ざめさせた。


「……あの、魔獣はいったい……⁉」


「あまりこの近辺では見かけない魔獣かな。普段は山岳地帯とかに住んでいるはずなんだけど……いったいどうやって、こんな平地ばかりが広がる帝都くんだりまで来たんだ?」


 帝都の近辺は広大な平地が広がる地帯だ。デアゴ・スピキノシィウスのような山岳地帯を主な生息域とする魔獣がとても足を運べるような場所ではない。


 それでも目の前に現れた魔獣をつぶさに観察する俺へフランツは顔を青ざめさせながら、このようなことを呟いた。


「あ、あんなの人が相手にできる存在じゃない……! 師匠、危険です。ここは撤退を──」


 おそらくは、心底から俺のことを心配して、フランツはそう提案してくれたのだろう。


 しかし俺はそれに、つい苦笑を覚えてしまった。


「大丈夫」


 言って、俺はフランツをすぐそばまで駆け寄っていたリムルに預けると、腰につるしていた剣を引き抜く。その上で、意識は胸元の加護機へ。魔力を注ぎ加護機の駆動を開始。


 それだけで小型の超高性能霊子演算機は確かにその機能を働かせ、正しく術式を編み出す。


「リムル」


 背後のリムルへと呼びかけた。俺の視線を受けて、リムルも神妙な表情で頷きを返す。


「わかっているよ。うん、すでに何人もの人を襲ってもはや引き返せない状態になっている。脅威度判定A。帝立猟兵協会は七つ星猟兵アルクフリード・ルーヴェンブルンに、躁糸の魔蜘蛛デアゴ・スピキノシィウスの討伐を要請するよ」


 リムルが口にした脅威度とは猟兵協会が定める脅威の区分だ。


 その判断基準は、人間を襲ったか否か……ただ、それだけ。


 今回の場合、すでに目の前の蜘蛛型魔獣は無数の人を襲っている。


 状況的に見ても、一連の事件を起こしたのと同一個体であるのも明白。


 よって、目の前にいる魔獣は今この瞬間より俺の【討伐対象】となった。


「承った」


 踏み出す。


 一歩、走るでも、奔るでもなく、ただ一歩を俺は魔蜘蛛へと向かって踏み込んだ。


 瞬間。


「……ッ! 師匠‼」


 フランツの叫び、それと同時に俺へと迫る無数の


 おそらくは地下水路の中にある建材を利用したものなのだろう。


 それ自体が人間ほどの大きさをもった重質量が、俺へと向かって殺到してくる。


 これは、魔獣の異能だ。


 元来、魔獣は一体一体が特殊な異能を持つ。


 デアゴ・スピキノシィウスの場合は、躁糸。


 自らの糸を付着させた物体を対象にして、振り回し、叩きつけ、叩き潰し、そうして獲物を狩る──まさに躁糸。その名に違わぬデタラメぶりである。


(現代魔法の論理をまるっきり無視した現象だな)


 迫る岩の軌道は現代魔法の論理を考えたらすさまじくデタラメなもの。とてもではないが、まっとうな論理で動いているようには見えず──


「いや、違うか」


 ──


 人類が体系化し、誰もが扱えるように仕立て上げた事象改変技術ではなく。


 目の前にある現象こそが、本来の魔法そのもの。まったく異なる摂理をこの世に顕現させる力。そんな始原にして原初の魔法を操る魔獣に、俺は。


「無駄だよ」


 岩石が撃ち抜かれた。


 糸に操られ、物理法則を無視して乱舞し、俺へと迫ったそのすべてが──突如として空中に生じた一筋の撃ち抜かれ、砕け散っていく。


 第二種攻性術式【電磁投射術式OCT


 事象改変によって事象の拘束力が弱まっている環境下ならば、物質の保存則が緩むのに着目し、通常の保存則を無視して魔力による代替で別物質を生成してしまう術式。


 それによって作り出した電子を砲弾とし、加速、放出して放った荷電粒子砲が空中を切り裂き、迫る岩石をことごとく撃ち砕いた。


 その間一秒の間に十二。


 輪転する術式。俺が独自に改造した【電磁投射術式】はさながら回転銃身を持つ機関銃がごとく、術式の発現、魔力の電子変換、粒子への荷電、加速、そして発射を繰り返す。


 デアゴ・スピキノシィウスがいくら、岩を操り俺を押しつぶそうとしてもその端から俺が放つ術式がそのすべてを打ち砕き破砕し、そして焼き焦がした。


 一歩進む──岩が砕ける。


 一歩進む──岩が撃ち抜かれる。


 一歩進む──までもなく、空中で岩が無残な破片と化し、パラパラと地面へと降り注いだ。


 一歩進む、砕く、一歩進む、砕く、一歩進む、砕く、砕く、砕く、砕く、砕く砕く砕く砕く砕く砕く抱く砕く砕く砕く──‼‼‼


「さて」


 呟き俺は、次の一歩を強く踏み込んだ。


「行きますか」


 そして、俺は走り出す。

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