10.友の名誉がために
「──それでは、両者構え」
高らかにそう告げるシャナ会長。
場所は第一魔導高専、実技棟内の魔法戦技室。戦闘魔法をぶつけ合わせても問題ない強度の建材と結界が張られたその室内で俺は目の前の少年と静かに向き合っていた。
少年の名はフランツ・ヴィア・シェーンコップ。
そんなフランツは短く切り込んだ青髪の下、その笑えば美男子と言われるだろう顔をゆがませて、鋭い眼差しを俺へと向けていた。俺にとしてはその眼差しがただひたすらに怖い。
(どうしてこうなった)
剣と加護機を構えながら、俺は心の底から嘆く。
このような状況に至ったのは数時間前。
フランツが俺の生徒会入りを反対したことが原因である──
☆
──突然、口を開いたフランツへ真っ先に怪訝な顔を向けたのはシャナ会長だ。
「シェーンコップ書記。また、ずいぶん藪から棒な発言ですわね?」
少年を見やり、おっとりと問うシャナ会長に、しかし少年の視線は厳しいまま。
「突然の発言は謝罪いたします、会長。ですが、やはり俺は納得いきません、そこの者が──アルクフリード・ルーヴェンブルンが生徒会入りするのは」
厳しい表情でシェーンコップ書記と呼ばれた少年が告げるのを聞きつつ、俺は隣に立つクラウディアへと、おもむろに問う。
「知り合い?」
「……はい、彼は我がアーキュリオス家の門弟で、今年度の入試次席合格者となります」
つまり、この学校では現状クラウディアに次ぐ実力者ということ。
そんなフランツ少年は、睨むような眼を俺へと向けると、このような発言をした。
「そもそもそこのルーヴェンブルンは、正規の入試を受けて入学した者ではありません。もちろん、それがクラウディアお嬢様のご意向であることは理解していますし、それまでだったら俺もあれこれを言うつもりはないです──でも、生徒会入りは違うでしょう」
「フランツさん。彼に対してそういうのはいかがなものかと思います」
フランツの言葉にたまらずクラウディアが反論を口にするが、しかしフランツの態度は変わることはない。よほど憤っているのか、その柳眉を吊り上げるフランツ。
「そもそもです、お嬢様! アーキュリオス家の人間ともあろう方が、どこの馬の骨とも知れない者を特別視し、他者と明らかに異なる扱いをするなど、その方が言語道断では⁉」
「と、特別視……⁉」
フランツの言葉に、しかしそこで珍しくクラウディアの表情が変わる。
珍しいことに彼女はその頬を真っ赤にして、激しく狼狽するかのような表情を見せたのだ。
「フランツさん、あなたは何を……⁉」
「その者の資質の話です! 聞けば、その者は猟兵ということではありませんか⁉ 外国ならばいざ知らず、この帝国で猟兵をする者など、たいていが魔導師としても恥ずべき輩! お嬢様はそれを本当にわかっておいでですか⁉」
と、俺を指さし、そう公然と猟兵に対する批判を口にするフランツ。
それに対して俺は怒りを抱いて……は、うん、特にないかな。
だって、フランツが言っていることは事実だし。
現に帝国での猟兵の扱いというのはフランツが口にしたとおりだ。
そもそも神の加護で国土を覆っている帝国では魔獣の発生件数が極めて少ない。
神の加護を持たない一般的な人理性国家における魔獣の発生件数は三万を超える。
対する帝国はというと……年平均にしてわずか30.5件。
たった、それだけの発生件数では、そもそも猟兵という存在がいらないと思われるのも無理なからぬことだろう。どんな国にだって発生しない災害の専門家はいらない。
帝国においては、それが猟兵だ。だから、フランツの言っていることに俺はたいして怒りを覚えはしないのだが……それは俺の話。クラウディアはまた違うようで──
「フランツさん!」
たまらず、クラウディアが叫ぶ。その時、彼女が浮かべていたのは憤怒の表情だ。
クラウディアらしからぬことに彼女は、フランツの事を全力で睨みつけていた。
「……っ。な、なんでしょうか……」
「いまの言動は見過ごせません! ルークはあなたの言うような恥ずべき方ではありません! いますぐその発言を取り消してくださいませッッッ‼」
轟くような絶叫。普段はあまり叫ぶことをしないクラウディアのそれにはフランツのみならず、俺やシャナ会長も唖然と目を見開く。一方で叱責されたフランツはその肩をわななかせ、とうとう隠しようのない怒りをクラウディアの方へと向ける。
「お言葉ですが、お嬢様。あなたは目が曇ってらっしゃる……! 昔馴染みを特別視するあまりいまのあなたはとても十二騎士候の者としてふさわしいふるまいではない……!」
「………ッ」
ああ、これはまずい。
フランツがいま口にしたのはクラウディアに対する明確な批判だ。
俺が、どうこういわれるのは、ぶっちゃけどうでもいい。
まあ、世間一般で見たらそんなもんかな、という話だ。でも、クラウディアに対するそれは違う。俺に対する批判や怒りが原因で友達である少女の名誉が傷つくのは……嫌だった。
「フランツ・ヴィア・シェーンコップ」
前に立つ。クラウディアをかばうように俺はフランツと相対する。
いきなり目の前に立った俺をフランツがギロリと睨みつけてくるので、俺はそれに一度肩を揺らしてしまったが、それでもここは毅然と立たねば、と己を奮い立たせてフランツを見た。
「……君が、俺に対して不満に思っているのは、俺がクラウディアの期待に応えられるだけの実力を示せていないからだろ?」
俺の問いかけに、一瞬眉をしかめるフランツ。しかしその上で彼はコクリと首を縦に振り、
「その通りだ。アルクフリード・ルーヴェンブルン。俺はあなたを認めていない」
でしょうね。正直彼が認める認めないとかそういうのはどうでもいい。
でも、クラウディアを悪しざまにいうのは俺も見過ごせない。だから俺は──
「わかった。じゃあ決闘をしよう」
「なに?」
俺の発言に、フランツが愕然と目を見開く。まさか、俺から勝負を挑まれると思わなかったのだろう。そりゃあそうだ。俺も自分で口にしてびっくりしたもん。
……正直、生徒会入りには興味がないのだけど。
でも、クラウディアが悪しざまに言われて、しかもそれが俺のせいだというのなら、それを解決するのもまた、俺の手でやらなくてはいけなかった。
だから、俺はフランツに対して決闘での解決を提案する。それは古から魔導師が行ってきた係争の解決方法。もっとも伝統的でもっとも確実な術比べによる正義の証明だ。
「俺と君で魔法戦を行って、それで実力を示す。それが一番この場でのまとまりがいい解決法だと思うけど、どうかな」
「俺を、舐めているのか……?」
スッと目を細めるフランツ。その彼の昏い眼差しは、俺のことを認めていないのがありありと伝わってきて、でも、俺はここでは引けないからそれに決然と言い返す。
「まさか、舐めているんじゃないよ」
そうだ、舐めているわけではない。
俺だって彼が今年度入試の次席合格者として相応の実力を持つだろうことは認めている。
だから俺は彼を見下して、そう口にしたのではなく、ただ──
「──君では俺に勝てないから、そう提案しただけだよ」
ただ、事実として俺はそれを告げた。
かくして、時間は現在へ。俺とフランツの決闘がいま、はじまる。
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